第15話 二人の婚約
シャロンとリオンの婚約は、問題なく結ばれた。シャロンの実家は侯爵家であるし、家格的にも問題ない。むしろリオンの婚約者がなかなか決まらないことに、国王はやきもきしていたようで、シャロンは歓迎された。
あの襲撃から時間が経って、二人の怪我は診断通り回復した。やはり処置が早かったのが、とても効いたようだ。包帯が取れるのも早かった。素早く行方を追跡してくれたアーシャと、捜索隊を組んでくれたウィルバートには感謝しかない。
今日は、二人の婚約お披露目となる夜会だ。
シャロンはリオンとのデートで仕立てた、翡翠色のドレスを身に纏っていた。スタイルが良いシャロンには、マーメイドラインのドレスがとてもしっくりきて、似合っていた。
金の長い髪は編み込んで結い上げ、真珠の飾りがついた髪留めで留めている。ネックレスとピアスは、大ぶりの美しい翡翠の宝石がついたもの。リオンが贈ってくれた、婚約の記念の品だ。
「シャロン、本当に綺麗だよ。絵物語から出て来た、女神みたいだ」
「褒めすぎよ……。でも、ありがとう」
リオンが本気の顔で褒めちぎるので、シャロンは真っ赤になってたじたじとなった。
時間になると二人は腕を組んできりりとし、しゃんと背筋を伸ばして入場した。貴族たちからは、ワッと称賛の声が上がった。二人の婚約が結ばれたことが公式に発表され、国王から祝福の言葉をいただく。
「我が息子に素晴らしい婚約者ができて嬉しく思う。将来的には二人で力を合わせ、国を安寧に治めて行って欲しいと思っている。皆にはどうか、祝福をして欲しい」
今まで遠目にしか見てこなかったが、国王はどこかリオンに似た雰囲気のある、さっぱりした御仁だった。度量があり人を惹きつけるリオンの性質を、国王は高く評価しているようだったので、そのためにリオンを王太子に据えたのだろう。国王の言葉には大きな拍手が湧き起こり、この結婚が祝福されたことが示された。
「シャロン、行こう」
「ええ」
皆の前でダンスを最初に踊るのが、最後の重要な催しだ。シャロンは少しだけ緊張していたが、リオンがいつも通り柔らかく微笑んでいるのを見たら、すっかり平気になった。
ダンスホールの真ん中で、リオンがしっかりとシャロンの腰を支え、密着して微笑み合う。音楽が流れ出したので、二人は滑るように、すっと踊り始めた。
二人の息はぴったりで、シャロンはリオンの巧みなリードに体を任せるだけで良かった。シャロンは上背があるが、リオンはそれ以上に大きい。二人の身長差は、ダンスを踊るのにはぴったりなのだ。何度か合わせて練習したが、まるで昔から何度もそうしていたみたいに、最初から自然に踊ることができた。
ダンスが終わると、さらに盛大な拍手に包まれた。シャロンは、自分がリオンに相応しいと認められたような気がして――――胸がいっぱいになり、少しだけ、目に涙の膜が張るのを感じたのだった。
♦︎♢♦︎
「シャロン様、とっても素敵でしたわ!まるで物語みたいなダンスでした」
「リリーナ嬢、ありがとう。君のドレスも春を待ち侘びた花みたいに輝いてるよ」
「きゃっ、褒められちゃった」
「シャロン様はドレスもとても似合いますわ!湖から女神様が現れたのかと思いましたもの」
「ケイトリン嬢は、可憐な妖精みたいだ。そのネックレスは新調したのかな?」
「そうですわ!さすがです」
久しぶりに女性の格好をして公の場に出た夜会だが、結局シャロンは、相変わらずモテにモテていた。隣でリオンがくつくつと笑っているのを感じる。
女性陣は最初にシャロンの元に来て、皆で宣言してくれたのだ。「私たちはいつでもシャロン様の味方です。例え男装を止めたとしても、ずっとお慕いしています!」と。これにはシャロンもびっくりした。女性の姿で衆目の前に出たら、少なからずがっかりされると思っていたからだ。
でも、一度シャロンのファンとなった彼女たちは、優しかった。彼女たちは、シャロンの内面ごと慕ってくれていたのだ。そして今、すっかり囲まれているというわけである。
しかしそこに、とある人物が近づいて来て、女性陣はある種警戒するようにしながら、道を開けた。第二王子、マックス・アシュフォードだ。
「兄上、素敵な『
「マックス、ありがとう!」
リオンは怖気付かず、朗らかに笑って答えた。シャロンもリオンの手を握る力を、ぎゅっと強めて励ます。マックスはリオンの堂々とした様子に、たじろいだようだ。言葉に詰まりながら続けた。
「ま、まあ…………良かったんじゃないか。これで国も、安泰だな」
「そうなるように、努力する」
「ふん。努力じゃどうにもできないこともあるがね…………俺にはできないことだ。せいぜい、頑張ってくれ」
最後にマックスが小さく笑ったのを、シャロンは確かに見た。彼はさっと消えてしまったが、シャロンはリオンに言った。
「リオン。マックス殿下はリオンのこと、本当は慕ってるんじゃないかな」
「どうしてそう思う?」
リオンは意外そうな顔で驚いている。シャロンはうーんと唸りながら続けた。
「勘のようなものだけど。リオンに対する憧れとか、コンプレックスとかがないまぜになって、あんな態度を取っているような……そんな気がする」
「そうか…………」
リオンは腕を組み、少し考えてから、切なそうに笑った。
「……あいつはあいつで、苦しんでるのかもな」
この兄弟間のいざこざは、様々な人の思惑や、複雑な事情に絡みつかれている。簡単に解消されることはないだろう。けれどリオンの抱く、底知れない恐怖やトラウマが、少しでも軽くなれば良い。シャロンは心から、そう思ったのだった。
その後も二人は、沢山の人に祝福された。中にはウィルバートやカイル、アーシャといった親しい面々もいた。
「リオン殿下が『この女性と結婚する!』って言い出した時は、どうなることかと思いましたけど……丸くおさまって、良かったですね」
「ウィルは、随分と警戒していたもんね〜」
「うっ……その節は、すみませんでした。シャロン様が素晴らしいお人だと、僕も今では分かっています。だから、二人が結ばれて安心しています」
アーシャに突っ込まれて、ウィルバートは肩を落としている。その横で、アーシャはころころと笑っていた。
「殿下のこと、ほんと尊敬しますよ。諦めなければ、夢は叶うんだなあ……。ああ、俺も、恋したいなあ……」
カイルは、自然とアーシャの近くに並んでいるウィルバートのことを恨めしげに見ながら言った。二人は最近、何だかとても良い雰囲気なのだ。カイルの最近の口癖は、「どうせ独り身は俺だけ……」である。
そんな中、アーシャが進み出てきて、シャロンの手を取って言った。
「シャロン、とっても綺麗よ。私の自慢の親友が綺麗だって、私はずっと知っていたけどね?」
「アーシャ、ありがとう」
シャロンは自分を支え続けてくれた親友に、心から感謝した。アーシャは続けて言った。
「絶対に、幸せになること!任せましたからね、殿下!」
「ああ、任された!」
リオンがからりと笑う。シャロンも笑った。
この人と一緒なら、何があっても乗り越えられる。何だって、乗り越えていきたい――――そんなことを思った、素敵な夜だった。
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