2-13 お菓子より甘い告白(ユリウスサイド)

 ユリウスは苦悩していた。

 

 アデルは今や、『シナリオ』を知る重要人物となってしまった。しかも今回、王子の次に狙われたということは、既に敵に目をつけられている可能性すらある。

 アデルの立場がこうなるまで追い詰めてしまったのは、他でもないユリウス自身だ。

 もはや『契約』などと言っている場合ではない――――ユリウスはようやく、決意をした。



 ♦︎♢♦︎


 

 クロードと話をした夜、ユリウスは無理矢理仕事を早く切り上げて帰宅し、アデルの元へ急いだ。

 

「アデル。クロード殿下に話を通したよ。君を保護すると約束を得られた。安心してくれ」

「そう……ありがとう。ユリウス」


 アデルはふにゃっと力なく笑った。不安で仕方がないのに、気丈に振る舞おうとしているのだ。その様子にユリウスの胸は、張り裂けそうなほど強く痛んだ。

 

「アデル……正直なところ、今後一番狙われやすいのは君だと、俺は思ってる。君をここまで追い詰めたのは俺だ。本当にすまない……」

 

 眉間に皺を寄せながら、ユリウスは自分の苦悩を吐露した。

 

「ユリウス……」

 

 アデルは気遣わしげな表情で、ユリウスの頬を撫でる。こんな時でも、自分よりユリウスのことを心配しているのだ。


 ああ。

 アデル。

 優しくて賢い、アデル。

 そんな君だから、俺は――――。

 

「…………俺は。君だけは守りたい。君を失ったら、俺は生きていけない……」


 頬に寄せられたアデルの手を、そっと上から包みこむ。ユリウスはアデルをじっと見つめながら、告白をした。

 

「アデル。もう、これ以上嘘はつけない、俺は……君を、愛してる。自分の命よりも、君が大切なんだよ」


 アデルの大きなクリスタルの瞳は、こぼれそうなほど大きく見開かれた。ユリウスは申し訳なくなって、力なく言葉を続けた。

 

「ごめん。ただ……伝えたかった。最初に契約結婚と俺が言ったのに……すまない。いつかで、いいんだ。気持ちを、返してくれたら…………嬉しい」

「待って!」


 アデルはもう片方の手もユリウスの頬に当てて、必死な様子で言い募った。


「わ、私も……!」

「え?」

「私も、ユリウスのことを愛してるの。あなたに迷惑がかかると思って、今まで言えなかった……!」


 途端に、アデルの瞳からはぼろっと大粒の涙が溢れる。次から、次へと、止まらない。


「わ、私。ユリウスが、好きなの。大好きなの。私…………ユリウスを好きでいても、いいの…………?」

 

 ユリウスは驚いた後、歓喜のあまりはっきりと微笑んだ。


「もちろんだよ」

 

 アデルの華奢な体を、勢いよく抱き締める。あまりにも柔らかくて、温かかった。その細さに驚いて、ユリウスは少し抱く力を弱めたほどだった。

 

「わ、私ね、ユリウスを守りたい……。だから、シナリオでも何でも、利用してやるって思ったの。自分の秘密でも何でも、使ってやろうって……」

「アデル……君は……俺のために、自分を危険に晒したのか?」

 

 ユリウスは、悲しげにそっと目を伏せた。

 しかしその瞬間。アデルから、掬い上げるように口づけをされた。

 

 信じられないくらい柔らかな感触が離れていくのを、ユリウスは呆然と感じていた。

 アデルは首を傾げ、少し申し訳なさそうに眉を寄せながら言った。

 

「いいの。あなたの、妻だもの。ねえ、その代わり……守って、くれる?」

「当たり前だ……っ!」

 

 ユリウスは、今度は自分から、包み込むようにアデルに口付けた。

 

 ああ、甘い。

 甘いくて、身体が溶けそうだ。

 

「ん…………」


 表面を喰みながら、離れる。

 アデルの頬は薔薇色に紅潮していて、耳まで真っ赤だった。もとの色素が薄いから、とてもわかりやすいのだ。

 それがあんまり可愛くて、ユリウスはそれから何度かアデルに口付けをしてしまった。

 段々恍惚としてきて、ふわふわと浮き立っていくような心地だ。

 ユリウスはそのまま、アデルの首筋にキスを落としていった。ほっそりした首に口付けても、やはり甘い。

 

「んっ………………」

 

 悩ましい吐息に、くらくらとする。

 最後は鎖骨に辿り着いたので、強めに吸い付いた。

 アデルはピクンと震えた。鎖骨の少し下には、目論見通り赤い華が咲いていた。

 それに歓喜を覚えながらも、ユリウスはアデルの髪を優しく撫でた。

 

「…………アデル……がっついた。ごめん…………」

「い、いいの…………わたし、はじめて、だから…………。や、やりかた……わから、なくて」

「…………俺もだよ」


 笑い合う。自分たちは、どこか似たもの同士なのかもしれない。


「随分、遠回りをしてしまったね」

「うん……でも、いいの」

「?」

「その間に、もっとユリウスのことを好きになったから……」

「……!俺もだよ、アデル」

 

 その夜、二人は一線を超えることはなかった。ただ固く抱き締めあって、泥のように眠ったのだ。

 二人はすっかり疲れ果てていて、でも喜びに包まれていた。

 

「アデル。愛してる……君の、すべてを」

「ユリウス……私も、愛してるわ」

 

 今だけはただ、想いが通じ合った喜びを分かち合っていたかった。


 

 ♦︎♢♦︎


 

 数日後。

 ストイッタ帝国の王城の一室では、男が手紙を読んでいた。

 

 真っ白な髪に、冬の空のような青い瞳。軍服を着込んだその姿は以前と変わりないが、その口元は楽しげに歪められていた。

 

「第一王子は、海外に後ろ盾を求めたか…………シナリオを、潰しに来たな」


 黒い、静謐せいひつな部屋で。

 歌うように、遊ぶように、美しい声で音が紡がれていく。

 

「洋菓子店……公爵夫人……。転生者はアーデルハイト・オットー……恐らく、シナリオを知る女。……これは、なかなか…………面白いじゃないか?」


 手紙は蝋燭の炎で燃やされ、みるみる間に塵となって消えた。

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