閑話 モニカ・フレーベル
こんにちは!!私はモニカ・フレーベルと言います。とにかく元気だけが取り柄の、二十歳です。パティスリーアデルで売り子をしています。
私の髪は、ごく普通の茶髪です。青い目は割と綺麗かなって、自分では思います。そばかすがあるのがちょっと、悩みだけど。
店長のアデル様の姿なんかを見てると、キラキラと輝いて妖精さんみたいなので、やっぱり公爵夫人って別世界の人なんだなあと思うことがありますね。でも店長は「私は貴族男性に、全然モテないのよ」と言うので、お貴族様の価値観ってよく分からないです。
そんな妖精さんみたいな店長は、転生者だけあって発想が柔軟で、進んでいます。パティスリーアデルは自分のやりたいことにどんどんチャレンジできる、とっても良い職場なんですよ!頑張った分だけ評価してもらって、しっかりお給料も上げてもらえるし。有給なんかも取れて、福利厚生も充実しています。それに私はこのお店にとても愛着があるので、絶対に辞めたくないですね。
そういう私はそこそこ裕福な商家の、三女として生まれました。「何でも良いから自分だけの特技を持て」というのが、父親のいつもの口癖でした。私は小さい頃から絵を描くのが好きだったので、両親は絵描きの元に通わせて、勉強をさせてくれました。私が興味を持っていると言ったら、カリグラフィーも習わせてくれました。
私はこういう特技を活かせる職場で働きたいなあと、常々思っていました。なんかこう、メニュー表をデザインしたりだとか、そういうことが自分にはできると思ったんです。でも、デザインを専門にして生計を立てている人ってあんまりいなくて、さすがに諦めていました。隣国ファレーヌなんかでは芸術家の地位が高いけれど、この国ではまだ、あまり一般的ではない職業です。
私は結局、いくつかの料理店のホールスタッフとして働きました。でも、「元気が良いのはいいけど、ミスが多すぎる」とよく叱られて、首になってしまうのを繰り返しました。私はかなりのおっちょこちょいなんです。それに、自由に自分の特技を発揮させてもらえるような職場なんて、実際には全然なくて。私はもう長い間、ずっと落ち込んでいました。
私が十九歳の時です。王都の街にとっても素敵なケーキ屋さんができた、と噂になったのは。
私は散々迷った後、勇気を出してそっと見に行きました。高級店だと聞いていたから気後れして、随分躊躇ったんです。それでお店を実際に見て、すごく驚きました。鮮やかなターコイズブルーに塗られた壁、真っ白な店内。ジュエリーみたいに輝くケーキたち。楕円形の看板には、素敵な書体で「パティスリーアデル」と描かれています。この店のオーナーはセンスが抜群に良い、と一目で私は思いました。こんなケーキ屋は見たことがありません。
私はドキドキしながら店内に入って見渡し、ポスターや値札を観察しました。それらは工夫して可愛く描かれていたけど、この店の洗練された雰囲気ならもっと合ったものがあるな、と私は思いました。頭の中でデザインの組み立てが止まりません。そうして私は、ある一つのポスターに釘付けになりました。
そこには「売り子募集中。身分は問いません。あなたの特技を活かしながら働いてみませんか?」とありました。私はすぐに食い付きましたね。その場で従業員さんに「売り子として応募したい」と言いました。明るい茶髪に新緑の目をした格好良いお兄さんは、とっても素敵な笑顔で、「履歴書を持って、この指定の日時に店に来てくれたら良いぜ」と言い、日時をサッとメモして手渡してくれました。
私はお小遣いでケーキを一つだけ買って、大急ぎで家に帰りました。スケッチブックを取り出し、夢中でデザインを書いていきます。あのお店なら、もっと高級感のあるカリグラフィーで値段を書いて、スズランの花の絵でワンポイント。その下にケーキの説明を書いて……。それから、もしポスターを出すなら、普通のデザインじゃなくて、パッと目に入るようなスタイリッシュで記号的なデザインを入れて。美味しそうなケーキのイラストを、こうやって配置して……。その日はワクワクが止まらなくて、私は朝方までスケッチブックにかじりついていました。目をしぱしぱさせながら朝食がわりに食べたケーキは、それはもう、涙が出るほど美味しかったです。
私は面接に行ってみて、びっくりしました。一対一で面接してくれるオーナーはなんと、ローゼンシュタイン家の公爵夫人、アーデルハイト様だと言います。アーデルハイト様はお人形さんみたいに綺麗で、私は一気に緊張してしまいしました。慌てて「も、モニカ・フレーベルです!!元気なのが取り柄です……!!」と言いつつも、いつもの元気がなかなか出せません。でも、面接の途中で、アーデルハイト様がこう言いました。
「このお店で働くとして、どんなお店にしたいですか?」
ここだ、と思い、私は一生懸命話しました。
「も、もっとこのお店は素敵になります!私、イラストやカリグラフィーが得意で。このお店に合うデザインならこういうのかなって、色々考えてきたんです!!」
えいやっとスケッチブックを差し出しました。売り子の募集なのに場違いかな、突き返されるかなと思いましたが、そんなことはありませんでした。スケッチブックを開いた途端、アーデルハイト様の目つきが変わったんです。丁寧にページをめくって、一つ一つ見ていきます。
「素晴らしいわ……!!あなた、とってもセンスが良いのね!!」
「そんな。ただ、このお店がすごく素敵だから…!もっともっと、素敵にできるんじゃないかと、思って…!」
「このポスターなんかとても先鋭的だけど、お店のイメージにぴったりだわ。素敵…………」
アーデルハイト様は感心したようで、何度も褒めてくれました。そして後日なんと、正式に採用の通知が来たのです!私は文字通り、飛び上がって喜びました。
そうして私は見事、パティスリーアデルで働き始めることになったんです。そこは、まるで天国みたいな職場でした。店長は何でも私の好きなようにデザインさせてくれて、意見をどんどん取り入れてくれます。しかも、「デザインをしている時間は仕事だから、業務時間内でやること」と言って、きちんと時間を取ってくれるんです。「家で無理にやってきたりしたら、絶対にダメよ?」という店長には、後光がさして見えました。
それから、店長は天使みたいにキラキラしていて可愛いけれど、時々公爵夫人だということを忘れるくらい、フランクで親しみやすい人でした。私は臆することなく、張り切ってお店の中をどんどん変えていきました。
ただ、私がおっちょこちょいなのはどうしても直らなくて。売り子としては時々ミスをしてしまいました。注文されたケーキの種類を間違えたり、お金の勘定を間違えたり。その度にパティシエのエミールには、よく慰めてもらいました。でもこういったミスにも、店長は頭ごなしに叱ることなく、こう言いました。
「人はどうしてもミスするものよ。ミスが出たら、お店のシステムに問題があると考えましょう。皆で、ミスしないような仕組みを考えていきましょう」
そうして、ケーキの種類や個数を一気にメモできる一覧表を印刷したり、お金のやりとりをする手順表を作ってみんなで守るようにしたりしました。工夫してみると、私のミスはぐんと減りました。店長は最高の上司です。
ただ……私はある日、大きな失敗を犯してしまいました。早口で注文されて、大口のお客さまのケーキの個数を間違えてしまったのです。
私が泣きべそをかいて落ち込んでいた時に、慰めてくれたのがエミールでした。
「誰でも失敗はする。モニカは責任感が強すぎるんだよ。あんまり落ち込むな」
彼は、そう言って私の頭をポンポンと撫でてくれました。私は何だか、胸がドキドキするのを抑えられませんでした。
「でも、店長もさすがに呆れてると思う…」
「奥様、そんなに怒ってたか?」
「全然。でも逆に、優しくされるのが申し訳なくて……」
うじうじと落ち込む私に、エミールはにっこりと笑いました。
「モニカが頑張ってることで生み出してる利益の方が、きっと大きいぜ!俺も半人前だからさ、一緒に頑張ろう!」
私の涙は、あっという間に引っ込みました。エミールの笑顔が、あんまり優しくて、太陽みたいで。
ああ、私、この人が好きなんだって、私はやっと自覚しました。
♦︎♢♦︎
「エミール、誕生日おめでとう」
終業後二人きりになったタイミングで、私は勇気を出して、用意していたものを渡しました。二人きりになったのは、店長やローザ、それにリュカが気を利かせてくれたからです。私の恋心は、皆に筒抜けでした。エミール本人だけがこれを知らないんです。
「おお、ありがとな!」
エミールはまた、あの太陽みたいな笑顔でプレゼントを受け取ってくれました。
「これは……布巾か。かっこいいデザインだな。業務中に沢山使うから、助かるぜ」
「うん……あのね、このカードもプレゼントよ」
私はぎゅっと目を閉じて、震える手でカードを差し出しました。
自分でデザインしてカリグラフィーとイラストを描いたカードです。表には、エミールの笑顔の似顔絵を描きました。
エミールが「おおっ!」と言いながら受け取り、カードを裏返します。そこには私の気持ちが書かれていました。
「いつも頑張り屋さんで優しいエミールのことが、ずっとずっと大好き。モニカより」
文章を読んだエミールは、わかりやすく硬直しました。
「…………もしかして、とは思ってたんだ」
「そうなの!?」
「でも、俺はお前より五つも年上だし…………自意識過剰かも、と思って」
「そんなの関係ない!エミールは素敵よ!!」
私が言うと、エミールは真っ赤になって笑いました。その新緑の瞳が緩んで、とっても綺麗です。こんな表情は見たことがありません。
「……ありがとう。俺も、いつも頑張り屋で明るいお前のことが、大好きだよ」
「!!」
私の目からは、ぶわっと涙が溢れ落ちました。そんなの、全然知らなかった。
「嘘……!」
「嘘じゃない、本当。俺、結構わかりやすかったと思うんだけど?」
「全然わからなかった…」
「モニカ」
エミールは真面目な顔になり、私の手をぎゅっと両手で握って言いました。美味しいケーキを生み出す、大好きなエミールの手です。
「俺と、結婚を前提に付き合って欲しい」
「……!!喜んで……!!」
私は泣きべそをかきながら笑って、エミールに飛びつきました。
♦︎♢♦︎
翌日、私は店長にことの次第を報告していました。
「まあ!エミールとうまくいって、良かったわね!」
「店長のお陰です……!!あ、あの。店長……」
「なあに?」
「もし、この先結婚することがあっても。できる限り、このお店で働き続けたいです……難しいでしょうか?」
私は、勇気を出して聞きました。この世界では結婚したら、家庭に入るのが普通です。でも、店長の前世の世界では、結婚しても女性が働くのは普通だったと聞いたことがあったのです。
店長は顔をパッと輝かせて、それはもう可愛く笑いました。
「大歓迎だわ!子供ができた時のために、産休とか、育休とかの制度も作るし……働いている間、子供は公爵家で預かっても良いもの!モニカには是非、あなたが働きたいと思う限り、ここに居て欲しいわ!」
「……店長!ありがとうございます!!」
私は思い切り、店長に抱きつきました。やっぱり店長は最高の上司です。
私はできる限りずっと、このパティスリーアデルで働きたいと思います。だってこの私、お店が大好きですから。
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