第二話 モナ某所にて

 極秘部隊MAILIS、ソクラティアの警察補助部隊。

 メンバーは少数精鋭で、加入したばかりの俺を含めても20人ほどしかいない。


 部隊の最終責任者は、俺にメイリスの説明をしてくれたあの男。七帝白燐と言うらしい。

 加入時期によってメンバーは4種に分類され、それぞれ第一期から第四期と名前が付けられている。俺はもちろん第四期に属す。


 活動の基点はソクラティアの首都モナ某所のあるビル。メイリスは十三階と十四階を借りているのだが、十三階の入り口は存在せず、看板も何処にも出ていない。


 これは活動を秘密下で進めるための工夫であり、十四階で普通の会社を装いつつ、十三階で極秘の会議などを行う。十四階から十三階へは直に降りられるシステムになっている。

 

 そんな話を七帝さんから聞いていると、十四階から誰かが下がってくる足音がした。

「誰だよ、そのガキ」

ばく、来てたのか。」


 話し声の先へ目を向けると、そこには俺より一回り体の大きな男が立っていた。

「もうこれ以上メンバーは増やさないって話はどうなったんだ?なあ七帝よ」

「まあ待て。話があるからこっちへ来い」


 縛と呼ばれた男は、七帝さんの制止も聞かずにこちらへと歩いてきた。

「お前、名前はなんだ」

「雨竜です」


 咄嗟のことで、偽名を使おうなんてアイデアは思い浮かばず、次の瞬間にはもう縛が目の前まで来ていた。

「此処にお前の居場所など無い。とっとと帰んな」

「…」


「馬鹿じゃないなら解るだろ。この組織、人並み外れた能力を持つ人間しか居ない。そんな中にお前が居ても、足手纏いにしかならねえんだ。邪魔なんだよ」

 部屋にいた別の男が、少し首を傾げた。


「七帝が興味を持ってんのも最初だけだ。暫くして使い物にならないことが判ったら、直ぐに捨てられる。それどころか、組織の機密事項に触れた者は生きて帰せないから、死ぬまで留置、運が悪いと即死刑もあり得る。」


 縛がこちらに向かって手のひらを向けると、火薬の臭いがした。

「これでも帰る気がないと言うのなら」

 彼の手のひらが赤く光る

「MAILISの火力を思い知れ!」


 空気を裂くような爆裂音と共に、無数の火花が俺の体に降り注いだ。普通の人間なら大火傷を負ってしまうほどの、大爆発だった。

 俺は衝撃波を喰らって若干後退したものの、縛の次なる手に備えて防御態勢をとった。


「痛いか、雨竜。この組織に所属するということは、この痛みを与え、与えられ、それでも誰からの感謝も受けられない一生を選ぶということだ。


 死ぬか生きるかの世界で凄惨な現場を見ることもある。仲間の突然の訃報が届くことだってある。そんな組織なんだ。

 それでも考えを改める気がないと言うなら……」


 ジリジリと大きな音を立てて、再び縛の手のひらが赤黒く燃え始めた。

「この縛様に傷跡の一つでもつけて見せるんだなぁぁ!」

「やめろバカー!」


 火奏さんが縛に向かって大声で叫んだので、縛は少し驚いた顔をして手を下げた。

「閉所で爆破したら危ないからダメだって、何回言ったら分かるの!?」

 さっきまで部屋の端で武器の手入れをしていた男も騒ぎを聞きつけて、縛のところまでやってきた。


「縛様、流石にありゃないっすよ…」

「月並、お前もコイツの味方か」

「良く知らないけど、この子新入りなんでしょ?縛様、新入りは毎回暖かく迎えてるじゃないですか。なんで今回はこんな厳しい対応をされるんですか」


 縛はこれには答えず、部屋から歩き去ってしまった。

「悪かったな少年、信じてくれないだろうが、普段はあんな奴じゃないんだ。


『縛』…七帝さんの代のMAILIS第一期メンバーにして、組織中最高火力を誇るエース。短気で好戦的な性格ながら、仲間を思う気持ちは人一倍強い。」

「僕が他所者だから、彼の神経を刺激してしまったんですかね…?」


「それは違うと思うよー」

 火奏さんが複雑そうな機械を弄りながら答えた。

「あいつ、雨竜君に苦しい思いをさせたくなかったんだと思う。懐芽のこともまだ記憶に新しいし」


「懐芽…?」

「そ。元第三期のメンバーで、数ヶ月前殉職したの。縛はその知らせを聞いた時、誰よりも強く後悔してた。『やはり加入するタイミングで止めるべきだった』って。懐芽は戦闘能力の高い奴じゃなかったからね。」


「にしても、やり過ぎなような」

 火奏さんがこちらに少し微笑んで言った。

「うん、やり過ぎ!後で七さんからむちゃくちゃ怒られると思う!」

「同意」


 火奏さんと月並さんの会話を聞いて、少し安心した。

「そういえば月並、次の火曜の件どうなってる?」

「どうなってるも何も…俺と夏音だけで出動しろって言うのは、些か暴論じゃないすか」


「そんなに大きな事案じゃないし、夏音ちゃん強いし大丈夫でしょ!」

「んな無茶な…」

「一応あたしと天宙あまそらも空いてるんだけど、天宙は藍世の一件で出動したばかりだし、私も雨竜君の見張りしなきゃいけないからさ、2人で頑張ってよ」


 夏音、天宙、藍世と知らない名前が続き、話がよくわからなくなってきた。

「アイツと2人はやたら心細いんすよ…

 そうだ、良いこと思いつきました」


「何、嫌な予感しかしないんだけど」

「奏さんと雨竜くん連れて4人で行きゃ良いじゃないですか!いい見学になるでしょ」

 火奏さんが心の底から面倒くさそうな顔で月並さんの方を睨んでいる。この2人は意外と仲が良いのか。


「雨竜君、行きたくないよねっ?」

 ここに来て俺にまさかの質問、しかもコレどう答えても不正解じゃないか!?

「え、えーと」

「奏さん、雨竜くん困ってるって。諦めて一緒に行きましょうよ、ねえ」


「行きたくない…よねっ?」

「行ってみたいです」

 火奏さんがめちゃくちゃがっかりした顔をしている。なんだか申し訳ないが、単純に見学に行きたい。


「良い心がけだ、雨竜くん。今回のターゲットは4人いれば余裕で殲滅できるだろう。俺としてもありがたい」

 ムスっとした顔で火奏さんが言う

「はいはい、行けばいいんでしょー。ったく、折角久々にまとまった休みが取れたと思ったのに」

「メイリスに休みなんてものがあると思ったら大間違いですよー。雨竜くんも覚えときな」


「分かってるけど!てか一応私の方が先輩なんだからね!」

「第一期と第二期の違いなんて微々たるものじゃないですか。細かい先輩ですねー」

 まだ不満げな顔の火奏さんが言う


「雨竜くん、仕方ないから私たちも行くよ。明後日の昼過ぎにストリヴ鉄道ログナ駅集合ね。」

「はい!」

 集合場所を告げた後火奏さんは作業に戻り、月並さんは七帝さんがいる部屋へと入っていった。


 俺は一時的にこの階の一室を自部屋として借りているので、部屋に戻って今日の出来事を整理した。

 縛とかいう男は結局何がしたかったのか。それにしても、ビルを吹き飛ばす勢いの爆発を防いだ俺の身体は一体どうなっているのか。


 月並さん達との合同作戦はどのようになるだろうか。聞いた話を鵜呑みにすると、参加者は俺を除いて全員頼りになるようだが、俺が足手纏いになってはいけない。

 そんな事を考えながら眠りについた。

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