4-4 不気味な競合店との戦い
「大変です!今、うちの向かいに作ってるの、ケーキ屋さんらしいです!!」
「なんですって!?」
六月のある日、モニカが大声で叫びながら店に入ってきた。
そのタレコミから一ヶ月と経たないうちに、それは姿を現した。パティスリーアデルの真向かいに、無気味な競合店がオープンしたのである。名前は「パティスリーエルサ」。
名前だけでなく、店の外観までそっくりだ。言ってしまえば、アデルの店のターコイズブルーを、サーモンピンクに変えただけである。商標などのシステムがこの世界にあるのならば、すぐさま訴えたいくらいだ。
「これは参ったな。メニューまでそっくり同じとはなあ……」
「でも、きちんと食べ比べれば劣化品ですよ!!」
「ここのケーキの方が美味しいです!!」
公爵家の使用人が買ってきてくれた、向かいのケーキを皆で食べ比べる。エミールは困り顔で、モニカはご立腹だ。売り子のイルマとファニーも、全力で同意している。しかし、アデルは冷静に分析した。
「いいえ、今までの競合店よりずっと巧妙だわ。かなり味を似せて来ている。しかも…………この値段設定。うちより相当安いわね」
「これだと、お客さん…………取られるかも、です…………」
ローザもコクコクと頷いている。実際パティスリーエルサには、毎日のように行列ができていた。主な客層は平民のようだ。
ここでリュカが、気になることを言った。
「僕、界隈の噂で聞いたんですけど〜。どうやら、錬金術師が何人か集められて、作っているみたいなんですよねぇ〜」
「錬金術師が、複数……?雇うには、一人だけでもかなりお金が掛かるはずなのに……?」
もしも、店のオープン時から複数人の錬金術師を雇っているとしたら、かなり妙な話だ。しかも商品の値段設定がここまで安いとなると、黒字が出るとはとても思えない。
「モニカ、最近透明なスパイが、よく出ていたわよね」
「はい!三回くらいですかね。盗み聞きの魔法を使ってました。見つけるたびに、リナさんや騎士の方に追い払ってもらいましたけど……」
例の『透明化』を使った人間と思われるスパイ。それが最近また、店の周囲で発見されていた。店に直接被害はなかったとは言え、向かいの不気味な店と無関係とは思えない。アデルはううむと唸った。
「どうにも、きな臭いわね……。危険があるかもしれないから、従業員の皆は絶対に、向かいの店には行かないこと!!気になるだろうけどね、辛抱よ」
「ううん、本当は敵情視察したいけど……奥様が言うなら仕方ないな」
「それも我慢して。皆の安全のためよ。お願いね」
アデルは全員に念押しをした。アデルを狙う何者かが、ケーキ屋を利用して探りを入れてきているような……そんな感じがするのだ。
「『パティスリーエルサ』か……確かに怪しいな」
「そうよね……」
その夜、アデルはユリウスに相談をした。勿論、向かいの競合店についてである。
「どうしても気になるだろうけど、アデルは絶対に行ってはダメだ。罠の可能性が限りなく高いと思う」
「やっぱりそうよね。ものすごく気になるけど、仕方がないわ。従業員にも行かないように通達したのよ」
「それがいい。見張りの騎士は必ず常駐させるし、リナもいる。アデルの店には、向こうは簡単には入ってこれないはずだ」
「ええ……」
アデルは項垂れた。まさか自分のケーキ屋まで、怪しい者に狙われるとは思わなかったのである。
「私を
「そうだと思う。帝国が関わっているかもしれないから、俺はクロード様と調べを進めるよ」
「ええ……。はあ……、このままだと、私の大切な店が潰れるかもしれないわ……。私にも何か、できることはないかしら……」
しばらく思案した後、アデルはきりっとユリウスの方を向き、呟いた。
「ここはやっぱり、目には目を、歯には歯を、よね」
「……どういう意味?」
ユリウスは疑問符を浮かべ、首を傾げている。この国にはない格言だ。アデルは悪戯っぽくユリウスに微笑みながら、宣言した。
「ケーキには、ケーキで対抗するって意味よ!」
こうして、パティスリーアデル対パティスリーエルサの、対決のゴングが鳴ったのである。
♦︎♢♦︎
アデルたちは盗聴対策で、筆談をしながら試作を重ねるようになった。更に『魔力視』の使えるモニカに時々外を見張ってもらい、異常があればすぐにリナか常駐の騎士に伝えてもらうことにする。
アデルは従業員に向け、強気の笑みを浮かべながら言った。
「ここで出してこその切り札だわ。オペラを売り出すわよ」
とうとう、チョコレートメニューのオペラを出すことにしたのだ。夏真っ盛りでチョコレートには不向きな季節だが、致し方ない。
アデルはモニカに協力してもらい、目立つポスターとビラを作って大々的に宣伝した。ケーキのイラストを大きく載せ、目立つようにしたものだ。その上にはとろりとチョコレートが溶けたような字で、「オペラ」と書いてある。
チョコレートを使っているため、値段はかなり高め。しかし試作を十分に重ねてきた分、見た目のインパクトと味は確かである。三層を繰り返し積み重ねたケーキの上には、三角形のチョコレートと、乾燥させたオレンジスライスを刺してトッピングした。これは簡単には真似できまい。そもそも、チョコレートの入手が難しいのだから。
さらに夏限定メニューには、美しいゼリー三種を取り揃えた。
一つ目は、果肉の入った桃ゼリーとパンナコッタを合わせたもの。二つ目は、青リンゴのムースと甘酸っぱいキウイのゼリーを合わせたもの。三つ目は、コーヒーの染みたスポンジととマスカルポーネチーズのムースを合わせたティラミス風のもの。
見た目も涼やかかつ華やかになるよう工夫し、値段設定はケーキより安めにした。
「イートインスペースの改装も終わったわね」
アデルはこの機に、イートインスペースも改装した。分厚いビニールでデッキ全体を覆い、魔力を動力にした扇風機を設置したのだ。扇風機は、エアコンのように冷風が流れるものである。これなら景色を楽しみながら、優雅に涼むことができる。
「イートインメニューもテコ入れしたいわね……」
「イートインでしか、楽しめないものが良いですよね」
「温める必要のあるものか、アイスみたいな冷たいものになるわね……。……ん?待って。両方楽しめるものがあるわ!!」
アデルは早速『調合』で試作を始めた。エミールとローザ、リュカが見守っている。
まずはガナッシュ作り。チョコレートを何もない空間に浮かべ、加熱して溶かしていく。『調合』なら温度の調整が容易なので、湯煎いらずだ。そこに沸騰直前で止めた生クリームを少しずつ投入。攪拌してしっかりと乳化させていく。コーンスターチと、香り付けの洋酒、グランマルニエを入れて完成だ。これを冷蔵庫で冷やし固める。
(次に生地を作るわよ)
筆談で伝えると、全員頷いた。チョコレートとバターを『調合』で溶かし混ぜる。さらにそこに生クリームを投入。卵黄を加え、よく攪拌しておく。
(メレンゲを作るわ)
アデルは『調合』で卵白と砂糖を勢いよく攪拌し、あっという間に美しいメレンゲを作った。とろりとして艶があるものだ。先ほど作ったものに、このメレンゲを半量ずつ加え、ざっくりと切り混ぜする。最後にココアと薄力粉を篩い入れ、均一になって艶が出るまで切り混ぜをした。これで生地の完成だ。
(容器……セルクルに、生地をこうして絞って。さっき作ったガナッシュを閉じ込めるように入れるの)
丸いセルクルに半分程度生地を絞り入れ、冷蔵庫で冷やしておいたガナッシュを入れる。それを覆い隠すように、上から生地を絞り入れた。
(これをオーブンで15分焼くわ)
皆で筆談し、工程の復習をしながら15分焼いた。完成である。
アデルは熱々のそれを慎重に型から外し、皿に盛りつけた。そこに作り置きのラズベリーソースをたっぷりかけて、ケーキと同じくらいの大きさのバニラアイスを添えた。
「熱々のチョコに、バニラアイスか……これ絶対美味い……」
エミールが、もう涎を垂らしている。アデルは皆を促した。
「皆、ナイフを入れてみて」
「はい…………ええっ!!」
「おおっ!!」
中からトロリと勢いよく、チョコレートが溶け出した。作ったのはフォンダンショコラだ。チョコレートとラズベリーソース、そしてバニラアイスを合わせるようにフォークで取り、皆で頂く。
「う、美味い……!!」
「熱いのと冷たいのが合わさって、絶妙です………………!」
(溶けやすいガナッシュを、生地で閉じ込めているんですね〜。チョコレートの溶解温度を利用していて、面白いなぁ。これを先に作り置きしておいて、提供する直前に『調合』で温めれば良いって寸法ですね〜?)
リュカは筆談で詳細な感想を述べたので、アデルは笑顔で頷いた。
「ご名答よ、リュカ」
作る手順としては、そんなに難しいものではない。前世ではレシピを簡単にして、バレンタインに作ったりするメニューでもあったし。ここにいるメンバーの練度で十分に担えるものだ。
「新商品オペラと、イートインのフォンダンショコラ……これを二大メニューにして、一気に勝負をつけるわよ!!」
アデルは勢いよく拳を振り上げた。
♦︎♢♦︎
「やったわ!売り上げの月記録、更新よ!!」
季節は八月になった。アデルが店で叫び、従業員たちがワッと声を上げた。
モニカはここぞとばかりにエミールに抱きつき、イルマとファニーが手を合わせてジャンプしている。リュカとローザも控えめに手を取り合い、喜び合っていた。
諸々の作戦は、結果的には大成功した。オペラはその見た目と味で、一躍店の看板商品になったのである。希少なチョコレート菓子であること、そしてその繊細な見た目と味が話題となり、貴族や裕福な商家の使用人がこぞって買いに来たのだ。向かいの店も、さすがに真似できなかった様子である。
さらには、クロードの後押しもあった。公式の夜会の場で「パティスリーアデルのオペラを大変気に入っている」と発言し、王室御用達であることを大々的にアピールしてくれたのだ。
イートインのフォンダンショコラも、大きな話題を呼んだ。熱さと冷たさが同時に楽しめる、不思議で贅沢な菓子として、噂が噂を呼ぶ状態になった。
アデルのお茶会仲間、貴族女性のインフルエンサーことメリッタ・グラスマン夫人も来店してくれた。そうしてその味の素晴らしさを、あらゆるところで宣伝してくれたのである。彼女は笑顔で、「最初はアデルのために広めようと思って来たけれど、本当に新しくて、しかも美味しいんだもの!私、感動しちゃったわ!!」と言ってくれたのだった。
「向かいの店の行列は、ぱったり途絶えましたね」
「新しいメニュー、出ないし…………飽きられた、かも…………」
エミールとローザが言う通り、夏の終わりが近づくにつれ、向かいの店の客足は途絶えた。「どっちも食べてみたけど、やっぱりこっちの方が美味しくてね」と言ってくれた常連さんもいた。話題性と、味の勝利と言ったところだろうか。
「ひとまず、うちの勝利よ!!さあ、これからも頑張っていくわよ!!」
アデルが勝利宣言をし、従業員たちはおーっと盛り上がった。パティスリーエルサが潰れる様子はないが、黒字はまず出ていないだろう。
こうして、アデルたちはケーキの力で、不気味な競合店に競り勝ったのである。
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