エルドリッチ〜特異現象捜査録〜

白式白兵

忘れないで

宮坂特異現象相談所

特異現象とくいげんしょうとは、現行の科学では解明できない現象、物品、生物の総称である。

5年前から世界各地で頻出するようになったこれらの現象は、今や人々の間に浸透し、オカルトは最早、常識のものとなった。

なんとも、嫌な時世である。


目的地は通りから少し外れた場所にあった。

福谷ふくたにビルという名称のその建物は、巷では幽霊ビルとも呼ばれている。

噂によれば、駅前の好立地に建っているというのに、そこに入ったテナントは半年と経たずに撤退し、ビルの周辺では奇妙な事故や事件があとを経たない。

更には、飛び降り自殺した女の霊が出るという。


これら真偽不明の噂の正体が、ビルの所有者である宮坂みやさかという男が自ら流したものだという事を私は知っている。

そして現在、その宮坂に呼び出されて幽霊ビルへ向かっている訳だが...


ビルの3階、掛け看板に書かれた『宮坂特異現象相談所』の文字からは、ここが宮坂氏が経営している特異現象に関する相談所であることが読み取れる。

ネーミングセンスの欠片もない。


ドアを開ければ、コーヒーと古い木の匂いが混ざった独特の香りが漂ってきた。

「2分遅刻ですよ、

男は意地の悪い笑みを浮かべながら私を呼んだ。そう、コイツが件の宮坂氏こと宮坂桂馬みやさかけいまその人である。


「その名前で呼ぶのやめてくださいって前に言いましたよね?」

「じゃあ下の名前の方がいいですか?涼香りょうかさん」

私の本名は御崎涼香みさきりょうかという。


大して親しくもない8つ年上の男に名前呼びされるのは、えも知れぬ気色悪さがあるが、個人的な事情から御崎と呼ばれるのも嫌だった。

特に、ミサキちゃんという呼び名だけは。


「まぁ、そんなにカリカリしないで。とりあえず座りましょうよ」

宮坂はへらへらと笑いながら向かいの席を促す。全部を分かってやっているのが、この男のムカつくところだ。


「次からはやめてください」

「すみませんね、つい。これでも飲んで機嫌直してくださいや」

差し出されたマグカップには、湯気の立つコーヒーが注がれている。

基本的に、ここではコーヒー以外の液体は出てこない。


「遅れてきた私が言うのもなんですけど、時間は大丈夫なんですか?」

「依頼人と約束した時間まではまだ余裕があります。なので、今のうちに打ち合わせしましょうか」


現状の私の立場としては、相談所の助手という事になっている。

とは言っても、平時の仕事は殆どなく、こうして依頼があった時のみ駆り出される希薄な雇用関係と言える。

給料は悪くないし、それ以外の待遇も悪くはないのだが、関わる案件が案件だ。

仕事のことになると気分が下がる。


「さて、仕事の話と行きましょう。今回の依頼主はぁー、デレレレレ…デン!」

しょうもない茶番の後に宮坂が取り出したのは、


「スーパーの、チラシ?」

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