閑話 アレックスとエリーゼ 1
ユリウスは、アレックスの見舞いに来ていた。一時は即死してしまったアレックスであるが、治療の甲斐あって明日退院できるのだと言う。
ユリウスが労りの言葉をかけようとすると、アレックスは今まで見たこともないような、強い意志を込めた眼差しで彼を見つめてきた。
何か大切な話があるのだと思い、姿勢を正す。するとアレックスは、静かに切り出した。
「明日退院したらすぐに、エリーゼに求婚する」
その言葉に、ユリウスは耳を疑った。
「……本気なのか?」
「本気に、決まってるだろ」
アレックスは少し怒ったような声を出してから、俯いた。
「いや……俺のこれまでの行いを一番間近で見て来たお前が、信じられないと思っても仕方のないことだ。…………だけど、」
それから顔をあげた時には、彼はまるで迷子の子供のような顔をしていた。
「俺は本気だよ。もう、他の女性なんていらない……。一生だ」
「そうか……」
「でも、彼女にもし振られたらと思うと……ここが。心臓が、すごく痛い…………その時、どうしたらいいのかわからない…………。怖いんだ…………」
アレックスはそのまま、項垂れてしまった。いつになく弱気になっている彼は、まるで別人のようだ。ユリウスはアレックスの肩をポンと叩き、励ました。
「頑張れよ。お前が真剣になったというなら、俺も応援する。それに、一度振られたとしても挫けるな。お前には、沢山前科があるようなものなんだから」
「ああ……」
「まずは、誠実さを見せるところからだろう」
「はは……お前に言われると、重みが違うな」
二人は笑って、拳と拳をかつんとぶつけ合った。
♦︎♢♦︎
それから、しばらく後日の昼のことである。
エリーゼは、アデルの部屋に駆け込んで助けを求めていた。彼女はすっかり参っていたのだ。
だって一週間前、アレックスが突然大きな白百合の花束を持って来訪し、求婚してきたのだ。
「エリーゼ、君が好きだ。君だけが……。どうか、俺と結婚してくれ」
エリーゼはもう、いつものように笑ってかわすことはできなかった。アレックスが真剣だと、痛いほど伝わって来たからだ。
彼はエリーゼの手に額を寄せて、祈るように求婚した。それは痛々しいほど真剣で、あまりにもひたむきな様子だったのだ。
エリーゼは、答えに
それから少しすると。
あのアレックスが女性を全員切って、女遊びをすっぱりやめたと、貴族中が大騒ぎになった。それにもエリーゼは仰天してしまった。
だってエリーゼの元には、アレックスから毎日、愛の言葉を綴った手紙と一輪の花が届いている。どう考えても彼は、エリーゼに対して本気だった。
「助けて、アデル。ああ、もう、どうしたらいいの……」
アデルの部屋でケーキを突きながら、エリーゼはうじうじと愚痴った。繰り返すが、彼女はすっかり参っているのだ。
「どうしたらって言ったって。エリーゼは、アレックスのことを、どう思ってるの?」
直球なアデルの質問に、エリーゼはうぐっと咽せた。慌てて紅茶でケーキを流し込み、ため息を吐いてからしぶしぶと答える。
「………………そもそも。アレックスは……女性にだらしなかった時から、周囲にいつも、気遣っていたし。私のことだって、本気で心配してくれていたのよ。だから、彼は本当は優しい人なんだって……私はわかっていたの。だからこそ、自分の寿命を削ってまで、助けたんだもの……。私、あの時……迷わなかったのよ」
「そっか……」
アデルはしんみりした。自分の寿命を削ってまで他者を助けるとは、一体どれだけの勇気なのだろう。アデルには到底、真似できそうもない。
しかしそのしんみりとした空気を壊すように、エリーゼが突然テーブルを叩いた。
バン!!
ビクッとするアデル。見れば、エリーゼはわなわな震えている。そして溜まった鬱憤を吐き出すように、勢いよく話し始めた。
「そう、元から良い人だと思ってたのよ……!!それがよ!?急に私にだけ一途になったなんて、そんなのずるいじゃない!!こっちは免疫なんて、ないのよ……!?ゼロなのよ!!ひとたまりもないじゃない……!!ずるいわ!!」
「あ、うん……確かにずるい、かも?」
アデルは目を点にして答えた。
おかしい。
公爵家の気品ある自室が、安酒を提供する前世の居酒屋に見えてきた気がする。
エリーゼは構わず、再度机を叩いた。
バン!
「そう!ずるいわ!!あの男…………ずるいのよっ!!」
そうしてくだを巻くように話し続ける。その様子は、まるで絡み酒である。
「それにっ!アレックスは……見た目だって!抜群にかっこいいじゃない……!!ひどいわ……!!!」
「エ、エリーゼ……あんなに冷たい態度を取っておきながら……?心の中ではアレックスのこと、格好良いって思ってたの……?」
「そりゃ思うわよ!!なんなら今まで見た男のひとの中で、一番格好良いって思ってたわよ!?だって私の好みの、ど真ん中なんだもの…………!!」
「そ、そうなんだ……」
アデルはエリーゼに、お代わりのお茶を注いであげた。心持ちとしては、ビールのお代わりを継ぎ足している気分である。
「なのに……。なのに!!その、世界一格好良い人がよ……!?泣き出しそうな顔で、真剣に……好きだって……!言ってくるのよ!?耐えられなくない!?」
「うん、耐えられないね…………」
「でしょ……!?」
エリーゼはそこまで言って、肩をがっくりと落とした。そして声のボリュームを落とし、いじけたように続ける。
「そもそも。アデルは知ってると思うけど。私、本当に男性に免疫がないのよ……」
「わかってるわ」
「前世では見た目が派手だったから、『遊んでそう』って言われて。遊び目的の男しか寄ってこなかったし」
「うん」
「今世では見た目が薄幸そうだから、『愛人にしたい』って言われて、愛人目的の男しか寄ってこなかったし」
「うんうん」
アデルは相槌を打ちながら、エリーゼの背中を優しく撫でた。エリーゼはこんなに真面目で美人なのに、全くひどい話である。
「だから今まで、男性という男性を全てスルーして、避けて生きてきたのよ…………!?それだっていうのに……!!ねえ、一体どうしたらいいの…………!!」
「エリーゼ、可哀想に……。でも。ねえ……もう、認めた方がいいわよ」
「……うう」
「アレックスのこと、好きなんでしょう?」
「ううう……。…………そ、そうよ。本当はアレックスに惹かれてるわ!!それは認める!!!」
エリーゼはアデルの方に顔を上げた。その目にはもう、涙がいっぱいに溜まっている。
「でも……!!怖いじゃない…………?」
再び俯いたエリーゼは、静かに泣き出した。
「もしも、いつかまた、女遊びが激しい彼に戻ってしまったら……どうしたらいいの……?もしも、私が振り向いた途端、興味を失ってしまったら……?その時、私は耐えられるの…………?」
アデルはハンカチを取り出し、エリーゼの涙を丁寧に拭いながら言った。
「エリーゼ。勇気を出して信じてみなきゃだめだよ。私は……アレックスは本気だと思う」
「…………うん」
「私もね、もっと早く勇気を出して、ユリウスに想いを告げればよかったって、後悔しているのよ。怖がってばかりじゃダメだわ」
「うん…………」
アデルはそれからもしばらくエリーゼの涙を拭い、背中を摩って、励まし続けたのであった。
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