3-6 アデルと隣国の王女

 クリスティーネ王女が来国して三日後のこと。アデルは早速、王宮にいる彼女に面会に行った。お茶会のセッティングは、クロードが自ら行ってくれたようだ。

 

「今日はようこそお越しくださいました。私はクリスティーネ・フランソワと申しますわ」

「お初にお目に掛かります。アーデルハイト・ローゼンシュタインと申します。大変恐縮ながら、王女殿下の良き話し相手になるようにと、クロード殿下から仰せつかっております」


 クリスティーネは緊張しているのか、やはりツンと澄ましていた。手紙ですっかり事情を聞いていたアデルは、小さく微笑む。スッとクリスティーネに手を差し出した。


「王女殿下の固有魔法が『読心』であることは、クロード殿下から聞き及んでおります。どうぞ、いま私の心を読んでくださいませ」

「……!?そんな…………私の魔法が、怖くないの?」

「私を信用して頂くには、この方法が一番良いと思ったのです。遠慮は要りませんわ。さあ、どうぞ」


 クリスティーネは迷った後、おずおずと手を出し、アデルの手を握った。しばらく目を瞑ってじっとしてから、クリスティーネは感嘆したように言った。


「まっすぐな心……。それに、貴女も……自分の見目で、相当苦労してきたのね」

「そうなのです。ですから、王女殿下の良き相談相手になれるかと存じます」

「信じられない…………こんなに色素が薄くて美しくて……可愛いのに」

「場所や人が変われば、美醜の価値観など簡単に変わるもの。大切なのは中身なのだと……今は私も、少しはそう思えています」

「それも……そうね」


 クリスティーネは、くしゃりと可愛い笑顔になって言った。


「この国の人は、変な人ばっかりだわ。自分から私に心を読ませるなんて……。でも、お陰で貴女のことは、心から信じられるわ。……是非、私と仲良くして頂戴?」



 ♦︎♢♦︎



 クリスティーネの計らいで、二人は形式ばった言葉を使わず、気軽に言葉を交わせるようになった。「私のことはクリスと。その代わり、貴女のことをアデルと呼んでも良いかしら?」と尋ねられたので、すぐに頷いたのである。


 テーブルに、アデルが持参した手土産のケーキがサーブされていく。今日のケーキはイチゴのタルトだ。季節のイチゴをたっぷりと使い、その下にはあっさりとして滑らかなカスタード。更に下に敷かれている、アーモンドプードルを使ったダマンド生地の中には、アクセントとしてフランボワーズジャムが仕込まれている。


 クリスティーネは目をキラキラとさせながら、イチゴのタルトを見つめていた。


「さっき、心を読ませてもらった時から気になっていたの。貴女は転生者で、ケーキ作りが相当上手なようだって……!今日早速食べられるなんて、とっても嬉しいわ!」

「喜んでいただけて、嬉しいです!ケーキがお好きなんですね?」

「大好きなの!!でも……国では、美肌のために甘いものを食べてはいけないと、厳しく躾けられていて。いつもこっそり取り寄せていたから、滅多に口にできなかったのよ……」


 クリスティーネは、しゅんとしながら告白をした。これは相当、甘いものに目がないようだ。

 アデルが勧め、早速タルトを一口分取って、口に入れてもらう。彼女のすみれ色の目は、目に見えてパアアっと輝いた。そのままじっくりと味わってから嚥下し、クリスティーネはお行儀よく、小さな声で叫んだ。


「お、美味しい〜〜〜〜っ……!!!!」

「それは良かったです!ちょうどイチゴの季節ですから」

「なんて美味しいの!?見た目からして繊細で綺麗だったけど、味はもっと繊細で……それに、優しいわ。まるで、貴女の心みたい…………」

「そ、それは褒めすぎです」

「いいえ。全然褒めすぎじゃないわ」


 クリスティーネはうきうきとしながら食べ進め、あっという間に一個ペロリと平らげてしまった。


「ありがとう。とっても幸せな時間だったわ……」

「また作って、持ってきますね」

「あの、アデル。お願いがあるのだけど……」


 クリスティーネは両手を胸の前で組み、しばらくもじもじとしてから言った。


「私、本当はチョコレートが大好物で……。いつか、私のためにチョコレートのケーキを作ってくれないかしら……?」

「勿論作れますよ!ただ、チョコレートは安定した入手が難しくて……次に入手でき次第、すぐに作って持ってきますね」

「そ、それなら。私がこっそり贔屓にしている、ファレーヌ王国のチョコレート専門店があるわ。そこからチョコレートを仕入れられるようにしてあげる!」

「本当ですか!?」

「勿論よ。アデルの作ったチョコレートケーキを食べられるようになるなら、私、幾らでも手を尽くすわ」


 クリスティーネは、とても良い笑顔で頷いた。こうしてアデルは、ファレーヌの王女の餌付け(?)に成功すると同時に、チョコレートの仕入れ先の確保までも行えたのである。


 二人はしばらくのんびりとしながら、色々な話をした。クリスティーネは大変頭の回転が早い人であったので、話していてアデルもとても楽しかった。


「あのね、アデル。貴女は旦那様とも上手くいっているようだから……クロード様とのことも、相談に乗ってくれる?」

「勿論です。乙女の秘密は厳守しますから、クロード様に言いつけたりしませんわ。愚痴でも何でも大丈夫です。そのために、私がいるのですから」

「ううん……愚痴とは、逆なの…………」


 クリスティーネはそばかすのある肌をぽぽぽっと赤く染めてから、内緒話をするように打ち明けた。


「素敵な人だなと、思っているの……。彼の心は、そりゃあ綺麗なばかりではなかったけれど……彼がこの国を心から愛しているんだと、良くわかったもの。そ、それにね、私……お世辞以外で、可愛いなんて言われたの……初めて、だったのよ…………」

「まあ、素敵だわ!そう言うことなら、いくらでも相談に乗りますわ!」

「ありがとう!頼りにしているわ……!」


 こうしてアデルとクリスティーネはあっという間に仲良くなり、アデルは彼女の、恋の相談役としての務めも果たしていくこととなったのだ。



 ♦︎♢♦︎



「皆!朗報よ!チョコレートの安定的な入荷の約束が取り付けられたわ!」

「何だって!?すごいじゃないですか、奥様!!」


 一週間後、アデルはニコニコ顔で出勤した。隣国ファレーヌのチョコレート専門店から、加工前のチョコレートを輸入させてもらえることになったのだ。


「クリスティーネ王女のお陰よ。ああ……チョコレート。素晴らしいわ。生クリームに入れても良いし、焼いてガトーショコラにしても良い。ザッハトルテにオペラ、チョコレートムース。チョコレートチーズケーキ。ガナッシュを使ってフランボワーズと合わせても良いし……ああ、夢が広がるわ…………」

「チョコレートといえば、テンパリングの温度管理の仕方が、とぉっても面白いですよね〜。チョコレートの結晶の性質、是非詳細に研究してみたいなぁ〜、うふふ」


 アデルがうっとりしながらぶつぶつと呟いている横で、リュカもチョコレートの結晶に想いを馳せながら恍惚としている。ぱっと見、かなりアブナイ空間である。


「俺はチョコレートを扱ったことがほとんどないから、しばらくは修行だな、こりゃ」

「エミール、頑張って!!私、応援するわ!!」


 頭を掻くエミールに向かって、モニカが大声を出した。彼女は今日も全力で恋をしているのだ。


「ケーキは別として、トリュフの詰め合わせもお土産品に出そうと思っているのよ。チョコレートは確かに扱いが難しいわ。だからこそ、そのメニューは主にローザに担当してもらおうと思っているの」

「私…………ですか…………!?そんな…………貴重な食材なのに…………」


 ローザは純粋に驚いたようだ。しかしアデルは指をふりふりして言った。


「貴女はとても頑張っているし、手先が器用でチョコレートの細工に向いていると思うの。私が教えるわ。一緒に頑張ってみない?」

「はい…………!頑張り、ます…………!!」


 ローザはやる気十分だ。従業員が少しずつ育ってきて、アデルとしても嬉しい限りである。


 

 こうしてパティスリーアデルは、念願のチョコレートメニューの取り扱いを始めることとなった。まずは試作を重ねていく予定である。

 

 新ケーキメニューは、ひとまずオペラに決定。これはコーヒーシロップを染み込ませたスポンジ生地とコーヒー風味のバタークリーム、そしてチョコレートのガナッシュを幾層にも重ねた、高級感あるケーキだ。

 菓子職人にとって究極の目標とも言えるケーキだが、アデルは敢えてこの難しいメニューを採用することにした。真似してくる競合店たちを、一気に突き放すためである。ただし材料を輸入する分、ケーキの値段設定もかなり高めになるだろう。納得のいく物になるまで試作を重ねるしかない。

 それと冬季限定で、トリュフの詰め合わせをお土産物として販売する予定である。冬までにローザと特訓を重ねていくのだ。今は春なので、時間はまだたっぷりとある。


 それについ先日、念願のイートインスペースも開店した。貴族夫人のお茶会や、貴族男女のデートの場として主に使われ、滑り出しは順調である。


 例の『透明化』の魔法を使っていたと思われる人間が、店の周辺をうろついていたことは不安だが、あれからは特に異変が見られなかった。それにユリウスとクロードの配慮で、パティスリーアデルには騎士が常に一名、常駐してもらえることになった。騎士団としても、『透明化』の魔法を大変警戒しているのだ。新婚旅行でアデルが留守の間、用心棒のリナも居なくなるので、これには安心した。


 新婚旅行までは、あと二週間である。アデルは楽しみなその日を、指折り数えて待つようになっていた。

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