第13話 二人のデート
ウィルバートは退院後すぐに、アーシャに婚約を申し込んだ。家格も派閥も問題なかったので、二人の婚約はすぐに整った。
あれから物騒なことは特に起きていないが、侯爵家の大スキャンダルということで、貴族は大騒ぎになった。ノートン侯爵家と親しかった家の中には、取り調べが入ったところもある。その上、ウィルバートは騎士団への復帰もしなければならなかったので、しばらくはとても忙しく、バタバタとしていた。
婚約から二ヶ月経った今日、やっとまとまった時間が取れたところだ。これから二人は、婚約してから初めて一緒に出掛ける。つまりは初デートだ。
アーシャはシャロンやメイドに散々相談しながらあれこれと悩み、服装を決めた。爽やかな水色のワンピースに、ロングブーツ、白い唾付き帽子を合わせたセットである。髪は普段下ろしているが、今日は編み込んでまとめてもらった。
「アーシャ、すごく可愛い!こんな君を連れて歩けるなんて、光栄だな」
「あ、ありがとう……。ウィルも、素敵よ」
ウィルバートは喜びでいっぱいという顔で、アーシャの頭を撫でた。
彼はシャツにベスト、スラックスというシンプルな格好だ。素材の良さが引き立つコーディネートである。こうして見るとウィルバートはスタイルが良く、顔立ちも本当に美しい。攻略キャラクターのイケメン度は恐ろしい、とアーシャは改めて再確認した。
♦︎♢♦︎
「今日はここで昼食を食べよう」
「わあ、すごく素敵なお店……!」
「タルトが美味しいんだって」
「覚えててくれたのね。ふふ、嬉しい」
やってきたカフェは、木造の温かい雰囲気だった。そこここに小花柄のファブリックが使われており、アンティークのソファが置いてある。前に尾行で行った店よりもリラックスできそうな雰囲気だ。
「はい、メニュー。今日は任務じゃないから、沢山悩んで良いよ?」
「うん……!どれも美味しそう。フレンチトーストがお勧めなのね。でも、このラザニアも食べたい……」
「好きなのを二つ頼んで、シェアしようよ」
「良いの?私のこと、甘やかしすぎじゃない?」
「僕が甘やかしたいから良いの」
蜂蜜を溶かしたみたいに甘い声で言われ、微笑まれた。アーシャは一気にぷしゅうと真っ赤になる。ウィルバートは店員を呼び、さっと注文を済ませてしまった。
「騎士団は、少し落ち着いてきた?」
「うん。でも、やはり闇と光の二属性への対策を考えなきゃいけないってなってる」
「それは本当にそうよね……」
「その関係で、リオンは今度フランツに行ってくるらしい。シャロンも婚約者として、一緒に行くんじゃないかな」
「フランツかあ。魔術が進んでるものね。観光スポットも多いし、一度は行ってみたいなあ」
「新婚旅行で行こうか?」
「も、もう。気が早いわ……」
そんなことを言いながら、食事をシェアして食べた。どれも絶品で美味しかったが、名物のフレンチトーストは格別だった。ナイフを入れるとサクッとしているのに、中はとろけてしまうほど柔らかいのだ。
今回は任務ではないので、二人はタルトも頼んでシェアし、のんびりとした。大きなタルトには、これでもかとフルーツがびっしり乗っている。
「タルトも美味しい……!苺は勿論最高だけど、桃のタルトも絶品ね」
「シェアできると、色々味わえて良いね」
「うん、楽しい……。ウィルと来られて、嬉しいな」
「可愛い。ほら、あーん」
大きな苺の部分を差し出され、夢見心地で口を開けた。この二ヶ月で、ウィルバートの溺愛にも大分耐性がついてきたのだ。
「美味しい……!」
「アーシャの美味しそうに食べてる顔、好きだな」
「私もウィルの食べてる顔好きだから…………あ、あーん」
アーシャはおずおずとフォークを差し出した。ウィルバートは少し目元を赤くした。
「されると恥ずかしいね、これ」
「そうでしょ?」
「でも、嬉しい」
そうやって食べさせ合いながら、二人は紅茶を楽しんだ。
その後は観劇に行った。オタク気質のアーシャがこういう物語に弱いことを、ウィルバートにはすっかり見抜かれてしまったのだ。
今回の演目は、一度は離れた恋人同士が相手を想い続けて再び巡り合う、ハッピーエンドの物語だった。またしても生の芝居の迫力に圧倒されたアーシャは、ラストでぐずぐずと泣いてしまった。
「ふふ、ハッピーエンドでもやっぱり泣くんだね」
「だって……二人が会えて、良かったなって……」
「君の涙は、やっぱり綺麗だ」
ウィルバートは愛おしそうに微笑みながら、アーシャの涙を優しく拭ってくれた。さらりと頭を撫でられると、安心してとろんとしてしまう。
「アーシャは、感受性が豊かなんだね」
「ううん、そうなのかな?」
「うん。君は優しいから」
席を立って、二人は記念グッズを見た。劇中で重要な役割を果たしていたミモザの花のブローチが売られていて、アーシャは思わず手に取った。オタク心に訴えかける品だ。
「レプリカなのに、とても精巧にできてるわね。ガラスの中にミモザの花が閉じ込められてるみたい……。このブローチを、主人公はずっとつけ続けてたんだもんね……」
「じゃあこれは、僕からアーシャにプレゼントしよう」
そう言ってウィルバートは、あっという間にブローチを買ってしまった。抜かりなく、今日の劇のパンフレットもしっかり付けてくれている。
「あ、ありがとう……!良いの?」
「ここは僕の顔を立てて?騎士団で稼ぎもあるしね」
「ふふ。黄色い花だから、ウィルの目の色だね……」
「…………っ。アーシャ、不意打ちは狡いよ」
アーシャがくしゃりと笑いかけると、ウィルバートは照れながら目を逸らした。
「ウィル、照れてるの?」
「だって、可愛いこと言うから……。いつか僕の目の色のピアスとネックレスも、贈らせてくれる?」
「もちろん。嬉しいな。でも私、やっぱり甘やかされてばかりじゃない……?」
「僕が甘やかしたいのは、アーシャだけだから良いの」
そうして二人は、仲良く手を繋いで歩いた。誰かの尾行じゃない初めての本物のデートは、とても楽しい思い出になったのだ。
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