第2話


 

 『天翔』の本拠地は廃倉庫だ。


 一階の開けた場所が下っ端の溜まり場になっていて、階段を上がった先の大部屋は、幹部メンバーの部屋になっている。


 主に真依が休む場所もニ階になっているが、下っ端の奴等と遊ぶことも多い為、下の階段横にも長ソファを設置してある。


 そして『天翔』は創立ニ年の暴走族で、構成員が50人と言う小規模の集団だ。


 人数は少ないが、バイクで街中を走ってるし、喧嘩もしてるから名目上、暴走族と言ってる。



 まぁ、もともと族を作りたくて集まったわけじゃねぇしな。



「おーい、秋良ー! 大体撮り終わったってー!」



 階段を降りている途中で、先に合流した凜人が状況を教えてくれた。



「なら、最後に真依を映してやってくれ」


「だってさ」



 すると周りの男たちが、ぎゃあぎゃあと騒がしくなる。



 一体、何で騒いでんだ?


 大方、カメラマンをやりたいとでも言いあってんのか?



「僕が先に真依ちゃんと写りたーい!」


「はぁ!? 俺が先だろ!」



 ……違った。全く、面倒くせぇ奴等だな。



「おい、カメラかせ」


「うわっ! は、はいっ!」



 新入りの男の手からカメラをひょいっと奪い取ると、集団の中から子ども用の小さなテーブルを取り出した。



「どけ。テーブル使うぞ」


「アハッ! カメラ置く三脚持って来れば良かったね!」



 凜人は俺の行動を察したのか、本来ならソレに必要だった物を言う。



「お兄ちゃん?」


「真依はちょっと待ってろ」


「あぁ、なるほど! オメェ等、全体写真撮るってさ!」



 バカの道弘でも分かったみたいだな。


 真依はまだ良く分かってないらしいが。



 離れた所にテーブルを置いてその上にカメラを置くと、レンズのピントを一度真依に合わせてアップを撮った。



 少し、困惑してんな……。


 安心させてやるか。



 どうやって安心させようか考えていると、良いことを思いつきフッと笑う。



 “アレ”なら直ぐに安心するな。



 今度は全体が入るようにピントを合わせると、俺はその場を離れた。



「さて。全員じゃないから予行練習だが……、しっかりやれよ?」


『はいッ!』


「いや、これビデオカメラだけどね?」


「良いじゃねぇか。この顔、何かするつもりだぜ?」



 俺の顔を見て、道弘は笑った。


 ソファは真依が真ん中に座り、左に凜人が座っている。


 右はさっきまで道弘がいたが、移動して地べたに座り込んでいた。



「道弘、少し前出ろ」


「お?」



 一歩ソファから離れる道弘に頷くと、俺は笑顔で真依を呼んだ。



「真依、おいで」


「ちょっ、秋良……!?」



 俺は真依を抱き上げると、クルッと向きを変えて膝の上に乗せた。


 それに真依がどんな顔を浮かべたのかは分からないが、いつも通りなら笑顔になってるだろう。



「マジか!」


「総長、本当に真依ちゃん好きッスねー!」



 これだけでも安心しただろうけど……。


 もう一つ──。



 周りの囃し立てる声を無視して、今度は絶対に真依が喜ぶアクションを起こす。



「真依、好きだよ」



_チュッ



 もう一度抱き上げて横向きにさせたあと、俺は真依の頬にキスを零した。



『ギャーーッ!』



 周りが興奮の声を上げる。



 ──ったく。たかが頬チューでそこまで騒ぐか?



 そんな周りの反応の中、真依はというと──。


 まん丸のおめめをパチパチさせて驚いたあと、キスされた事に気がついたのか照れ笑いを浮かべた。



「えへへ」



 可愛いな……。



「見せつけやがって……」



 周りが騒いでる中、隣りで凜人がぼやく。



「別にいつもだろ」


「は? 滅多にしないでしょ?」


「ううん。お兄ちゃんいつも、おやすみ言ったあとチュってしてるよ」


「え、そうなの……?」


「あ、あとね! おきたとき!」


「マジかよ……」



 凜人が言ったのはまぁ半分正解で、半分不正解なのは黙って置こう。


 今、真依が照れ笑いを浮かべてるのは、「おやすみ」と「おはよう」の時しかしてないからであって。


 しかも、家族全員で下の弟妹二人にしてるからだ。


 つまりは、さっきの頬チューは結構珍しいことだと言える。



「真依ちゃん。俺もお別れする時、キスして良い?」


「うん!」


「凜人はしなくてもいいだろ」


「ううん! みんなにする!」



 ──ん?


 みんなにさせるつもりじゃないよな。


 そうなると……、そのままの意味か?



「真依からするのはやめた方がいいぞ。

……そうだな。させるなら手の甲にしてもらえ?」


「手のこう……、ココ!?」



 首を傾げた後、思いついたように手を重ねて見せた真依。



「あぁ。お姫様はな、王子様たちから手の甲にキスしてもらってるんだ」


「わかった! おひめさまそうしてるならそうする!」



 真依が元気よく返事をすると、凜人がボソリと呟く。



「上手く丸め込みやがって……」


「凜人、さっきから王子ヅラが剥れてるぞ」


「はぁ……。しょうがない。頬と唇は本物の王子様に譲るか」


「そうしろ」



 最後にそう話して俺は真依を正面に向かせた。



 唇になんて誰にもさせねぇけどな。


 例えした奴がいたら、その場でぶっ飛ばすわ。



 全体の号令は凜人がするのがほとんどだ。



「んじゃ、予行練習一回目! ──ハイ、


『チーズ!』


みんなで言うのかよ! まぁいいいや。

ビデオ撮影、これにて終了……!!」


『終わったー!』


「おわったー!」



 やり遂げた顔で真依がパチパチする。



「疲れたな。休んでて良いぞ」


「うん!」



 真依をおろしてソファに座らせると、俺はカメラを回収しにそばを離れた。


 因みに、まだ録画機能は切らない。


 テーブルを戻してからカメラを真依に向けると、真依は恥ずかしそうに顔を隠した。



 もうカメラに映るのは満足なのか。


 それでも最後にこれだけはやって貰わなきゃな。



「真依、今日の日付け言えるか?」


「えーと……。きょうはしちがつじゅうごにち!」


「良く言えました」



 そう言って真依の頭を優しく撫でてから、録画機能を止めた──。




✧✦✧




「真依、次何する?」


「何もしない!」



 あぁ、これは……。



「少しねんねするか?」


「うん……!」



 すると、真依が両手を伸ばす。



 眠い衝動のついでに、甘えたも入ったか。


 これはさっきの反動もあるな。



 抱き着くような体制で真依を抱えると、少しして直ぐに夢の中に入っていった。



「可愛いなぁ」


「ありゃ、真依ちゃんおやすみ?」


「あぁ」



 凜人と道弘が眠りについた真依に気付くと、何もせず優しい表情で見守っていた。



 保育園入ってからこの体制で眠るのは無くなったんだが、久しぶりの膝の上に思い出したか?



 大好きだったこの体制の居心地の良さを──。





 

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