神隠しから助けてくれたお狐さまの対価がエロいんですが

美杉。節約令嬢、書籍化進行中

第1話 望まない帰郷

『あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ』


 壊れたラジオのように、同じ言葉を繰り返しながら追いかけてくる日本人形。

 その長く引きずられた髪は、到底普通の遊びをしようなどは言ってはいない。


 いくら暇で何もない田舎に越してきたとはいえ、こんな遊びなんて冗談ではない。

 泣き叫びそうになる気持ちを押さえながら、何がいけなかったのか。

 そればかりを繰り返し考えていた。


   ◇     ◇     ◇


 アブラゼミの声がヒグラシに変わる頃、私は幼い頃に住んでいた町へ戻ってきた。


 後ろを山に、前を海にと囲まれたこの町は人口が一万人以下。

 24時間営業のコンビニもなければ、ガソリンスタンドすら二軒しかない。

 東京からこの町へ戻って来ることが決まった時、母は首を縦に振らなかった。


「だからって、なにも離婚するなんて……」


 母は一人、離婚というもので自由を手に入れた。

 友だちや母のいるあの都会から、私は父と一緒に祖母の住むこの町へと連れ戻された。

 父は嫌がる私の意見など聞くこともなく、仕方がないとしか繰り返しはしない。


 私にしてみれば、いい迷惑でしかない。

 何が仕方ないのだろう。

 仕方ないというのなら、自分ひとりで戻ればいいのに。


 母も母だ。

 自分が自由になるために、私を父に押し付けたのだから。

 みんなして、自分勝手すぎる。


 この町には友だちすらいない。

 元々、私が三歳になる頃、父の仕事の関係で東京へ移住したから。


「お父さん、なんでずっと黙っているの?」


 縁側で、うちわを仰ぎながら裏の林を父はただ見つめていた。

 祖母の家に戻されてから、今日で二日目。


 仕方がないと言って連れて来られて以来、父は何をするでもなくずっとこうやってゴロゴロしている。


「……おまえみたいに騒いだって、どうしようもないだろ」

「だからって、そんな風にゴロゴロしていてどうするっていうのよ。田舎に来るっていうだけで、お母さんには捨てられるし、こっちでの仕事もないのにどうして来たのよ」


 祖母の具合が悪いというなら、まだ話は分かる。

 しかし祖母は今年七十五にして、みかん農家の現役だ。


「仕方がないだろ。おまえの母親は元より田舎が嫌いな人だった。付いてきてくれるとは思ってなかったよ。しかしおれたちはダメだ」

「だから、なにがダメだって言うの? ちゃんと納得できるように説明して!」

千夏ちなつちゃん、そうお父さんを責めるもんじゃない。お母さんが来てくれなかったことは悲しいことやけど、本家に呼ばれた以上、分家の人間は従うしかないんよ」


 麦茶をお盆に乗せた祖母が、台所から出てきた。

 グラスには水滴が滴り、カランという氷の音が聞こえる。


 本家と分家。

 田舎ならではかもしれないが、代々長男が継ぐ本家とそれ以外の人間が継ぐ分家がある。

 うちはこの町の半数近くがこれに当てはまる。

 分家によっては名字が変わってしまったところもあるのだが。


 どこを見ても一族だらけ。

 よくもまぁ、少子化とかいわれるこの時代に増やしたものだわ。


「今時、本家とか分家なんて。一体、どこの時代の話なのよ」

「そんなこと言ったら、罰があたってしまうわ。うちせき家は、元もともと由緒正しいお家柄なんよ」


 祖母の小言を、私はため息交じりに聞き流す。

 大昔、どこかの藩主だったとか、関所を守っていたとか、神社の神官だったとかそんな話だ。


 しかしそんなことをこの現代に言われても、どうしろっていうの。

 私に言わせれば、所詮小さな町で威張り散らしている地主にしか過ぎないじゃない。


 ああ、やだやだ。

 これだから田舎は嫌なのよ。


 そんな昔の身分にしがみついて、何ができるっていうの。

 そんなことよりももっと大切なモノがあるでしょう。


 こーんな仕事すらままならない田舎で、どうやって暮らせっていうの。

 しかも電波だって入ったり入らなかったりするし。


 Wi-Fiすら仕事しないようなとこなんて、嫌すぎるでしょう。


「はぁ」


 私は祖母に出された麦茶を一気に飲み、もう一度ため息をつく。


「……本家に呼ばれれば、分家は従うしかないんだ。分かりなさい、千夏」

「はいはい。時代錯誤なことで、タイヘンデスネ」


 今、何時代だよ。叫びそうになるのを、私は必死に堪えた。


 本家だろうが分家だろうが、私には正直どうでもいい話。

 高校さえ卒業してしまえば、私がここにいる意味はなくなる。


 とっとと就職して、一人暮らししよう。

 友だちがたくさんいて、大好きなカフェもパン屋さんもあるあの都会で。


「もういい、コンビニ行ってくる」

「下に降りるんならちょうどええなぁ。千夏ちゃん悪いんやけど、本家へお土産を持って行っておくれな」


 家からコンビニまでは山を下ってさらに進み、三十分以上かかる。

 しかも本家はコンビニより手前だ。

 ついでと言えばついでなのだろうが、気乗りは一ミリもしない。


「おばあちゃん、そんなの明日の集まりで持っていけばいいじゃないの?」


 明日はちょうど一族全てが集まる集会があるらしい。

 何をするか知らないけど、お土産なんてその時で十分じゃない。

 むしろ手ぶらで行く方が気まずそうだし。


「なに言っているんだい、明日の集会のために準備があるんやから今日持って行かんと」

「千夏、そうしなさい。その方がおまえのためにもなる」

「おまえのためって……なにそれ……」


 帰りたくもなかった田舎の、顔を出したくもない本家に行くことのどこが私のためになるって言うの?

 本気で言ってるなら、殴りたいくらいよ。


 しかしもうこれ以上、この会話を続けることすら今の私にはめんどくさい。

 疲れ果てて、そんな気力すらわかないというのが本音だ。


「はいはい持っていけばいいんでしょ、持っていけば」

「頼んだよ千夏ちゃん。ああほら、そんな風に日陰で下を見ながらずっと歩いてあかんよ。連れて行かれてしまうから」

「はいはい、気を付けます」


 そういえば、昔からよく言われていたなぁ。

 日差しの強い日に、暗い影ばかりの道で下を向いて歩いていると影の世界に連れて行かれるよだなんて。


 今にして思えばこれは迷信の類で、側溝とか田んぼに落ちるとかきっとそんなところだろう。


 まぁ、確かに落ちたら怪我するし。

 危ないといえば危ないよね。


 私は荷物を受け取ると、イヤホンを付けて歩き出す。

 平日の昼間だというのに、暑いせいか町の中を歩いている人は、誰一人もいなかった。

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