1-2 二人の出会い
「はあ…………」
とある日の夜会の端っこで、アーデルハイト・オットーは、いわゆる壁の花となってぶすくれていた。気の進まない見合い話を親から強引に進められそうになっており、すっかり困り果てていたのである。
歳は十七。年頃の娘がこのように壁の花となっていても、声を掛けてくるような奇特な殿方は、どうせ存在しない。
アデルの姿形はこの世界で、全く
自分としては、なかなか悪くはない見目だと思うし、自分の容姿を嫌いではない。しかしそれは、アデルがいわゆる転生者であるからなのだろう。……まあ、転生者はこの世界では時々確認されており、そこまで貴重な存在でもないのだが。
アデルの持つ色は悪くないと、周囲に励まされることもある。色素の薄い、見る角度によって色を変えるクリスタルのような瞳は大きいし、長く伸ばしたサラサラのプラチナブロンドは、濡れたように光って美しいと褒められることもある。大好きな親友エリーゼはアデルのことを、『雪の妖精さん』と褒め讃えてくれる。
ただ――身長が高く、スタイルが良い女性がモテるこの世界で、アデルの身長はとても、それはもう非常に、小さかった。その背はたったの百五十センチちょっと。そして、これ以上大きくなる気配も全くない。この世界の女性の平均身長は高いため、成人女性としては異例の小ささである。そしてスタイルもまた、とても控えめだった。胸はとってもささやかで、お尻も小さい。よく周囲から、「十歳未満から、大きくても十二歳くらいにしか見えない」と言われるのは、このためである。もう十七歳で成人していて、お酒も飲める年齢なのに、である。
アデルのような少女じみた外見を好む殿方は、この世界ではいわゆる『ロリコン』とされ、大層嫌な目で見られる。要するに、変態扱いだ。
そういうわけでアデルは、この世界では全然モテないのである。まあどうせ前世でも非モテで、男性経験は皆無だったのだが。
――ああ、私が一体何をしたと言うのだろうか。神様ってひどい。とても悲しい。
さて、そんなアデルには今、一つの見合い話が来ていた。いわゆるロリコンの変態老人が、奇特にもアデルとの結婚を望んでいると言うのである。ちなみに、そのご老人には少女の愛人がわんさか居ることで有名だ。
アデルは実家の借金の
「はあ…………」
悲しい。そりゃあ、貴族だし、この見目だもの。幸せな恋愛結婚なんて、早い段階から諦めていた。それでも、前世の知識経験と、この世界で得たスキルを使って、自分の洋菓子店を開き、独力で生きていくのを目標に頑張っていたと言うのに…………。
アデルが再び大きなため息をついたその瞬間である。ふいに涼やかなテノールの声が、アデルの鼓膜を揺らした。
「――失礼。もしや、迷子ですか?お嬢さん」
どうやらその声は、アデルに向けて掛けられているようだった。大方、小さな子供が夜会に迷い込んだと思われてしまったのだろう。
アデルはのろのろと頭をあげ、その声の主の姿を認めてから――口をあんぐり開けて、固まった。
だってそこには――前世の『
彼は、アデルの前世の記憶と照合すれば……この国におられる二人の王子の次にモテると言われる、雲の上の存在――最強騎士、ユリウス・ローゼンシュタイン公爵その人であるに違いなかった。いつも無表情なので、貴族からは『凍てついた公爵』と称されていると聞いたことがある。
目の前のその人を見上げる。ゆうに百八十センチを超えると思われる、すらりとした体躯。ぬばたまの黒髪に、切長のルビーの瞳。目元にある泣きぼくろ。文句なくスッと通った鼻筋に、うすい唇。
巷のお嬢さんたちは、彼のことを『宵闇の騎士様』だとか『顔面兵器』などと言って騒ぎ立てているものだが、それも頷ける。その美貌は有名で、彼の絵姿は庶民の間でも人気を博している。
噂はかねがね聞いているし、遠目にその存在を確認したことはあるものの、実物を間近で見るのは初めてだ。
彼が誰だかすぐにわかったのには、理由があった。だって前世、スチルや立ち絵で何度も何度も、それはもうしつこく彼の姿を眺めていたし――何よりこの世で『前世』を思い出しだのは、彼の絵姿を見たことがきっかけだったのだから。
「お嬢さん?親御さんはどこですか?……大丈夫ですか?」
様子のおかしいアデルに、ユリウスは心配そうな様子で更に近づいてくる。内心大パニックになったアデルは、裏返った声で一気にこう返した。
「し……失礼ですね!私は十七です!!お酒も飲める年齢です!!」
……もうやだ。最悪だ。
自分で自分を殴りたい。
パニックになって、つい、いつもの返しが……憎まれ口が、口をついて出てしまった。姿形の幼さを
ああ、こんなだから『生意気だ』とよく殿方に言われるのだ。こんなだから余計にモテないのだ。
前世のゲームの通りなら、無愛想で無表情だけど、とても誠実なユリウスのこと。彼はきっと心から心配して、アデルに声を掛けてくれたに違いないのに。
「ご、ご、ごめんなさい……!!失礼します!!」
アデルは最早半泣きになって、脱兎の勢いでそこを走り去った。せっかく憧れの人に会えたのに。せっかく声を掛けてもらったのに……。ああ、もう少し生の推しを拝んで見たかった。
自分の生来の口の悪さを呪う。
ああそうだ、帰ってお菓子を作ろう。
アデルは全力で現実逃避しながら、そのまま慌てて家に帰る馬車に乗り込んだ。
思い切り手のかかるやつにしよう。そうだ、マカロンだ。夜中に泣きながら作るのは、やはりマカロンに限る。それに、あらかじめ丁寧に作り置いた、洋酒漬けのさくらんぼもある。あのケーキも作ってしまおう。
徹夜で色とりどりなお菓子を作って、朝方に泣きながら食べるのだ――。
この時、ユリウスの目の前に、家紋入りのハンカチを落としてしまっていたことには――――アデルは全く、気づいていなかったのだった。
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