第10話 ごめんな景介、これ、選ばれし者専用なんだ

 俺はラウンドエックスから提供された、機材の設置が終わった隠れ家的建物へ向かったが、あろうことか弟の景介が専用ブース個室へ侵入していた。


「おまえ、ふざくんなあぁ~~~っ!」


「ひょえぇええ~~~っ、つい、でっ、できっ―――」


《ぼかっ、すかっ》


 景介はとっさに、投げ出してあったキャンパスバッグを拾い上げ、それを盾にして防戦してきた。ゲームでつちかわれたというか、不意打への対応は中々のものだ。


「景介、お前中々やるじゃないか、てか、言っただろう俺が先に選ぶって」


「ごめん、始めはのぞくだけだって思ったんだけど、なんかこう、こいつらが誘惑してきたんだ。それで……」


 景介はそう言うと手に持ったガジェットを持ち上げ、差し出してきた。その形状はひじから手の甲までを守る、甲冑かっちゅうでいうところの腕手甲うでてこうだ。手だけでなく足やそれらを装着、起動させると、自動血圧計のように空気圧でフィットする仕組みになっている。また、若干だがサイズやフィット感も調整できる仕組みにもなっているのだ。


「そうか、確かにそうかもしれんな。だが景介、そいつは選ばれしラウンドエックスの勇者にしか扱うことが出来ねえんだな、ざんねぇ~~ん!」


「なんだよ、そんなんあるか―――。俺だって、俺だって勇者になりてえ!」


 長岡家の人間は、つくづくゲーマーのDNAを受け継いでいると俺は思った。


「そうか、ならいいことを教えてやろう」


「いい事って何だよ、姉貴」


 ガジェットを戻した景介は、すがりつくよう俺に迫って来た。こいつ小さい頃は可愛い顔してたが、潤んで訴えかけるような瞳、今もまんざらでもないな。


「しょ、しょうがねえなあ―――。父さんはラウンドエックスのアカウントを三つ持ってる。」


「それと勇者と、どう関係があるんだ。教えてくれよ?」


 景介は必死の形相だ。


「一つは俺に受け継がれたが、残りの二つにもそれなりの戦歴がある」


「姉貴よう、残りの二つのどっちかがあれば―――」


「その通り、多分な。まあ。父さんと相談してみることだな」


「わかったぜ、要するにIDとパスワードを聞き出せってことか……」


 次のミッションを知らされた景介は、こぶしを握り締めてガッツポーズを決めている。


「がんばれよ。おれは隣のブースで機材テストするわ、じゃあな」


 景介は隠れ家的建物を出て行った。おれは隣のブースのドアを開けた。


   ◇◇◇


 やはり新品の機器類って良いもんだ。この何ともいえぬ電子機器の放つ芳香は、ゲーマーの心を揺さぶる誘惑の香りだ。ヘビーゲーマーに属する景介が、囚われの身になったのはある意味当然だ。


「設置したあとも、こうして保護袋は掛けておいてくれたんだな」


 俺はブース内を見回してそう思った。

 ところで、ゲームプレイには一定の暗さが必要である。そのためブースには最小限の窓しかはめ込まれていない。そしてその窓も、プレイする時にはブラインドを下ろす必要があるのだ。


「えーと。照明のスイッチはここか、ぽちっとな」


 うっすらと、そして優しい灯りがともる。俺は続けて機材へ通電するためのメイン電源と、ブラインドを下ろすスイッチを操作した。


「テストセンターと同じで、一応PCとモニターも備え付けてあるんだな」


 続けてPCのスイッチを入れると、本体はきらびやかに輝きを放ってきた。俺はこういうのは好まないので、起動が完了すれば光量を調整するツールを探すことになる。


 ――。


「どうやらPCの初期設定は終わったな」


 OSの起動が終わると、ゲーマー心をくすぐる壁紙が現れた。そこには俺が長年親しんで来た【FirstFantasy14】の名シーンが描かれている。ラウンドエックスの勇者に対するご褒美だろうか、いや、ただのCMだろう。


《ピンピロリ~ン》


「おや、聞きなれたシステム音だな」


 モニターには小さめのウインドウが自動で開かれた。


《あのね早く、ボタンを押してね! 私をダウンロード、ずっと見てないで早くして~♪》


「ミクミクかよ」


 なんとなく聞き覚えのあるセリフが、リズムに乗って流れ出した。


「そういう事か、わかったぜ。ぽちっとな」


 おそらくバディ本体(アナちゃん)を取り込んでいるのだろう、ゲージを見ると完了までは今しばらくかかりそうだ。俺は父さんの言うとおり、デスクに置いてあった解説ノートをひろげた。


   ◇◇◇


 ノートを見入っていると。


《ピンピロリ~ン》


 システム音がなり、今度はブース内に設置された3Dホログラムディスプレイに、デフォルト初期設定のバディが現れた。映し出された彼女は、そこそこのロリロリ衣装に身を包んでいるが、これはラウンドエックスの開発者の好みなのだろうか、それとも俺らの……


『お帰りなさいませご主人様、ご指名のをお呼びしますので、IDとパスワードを入力してくださいね』


 なかなか凝った作りだな、ここにも担当の熱意が伝わってくる、萌えるような熱い想いがな。


「ええとIDはこれで、パスはと―――」


《かちゃかちゃターン》


『りょうかいで~す。ちょっと待っててね』


《ぴこっ》


 ちょいと控えめなシステム音と共にデフォルトバディは消えていったが、さほど時間を置かずに再びシステム音が鳴り響く、今度は明るく元気そうな音色だ。すると。


「おっまたせ~! アナちゃんだよ~!」


 現れたのは俺の相棒アナキンだ、俺はアナをそう呼んでいる。スターオーズでは弟子は師(主人)をマスターと呼び、マスターは弟子を名で呼ぶ。本来主人マスターのおれはアナと呼ぶべきだがアナキンとした。分っかるかなあ、分かんねえだろうなあ……


「ようアナキン、しばらくぶりだな。ところで衣装かえたんか?」


「え! 気が付いてくれたの、アナ嬉しい~!」


 気が付くも何も、ルルに対抗しているのか露出多めの金属プレートで身を固めた姿は、男性プレイヤーの目を引き付ける理想の姿そのものだ。しかもヒラヒラと揺れ動く、丈の長い陣羽織から覗く脚線美は秀逸だ。ここにもラウンドエックスの実力が垣間見れる。信者のインプレより引用。


「おまえ、そんなんで戦えんのかよ」


「無粋ですわ! 女戦士のコーデネートはこうでねえと……」


《ぼかっ!》


「痛いですわ、レディをぶつなんて、いけませんわ」


「ぬ~~っ、防御力を確かめたんだよっ」


 つい突っ込みのつもりで手を上げてしまったが、確かに大切なバディを叩くなんて許されない。ごめんなアナ。つか、ホログラムに何やってんだ俺。だけど、これに反応するホログラムのアナもすごいな、周りのセンサー群が俺のモーションを的確にとらえている証拠だよ、まじすげ~!


「春ちゃん、それでどうします。行きますか何時ものルミンサ?」


「そうだな、その前にガジェットを装着しよう」


 俺はそれらを身に着け、専用設計されたコクピットを思わせる椅子に座り、ヘッドマウントディスプレイ内蔵のメットを被った。すると《シュルシュルシュ~》と静かに空気がガジェットに充填され、椅子がふわりと浮いた感覚に包まれた。


 俺、行きます!


「視界、手足の感覚良好。これって初期同期テストの学習データが記憶されてるのか?」


「そうですわ、リアルタイムで学習とデータ更新していますが、手足の予測モーションを最短にするため、定期的に各ガジェットへ学習結果が記憶されるの。それ、新しいけどちゃんとデータ転送済みよ」


 俺が使用するこの設備は、従来型モーションキャプチャーによる、ゲーム世界のキャラを動作させるだけの物ではない。全世界のプレイヤーのビッグデータとユーザー個々の動作記録をAIが解析し、モーション途中であっても必要動作を前もって予測動作させる仕組みになっている。このシステムにより、ユーザーが使えば使うほど予測精度と、反応速度が向上するのだ。


「そうか、データ転送済みなのか。あとは実際使い続けないといけないな」


「もちろんですわ、アナもご協力させていただきますね」


「たのんだぜ、相棒!」


 会話の途中、アナの操作でメット内には、いつものロゴが現れる。

 【FirstFantasy14】――、続いてアナのエスコートにより俺は、何時ものルミンサ競売前に降り立った。


つづく


  ◆◆◆


 皆様最後までご覧いただき有難うございます。

 いよいよ第二章でもゲーム世界へ降り立つことが出来ました。本話で登場した景介について、今後どのように扱うか悩み中。別に今回のちょい役だけでもいいよな、とも思うがなんかもったいない気もする。


 いつもお願いばかりですみません。

 どうか、ハート・コメント、お星さまなどよろしゅうお願い申し上げます。


 それでは次回もお楽しみにしてくださいな!

                             夏目吉春


 



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