第3話 怪しい婚約者?
その日アーシャはシャロンに内密の話があると言われ、侯爵邸に行った。お茶を飲んで待っていると、リオンとウィルバートもやってきた。部屋に入ってきたウィルバートとばちりと目が合って、思わず逸らしてしまう。やってしまった、多分傷つけてしまったと後悔したが、アーシャは黙って俯いていた。
シャロンは入念に人払いをし、リオンに頼んで防音と侵入防止の魔術までかけてもらい始めた。よほど深刻な話らしい。
準備が整うと、シャロンは話し出した。
「複数の女の子から、情報があったわ。ライザの実家、ノートン侯爵家に怪しいキャラバンが頻繁に出入りしているらしいの」
「何?カイルの婚約者になった、ライザの家に?」
「そう。そのキャラバンは貴族が喜ぶような商品を沢山扱っているのは確かだけど、ローニュ帝国と繋がっているという噂があるらしいの」
「ローニュ帝国か……」
リオンは難しい顔で唸った。
魔術対抗戦の時の、二人組の暗殺者。彼らは使っていた魔術からして、ローニュ帝国の関係者である可能性が高いと思われた。そして、リオンの暗殺を今もなお狙っている可能性がある。
「ライザはこのタイミングで、カイルに婚約打診という形で近づいてきた。確かに、怪しいと言わざるを得ないな……。ライザが、間諜となっている可能性がある」
「そうよね。カイルを今日呼ぶか迷ったんだけど、あんなに喜んでいるのに水を差すのも、気が引けて……」
「それで良いと思います。カイルは今、随分と浮かれていて、正常な判断力を失っている節がある。それに、敵を騙すには……まず味方からと言いますから」
ウィルバートが意見を出した。アーシャも同意見だ。今のカイルには、この情報を聞いてもライザの味方をしそうな雰囲気がある。ウィルバートは胸に手を当てて言った。
「リオンとシャロンは、敵に動向を見張られているでしょう。動くと勘付かれる可能性がある。僕が調べます」
「……単独で動くのは、危険じゃないか?」
「……私、協力するわ」
アーシャは恐る恐る申し出た。ウィルバートが目を瞠ったのが分かったが、彼一人を危険に晒すのは嫌だった。
「相手は、ローニュ帝国と関わっている可能性が高いんでしょう?調べを進める中で、例の二人組に襲われる可能性があるわ。二人組は、光と闇の二属性を使ってくる。それに対抗するには……同じ、光か闇の属性に適応がある者が、協力する必要があるわ。そうしないと、命の危険が伴うと思う」
この国では一般的でない、光と闇の二属性。しかし魔術対抗戦の事件があってから、対策が必須だという結論になって、このメンバーと騎士団の数名が適性検査を受けたのだ。
結構な大人数で検査を受けたのだが、レア属性と言われるだけあって、適性があったのはアーシャとリオンのみだった。ちなみにアーシャは光、リオンは闇に適性があった。
二人は適性が判明した後、リオンと親交のあるフランツ王国の王太子エインスと、その婚約者リリーアンから魔術指導を受けてきた。光と闇の攻撃に対応できるよう、秘密裏に訓練してきたのである。今こそ、その成果を発揮すべき時だ。
「アーシャの言うことは
「……僕は、構いません」
ウィルバートは頷いた。作戦成立だ。
アーシャは腹を括った。これで否が応でも、常にウィルバートと共に行動することになるだろう。彼に対する自分の気持ちがどうなっているのか、はっきりと確認するきっかけにもなれば良い。彼の想いに応えるのかどうかも、この作戦が終わる頃までには、はっきりと決めなければなるまい。
「私はシャロンとリオン殿下……二人とも守りたいから、全力を出すわ。足を引っ張らないようにする。宜しく、ウィル」
「分かりました。宜しくお願いします」
二人は握手した。触れた手が、妙に熱かった。
♦︎♢♦︎
翌日、アーシャとウィルバートは学園の鍛錬場を借りていた。光と闇の二属性に対する対抗策を話し合うためである。
「フランツの王太子殿下には、どんな指導を受けたんですか?」
「光魔術の基本的な扱いを習ったのと……前回、敵が使ってきた攻撃手段に対する対抗策を考えてもらったの。王太子殿下の婚約者、リリーアン様が魔術陣の研究者をしていてね。対策のための魔術陣を、自作して送ってくれたの。私は、もう陣を習得したわ」
「それは……!心強いです」
ウィルバートはかなり驚いたようだ。無理もない。
魔術対抗戦から経った時間は、三ヶ月程度。その期間で、慣れない複雑な魔術陣の習得をするのには、正直かなりの無理をした。アーシャは、シャロンや友人達を守りたい一心で、密かに血の滲むような努力をしていたのである。
「……君のそういう、信念の強さを、僕は尊敬しています」
「……ありがと」
ウィルバートが眩しそうに目を細めて言ったので、思わず照れて赤くなってしまう。気を取り直して、アーシャは魔術陣の描かれた紙を見せていった。
「まずこれが、敵が使ってきた黒い結界を打ち消すための魔術陣。私の光魔術で相殺するの」
「複雑で、斬新な陣だな……フランツは、やはり進んでいる。闇の結界に対抗できるのは、光だけなんですか?」
「そうみたいよ。二つの属性は、対立関係にあるんだって。それで……こっちが、時止めの魔術を打ち消すための魔術陣。向こうが停止させた時間を、魔術の力で無理やり正常に流す。敵が蓋をしたところを、無理やりこじ開ける感じね」
「どちらも魔力消費が、かなり大きそうですね……」
「そうなの。一日に使えるのは一回ずつが限度よ。でも、敵の魔術も魔力消費が大きそうだから、それで十分だって」
「それでは、もしあの敵に襲われたら、アーシャは闇と光の二属性に対抗することだけを考えてください。僕は攻撃と防御の両面を担当する。君のことは、僕が必ず守ります。騎士の矜持をかけて」
「……うん。信頼してるわ」
アーシャは微笑んだ。ウィルバートは見た目より腹黒かもしれないが、その根底には、どんな手を使っても大切な人を守りたいという生真面目な信念がある。彼は悪戯に嘘をつくような人間ではないのだ。それはアーシャにだって、きちんと分かっていた。
「あとは光魔術で、多少の欠損までなら治療できるようになったわ」
「は……!?アーシャ、君はちゃんと寝ていないんじゃないか?」
「…………」
「沈黙は肯定と捉えるよ」
「はい、ごめんなさい。最近三時間くらいしか寝てませんでした。怪我が治せれば役に立つと思ったし。レア属性というのにも、ちょっと、いやかなり興奮してしまって……私、魔術オタクだから、苦にはならなかったんだけどね?」
アーシャが正直に謝ると、ウィルバートは溜息をついた。気まずい。
「君の信念の強さは好きだけれど、突っ走って頑張りすぎるところは良くない」
「は、はい……」
「今日から七時間はきっちり眠ること。君を心配して想っている人がいることを、忘れないで。良いね」
いつの間にか敬語も外れたウィルバートは、本気で心配している顔で、アーシャの髪をさらりと撫でた。アーシャは彼の真心に触れた気がして、何だか体が熱くなってきた。
「まあ、今日持ってきた花束はちょうど良かった。白い薔薇まよ」
ウィルバートは一旦荷物のところへ行き、五本の白薔薇の花束を持ってきた。
「白薔薇の花言葉は『尊敬』、五本の薔薇は……『貴女に出会えたことに心から感謝』という意味だ。君に対する僕の本当の気持ち。どうか受け取って」
「……ありがとう。受け取るね」
「今日はもう解散。ゆっくり休んで。明日からライザの周辺を調べるよ。信頼できる騎士にも、協力を要請しておく」
「わかったわ」
これ以降、ウィルバートがアーシャに敬語を使うことは無くなった。彼は自分の飾らない心を差し出し、アーシャに歩み寄ろうとし始めたのである。
この日は、二人の距離が確実に変わり始めた日だった。
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