第14話 生還と甘い時間

 必要な応急処置を受けた二人は、馬に乗せられて学園へ生還した。

 学園には国内でも指折りの治癒師が揃っているので、二人はすぐに診察を受けた。安静にすればリオンの腕は元通り動かせるようになるし、シャロンの体にも傷跡は残らないとのことだ。早い段階で適切な応急処置を受けられたので良かったと、何度も言われた。ウィルバート達が捜索に来てくれたお陰だ。

 更に、追加で必要な治癒を受けた二人は、ほっと息を吐いた。


「シャロン、傷跡が残らないって、本当に良かった……」

「そんなの、リオンの方が。右腕が使えなくなったら、大変だもの。腕が切断された時は絶望したわ……」


 お互いに労わり合う。リオンは目元を緩め、今は安心したようにシャロンを見ていた。

 そこへ騎士団で打ち合わせを終えてきたウィルバートが来て、リオンに声を掛けた。


「リオン様。今日はここ……学園の治癒室に居て下さい。学園は王宮と同レベルの結界で守られています。治癒院より安心ですから。さすがに、ここまでは侵入して来ないと思うのですが……今日は念のため、多めの騎士で見張りをします。お二人はまとまって、この部屋で寝て頂けますか?どうか安静にしていてください」

「すまない。苦労かけるな」

「いえ。そもそも対抗戦のフィールドに侵入された時点で、我々の防御体制に欠陥があったということですから」

「その点は仕方がない。騎士団も、内通者の線を疑っているだろう?」

「……はい。敵の魔術は明らかに国外由来のものでしたから。そういう意味で……王宮内も、安全ではないと考えました」

「それで良いと思う」

「とにかく、あの例の二人組を、早急に捕縛できると良いのですが。並行して捜査を進めます」

「宜しく頼む」


 そんなわけで、シャロンとリオンは、治癒室の隣り合うベッドで並んで過ごすことになった。二人は治癒室で朝食をとってから、疲労した身体を横たえた。

 今日も学園の授業はあるのだが、正直それどころではない。浅くはない傷を負ったので、言われた通り安静にしなければ。

 

 だが、しばらくすると――――ベッドのカーテンの向こうから、リオンの柔らかい声がした。


「……シャロン?起きてるか?」

「起きてるよ?」

「そっちに行っても良いか?眠れないんだ」


 シャロンは、ドッと心臓が跳ねる音を聞いた。そう言えば自分は、どさくさに紛れて告白してしまったのだった。でも、リオンと話せるならそうしたい。近くに居られるなら、今はその方が安心する。だから、どぎまぎしながら答えた。


「い、いい、けど…………腕は、大丈夫?」

「右腕は包帯で固定されているから。大丈夫。治癒されて痛みはないし」


 カーテンが揺れ、リオンが現れた。シャロンは慌てて布団を引き上げて、赤くなった頬を隠した。


「布団に入っても?」

「い、い、いい、けど」


 リオンは大胆にも、シャロンの布団に潜り込んできた。怪我を負った右腕を上にして、衝撃を与えないようにしている。シャロンは慌ててベッドの半分を開けて、彼の動きを助けた。その時、手と手が触れ合った。


「…………っ」

「シャロン、こうしても、痛くないか?」

「痛くないよ……」


 リオンは左手でシャロンの手をしっかりと掴み、自分に引き寄せた。


「シャロン……。大好きだ」

「…………ん」


 すぐ傍に顔を寄せられて、シャロンは潤んだ青い目で見つめ返した。

 

「俺を守ってくれて、ありがとう」

「わ、私も……リオンが大好き、だから」


 シャロンは林檎よりも真っ赤になって、小さな声で、もう一度告白をした。リオンはこの上なく嬉しそうに翡翠の目を細めて、ニッと柔らかく笑った。


「嬉しい。嬉しい……シャロン」

「…………返すのが、遅くなって、ごめんね」

「そんなこと、いい」

「うん……」

「せっかく、両思いになれたから……シャロンのそばに居たかったんだ」


 リオンに熱っぽく見つめられて、ぼうっと見つめ返す。心臓が壊れそうなほどバクバク鳴ってうるさい。


 そのままリオンの顔がゆっくりと近づいて来たので、シャロンは震える瞼を何とか閉じた。唇にとても柔らかいものが当たって、ゆっくりと離れていく。

 恍惚としたまま目を開けると、すぐそばに翡翠の美しい輝きがあった。


「…………すごい。君の唇、すごく柔らかかった……」

「……わ、私も、気持ちよかった……けど、ドキドキしすぎて、苦しい……」

「……もう一回、しても?」

「い、いいよ」

「シャロン…………」

「ん…………」


 リオンの顔が近づいて来て、食むようにちゅ、と口付けられた。離れてお互いを見つめ合い、またちゅ、と口付けられる。二人はそうして、しばらくキスに夢中になっていた。唇は熱くて、粘膜の感触がして、壊れてしまいそうなくらいドキドキする。シャロンは全身の皮膚がびりびりと痺れたようになり、身体が戦慄わなないて、歓喜しているのを感じていた。

 

 しばらく繰り返してリオンは満足したらしく、幸せそうにとろりと微笑んだ。無事だった左腕で、シャロンの体をそっと抱き寄せる。


「……シャロンは、嘘みたいに細いな。それに、柔らかい……手折ってしまいそうだ」

「そ、そうかな。あんまり、女らしくない体だと思うけど……」

「そんなことない。俺、心臓が馬鹿になったみたいに、ドキドキしてる」


 リオンは切なげに目を細めて、シャロンの手を取り、自分の心臓付近に当てた。ドクドクと、こちらまで鼓動が伝わってくる。シャロンはまた、ぽろりと泣いてしまった。


「心臓、すごい。生きてるね……」

「うん。シャロンのお陰だ」

「良かった。リオン、良かった…………」

「シャロン…………」


 シャロンは、リオンの胸元に縋りついた。大きな体に包まれていると、緊張して脈が速くなるのに、妙に安心もする。リオンの匂いも、体温も、何もかもが愛おしくて堪らないと思った。


「少し眠ろう」

「うん…………」

「疲れたよな。シャロン、ありがとう」

「うん…………あのね、大好き」

「…………っ。俺も…………」

 

 二人は不自由な体を寄せ合いながら、まるで泥のように眠った。怪我もあったし、遭難して夜通し警戒し続けていたので、すっかり疲れ切っていたのだ。

 

 ちなみに、学園の治癒師が午後の診察に来た時には、リオンはいつの間にか自分のベッドに戻っていた。ウィルバートにこっそり起こしてもらったらしい。リオンは意外とちゃっかりしているのかもしれないと、シャロンは思ったのだった。

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