第6話 有限の時間

 エリート養成機関に私が通うの? なんで?!


 困惑する私に、お父様が微笑んで告げる。


「お前の魔力は特等級。

 その魔力を活かすには、上質の教育が必要だ。

 そして最も身近な場所に、そんな場所がある。

 ならば利用しない手はないだろう?」


「それは……そうかも、しれませんけど」


 だからって、孤児が通っていい場所なの?


 ああでも、今は伯爵家の娘か。


 お父様が微笑みながら告げる。


「そこに通うのは貴族ばかり。

 だからお前は、貴族の教養や振る舞いを身に付ける必要がある。

 それができなければ、周囲から侮られる。

 お前も、そんなことで侮られるのは嫌だろう?」


 なるほど、そういうことか。


 勉強すれば身に付くことができずに馬鹿にされる。


 それは『お前は怠け者だ』と言われるに等しい。


 そんな自分は許せない。


 それで馬鹿にされるだなんて、断固として拒否する。


 お父様は、昨日会ったばかりだというのに、私のことをよく理解してるみたいだ。


 いいよ、やってやろうじゃない。


 貴族の教養だろうと振る舞いだろうと、身に付けてみせてやる!


 私は心に固く誓ってうなずいた。


「その魔導学院って、どんなところなんですか」


「十三歳から十五歳の間に通う、魔導の学校だよ」


 魔導というのは、魔力を用いた技術の総称らしい。


 その中に魔術があって、それを勉強するんだとか。


 魔導には『魔導具』と呼ばれる器具を作る分野もあるらしい。


 魔力測定の水晶球、『あれも魔導具なんだよ』と教えてくれた。


 十三歳から十五歳の間通う学校か。


「私は十四歳です。来年で十五歳ですけど、この場合はどうなるんですか」


「前例はないが、十三歳の子供たちと一緒に入学することになるだろう。

 そこから三年間、通うことになる」


 うげぇ、気まずいなぁ?! 周りは年下だらけってこと?!


 とても友達ができる状況じゃないぞ、それは。


 まぁでも、貴族の友達なんて作っても仕方がないか。


 三年間一人で勉強することになるけど、そこは諦めよう。


「わかりました。では頑張って貴族の教養と振る舞いを勉強します」


「伯爵令嬢として恥ずかしくない水準に届いたら、並行して私が魔術を指南しよう」


 本来、平民が魔力検査で三等級だった場合に受ける、魔力の基礎講習。


 一年間で覚えるそれを、四月までに覚えればいいと言われた。


 ちょっとお父様? もう十二月が始まってるんだけど?


 それって残り四か月で、一年分を覚えろってこと?


 密度三倍、貴族の勉強も並行するから、時間はもっと少ない。


 満足に寝てる時間があるとは思えなかった。


 私はがっくりと肩を落としながら応える。


「が、がんばります……」


 お父様が穏やかな声で告げる。


「あまり気張る必要はないよ。あくまでも予定だ。

 目標の水準に届かなければ、入学を後ろにずらせばいい」


「入学を遅らせるって、そんなことができるんですか?」


 お父様が得意気に笑った。


「もちろんできるとも!

 グランツの最高責任者は私だ。

 娘の入学時期ぐらい、どうとでもしてみせるさ」


 お父様、それは職権乱用という奴では?


 私が絶句していると、お父様が大きく両手を打ち鳴らした。


「このくらいでいいだろう。

 あとは食事をしながら話をしよう」


 私はうなずいて立ち上がり、お辞儀をしてから部屋を出た。





****


 私は赤い絨毯が敷き詰められた廊下を歩きながら、今後のことを考えた。


 入学が遅れると、学校の授業に遅れちゃう。


 どこかにしわ寄せが来るなら、先に済ませておくべきだ。


 ――つまり、四月の入学に間に合わせる!


 私は背後に振り返ってウルリケさんに告げる。


「あの、ウルリケさん。

 お願いがあるんですけど、よろしいでしょうか」


 ウルリケさんは優しい微笑みで私に応える。


「貴族は家人――従者や使用人に対して、敬語など使いません。

 そういった態度は侮られる元です」


 そうか、『貴族社会は階級社会だ』って教わったっけ。


 家の中でも、階級がはっきりしてるのか。


 そこを弁えられない貴族は馬鹿にされるんだな。


 ……ウルリケさん、さっきの会話を聞いてたのか。


 私は少し考えてから、彼女に告げる。


「ウルリケ、夕食まで何時間ありますか」


 彼女はポケットから懐中時計を取り出して、時刻を確認した。


「……四時間少々ですが、いかがなさいました?」


 私はウルリケの手を両手で掴み、顔を見上げて告げる。


「お願いウルリケ! 今夜の食事に必要な振る舞いを、できる限り教えて!」


 時間は有限である。


 こうしている間も刻一刻と、期限は迫っている。


 私に無駄な時間は一秒たりともないのだ。





****


 雪深い山奥に、古代文明の巨大遺跡が存在した。


 かつて信仰されていた『古き神々』が残したという伝承が、嘘か誠か残されている。


 防寒具を着込んだ魔導士が、遺跡の奥で慎重に壁を探っていく。


 フードを深くかぶり、寒風から身を守っていた。


「まったく、陛下も無理難題をおっしゃる。

 こんな古い遺跡を調査して、なんになるというのだ」


 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、魔術を駆使して調査を続ける。


 わかったのは、ここは『神秘で作られた遺跡だ』ということぐらいだ。


 石造りに見えるが、決して石ではない。


 なん千年経とうと欠けることなく、摩耗することすらなく、建設当時の姿を残していた。


 どうやったらこんなものを作れるのか、皆目見当もつかなかった。


 壁には一面、古代文字がびっしりと敷き詰められている。


 それらを羊皮紙に丁寧に書き写し、そんな紙束が数えきれないほど積み重なっていた。


 ――ふと、他の文字とは感触の違う文字を発見した。


 魔力を照射すると、別の魔力が混じって返ってくる。


 他の文字と違う反応に、魔導士は眉をひそめて慎重に調査を続けた。


 魔導士の指が文字に触れる――途端、彼の頭の中に、重苦しい『言葉』が響き渡る。


『我が名は激情の神。汝の望みを述べよ』


 驚いて飛びのいた魔導士は、慎重に耳を澄ませた。


 ここは雪に閉ざされた古代遺跡。


 他の調査員は、入り口付近のキャンプで待機していたはず。


 では今の声は、誰のものだ?


 周囲は耳が痛くなるほどの無音。


 意を決した魔導士は、再び古代文字に手を伸ばす。


 指先が触れると、また『言葉』が脳内に響き渡る。


『どうした、我が寵愛を受けし者よ。そう恐れるな』


「……あなたは、何者だ」


 魔導士の声は震えていた。


 予想通りであれば、これはおそらく――。


『言っただろう。我が名は激情の神。

 古き神々が一柱だ』


「古き神? 実在したのか?!」


『運が良かったな。

 お前でなければ、あるいはここでなければ、声を聴くことはできなかっただろう。

 お前がここに来たのは運命だったのだ』


「古き神よ! この遺跡はなんだ?!」


『そうだな……わかりやすく伝えよう。

 兵器生産工場だった、とでも言えばいいのか』


「兵器?! ならば、それは今も稼働するのか?!」


『稼働は無理だ。

 だがお前が力を身に付ければ、母国で新しい兵器を開発できるだろう。

 ここにはその知識が記されている』


「……レブナントを、倒せるのか」


 魔導士の頭の中に、鼻で笑う音が聞こえた。


『無論だ。人が抗えるものではない』


 興奮する魔導士が、震える手でフードを下ろす。


 ――彼の両目は、無機質な輝きに彩られていた。

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