3-7 女子たちの恋バナ

 本日はクリスティーネに王宮へ招かれて、アデルとエリーゼが一緒にお茶を囲んでいた。

 アデルは先日エリーゼのことも、クリスティーネに紹介したのだ。慈善活動に力を入れてきたクリスティーネとエリーゼは、気が合うのではないかと考えたのである。ちなみにエリーゼも結局、「この方が話が早いわ」と言って手を差し出し、すぐに読心してもらっていた。クリスティーネはもはや慣れたもので、クスクスと笑っていた。

 それから何度か会話を重ね、三人は随分親しくなったのである。三人だけの時は、気の抜けた口調で話しているほどなのだ。


 お茶をしながら話すのは、主に恋の悩みだ。勿論社会情勢や政治、それからケーキの話なんかもするが。三人とも、やはり年頃の女性なのである。


「クロード様との婚約の儀は無事に済んだけど、この国は次の社交シーズンが正念場ね。それまでに結婚を急げるといいんだけど、正直なところ難しいと思うわ。王族の結婚って、とっても時間が掛かるのよね……」

「それはそうよ。ただの貴族でも、それなりに掛かるもの。むしろ、アデルが速すぎたのよ」

「準備に三ヶ月だなんて、ものすごいわよね……」

「うう。自分で今考えても、あれは周囲が相当無理していたと思うわ……」


 アデルは苦笑する。正直怒涛の展開すぎて、ユリウスと結婚するまでの記憶があまりない。仮にも公爵家の結婚式なのに、ウエディングドレスも既製品であったし。

 

「アデルの心を読んだときは、契約結婚という言葉にそりゃあ驚いたわ」

「それはそうよね……申し訳ないわ……」

「今、旦那様と上手くいっているのだから良いじゃない」

「でも、あの……もうすぐ、新婚旅行だから。ちょっと緊張、しちゃって……」


 アデルが両手の人差し指をくるくると回しながら白状すると、女性二人はぱっと目を輝かせた。


「ようやく二人が本当の夫婦になるんだものね!」

「新婚旅行でやり直すなんて、ロマンチックだわ……!」

「それは緊張するわよね!ああ、良いわね……!!……アレックスなんて結局、全然手を出して来ないのよ?」


 エリーゼはケーキをつつきながら、大きなため息を吐いている。今日持参したケーキは、試作段階のオペラだ。クリスティーネなんかは目をキラキラさせながら、もう二個目を食べている最中である。


「アレックスとの結婚は、先に進めないの?」

「うっ……それが、言い出せなくて…………最初に、待って欲しいなんて言っちゃったから。私がもう少し、素直になれれば良いんだけど、なかなか…………。どうしても、面と向かって気持ちを伝えられないのよ……!」

「その気持ち、とっっても良く分かるわ、エリーゼ!!」


 がっくり肩を落とすエリーゼに、クリスティーネが激しく頷いて同意した。


「私も国内を色々案内してもらううちに、クロード様にどんどん惹かれているのよ……。それなのに…………本人を目の前にすると、全っ然、素直になれなくて。照れ隠しで、あからさまにツンツンしてしまう時だってあるのよ……!ああ、私の心を読んでもらえたら話が早いのに…………」

「クロード様はきっと、クリス様のそういう所も可愛いと思っているから、大丈夫よ」

「そうそう。クロード様がクリス様を見ている時の目、蜂蜜みたいに甘いもの」


 二人は頷き合った。国内を視察して回る二人の仲睦まじさは、国民の間でも大層噂になっているのだ。お陰で隣国からの嫁入り予定であるクリスティーネは、国民から好意的に受け入れられつつある。


「そ、そうかしら……。自分では良く分からないわ…………」

「その気持ちも良く分かるわ。私もアレックスがどこまで本気なのか、分からなくなることがあるもの……」

「ふむ。乙女の悩みは尽きないわね……」


 三人は溜息を吐いた。恋バナに花を咲かせているものの、三人とも恋愛初心者なのである。


「ともかく、自分の気持ちを率直に伝えようと頑張ってみることに、意味があるんじゃないかしら。私もユリウスと想いが通じるまで、相当時間が掛かったもの」

「アデルが言うと、言葉に重みがあるわね……アレックスと、今度きちんと話してみるようにするわ」

「私もクロード様に、もう少し気持ちを伝えてみるようにするわ……」


 それからふとクリスティーネは思案気な顔になって、アデルに尋ねた。


「それにしても……アデル。新婚旅行に危険はないの?私はそれが心配だわ」

「私も、心配よ」


 二人とも気遣わしげだ。一緒に見つめられて、アデルは微笑んだ。


「ありがとう。でも、ユリウスが守ってくれるから大丈夫よ。それに…………恐れから家に引きこもって、何もできなくなるのは嫌だもの」

「アデルは偉いわね」

「私も見習わなきゃ」


 エリーゼとクリスティーネに手を撫でられ、よしよしとされる。想ってくれる友人が増えて、アデルはとても幸せだった。 

 


 ♦︎♢♦︎



「ユリウス、その後どうだ?」

「やはり、最近妙な気配を感じることがあります。気配があるのに、姿だけ見えないような…………恐らく『透明化』の魔法かと思われます。俺が捕縛しようとすると、一気に消え失せてしまうのですが」


 一方その頃。王子の執務室で、クロードとユリウスは密談をしていた。


「騎士団ではまだ、『透明化』の魔法の出所が突き止められないようだね」

「申し訳ありません……」

「仕方がない。これは国外由来のものだと、僕は睨んでいるよ」

「俺もです。……『シナリオ』を知る人物は、国外にいるのではないかと考えます」

「僕の推察でも同じ結論だ」


 ユリウスは少し俯いて、その目元に影を落としながら、クロードに尋ねた。


「俺たちが旅行に行くのは……中止した方が良いでしょうか?」

「その必要はない。むしろ旅行に行って、お前がアデルの警護を固めるんだ。多分どこかのタイミングで、奴らは尻尾を出す」

「アデルを餌にするようで、非常に気が進まない部分もあるのですが…………やむを得ませんね。現れた敵は全員、必ず倒します」

「頼むから、なるべく生かしたまま捕らえてくれよ……?」


 クロードはユリウスの殺気に引きながらも、注意喚起をした。敵からはなるべく情報を引き出したいのだ。

 しかしそこで彼はふと思いついたようで、顔を上げて言った。


「そうだ。お前がいれば安全ではあるだろうが……安全度をもっと上げるために、にも協力してもらおう」

……?」

「そう」


 クロードは窓際に腰掛け、屋外の――――庭でお茶会をする女性陣を見つめながら、力強く微笑んで言った。


 

「僕たちの新しい、強力な味方だ。――僕のは、色々な意味で優秀なんだよ?」

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