Q-或る少年と秘密結社
傷猫
第一話 秘密結社MAILIS
あの夏、俺は人殺しになった。
今でも思い出す、むせ返るような蒸し暑い空気と蝉の音、母親の叫ぶ声、父親の蔑むような冷たい目。薄れる意識の中で俺は死んでしまいたいと思った。
俺はいつでも1人ぼっちだった。
両親は俺が産まれる頃には既に離婚していて、俺は高校に進学するまで父親の顔を知らなかった。「元々望んで手にした子供ではないのだから」という彼の目に愛情などかけらも残されていなかった。
母親はヒステリックな性格で俺をよく殴った。食事を残したから、学校から帰る時刻がいつもより遅れたから、成績が思うように上がらなかったから。謝っても謝っても彼女の手は止まらず、次第に学校のクラスメイトも俺の傷に気づき、だんだんと俺を避けるようになった。
学年が進むにつれてクラスメイトからのいじめが深刻化し、ストレスからよく体調を崩すようになった。顔は栄養不足とストレスで酷くやつれ、身体中の骨が浮き出て古傷はさらに痛々しさを増した。
学校に行き、荷物を盗まれ、陰口を叩かれ、先生に怒鳴られ、家に帰り、母親に殴られ、泣きながら眠った。
それが続く一年
それが続く一生…?
ある日、遂に俺はこの無駄な人生に終止符を打つことに決めた。丁度金の話をしに父親が家に来ており、2人は隣室で話をしているところだ。学校から盗んだ灯油のタンクを開けて音のないよう家中にばら撒き、火をつけた。
火はあっという間に燃え広がり、延焼して隣室へと到達した。この部屋はビルの五階であり、飛び降りれば待ち受けるものは死。俺も両親も、焼死するのは時間の問題であった。
ああ、これで全てが終わりだ。
俺の人生は一体何のために存在したのだろうな。親からも望まれず、友達からも望まれず、特別秀でた能力も持ち得なかった。
そんなことを考えている内に俺は意識を失った。
*
「あ、七さん、この子やっと目覚ましたよ。」
…?
「んー、とりあえずまだ寝かせといてー。」
何処か知らない部屋で、20歳過ぎくらいの男女が話している。
「ここは…何処ですか。」
近くにいる女性が答えた。
「君を研究するための研究室…かなっ」
「研究室?」
それにしては実験器具のようなものも見つからないし、周りの人たちは研究を進めているようには見えない。
「本当ですか?」
「あー、君、良い勘してるねえ」
女性はきまり悪そうに、さっき話しかけた男の方に目配せした。
男が答えた。
「ここはね、最終防衛線MAILISの本拠地なんだよ。」
「なるほど…?」
「何言ってんだ、この男って目をしてるね。一応解説するから、よく聞いておいてくれ。
君も知っている通り、我が国ソクラティアは永世中立国であり、大規模な軍隊を持たない。にも関わらず、テロやクーデターなんかのニュースは全く報道されない。
よく考えたらおかしいだろう?人間が複数集まる所、必ず汚い問題は発生するものだ。偏差値70超えの高校にもいじめはあるし、老人ホームだってトラブルが発生する」
いじめという単語に少しビクッと反応してしまった。
「実際、ソクラティアでは毎日のように犯罪やテロが起こっている。ただ、それら全てを公の元に晒しなんてしたら、この国は大混乱に陥っちまうだろう。『犯罪のない安全な国』というレッテルが、一種二次犯罪の抑止力になっている点はあるだろうからな。まあ僕たちに言わせてもらえば、そんな肩書き大嘘もいいとこなんだけど。
その犯罪、トラブル、テロなんかを鎮めるための組織として存在するのが、このMAILISという訳だ。この国の警察は平和であることを大衆に伝えるための偽物、真に治安を維持しているのはこの僕ら。なんとなく伝わったかな?」
「言っていることは大体分かりました。ただ、急なことでまだ頭が追いつきません。あと、何故俺をこの部屋に連れ込んだんですか?」
さっき話していた女性が俺を指差しながら言った。
「良い質問ですっ」
「火奏、初対面の子相手に馴れ馴れしくしすぎだ。目覚めたばかりで頭も混乱しているだろう、もっと丁寧に接したらどうだ」
「もー、頭硬いんだから…」
女性は近くのソファに腰掛けた。
「少年、君をここに連れてきたのはお前を調査するためだ。お前は不幸な火事に遭った日、本来なら致死量の毒ガスを吸っていた。」
ああ、あの火事が俺の起こしたものであることは知らないのか。と思うと少し心が苦しくなった。
「しかしお前は生き延びた。お前の両親はその日のうちに息を引き取ったが、お前はまるで眠るように動かなくなり、1週間後の今日、遂に目を覚ました。」
もう、あの日から1週間も経っていたのか。
「お前は唯一息があったから、あの日ダメ元だが救急車で病院に運ばれたんだ。異変に気づいた医者が警察に連絡をして、僕らが預かることになったというわけ。」
「そうなんですね。」
「意外と冷静だな。両親が亡くなったのも今知っただろうし、もっと取り乱すと思ってたんだが。」
「両親、僕が殺したんです。」
一瞬にして場の空気が変わった。好意的だった男の顔が少し曇り、俺はこの発言を悔いた。
「…詳しく。」
「あ、ごめんなさい。やっぱり嘘です。火事の原因は不明で…」
男がドンっと机を強く叩いて、繰り返した。
「詳しく」
俺は気圧されて覚えていることを全て喋ってしまった。苦しい日々を送っていたこと、それに耐えかねて両親を殺そうとしたこと。
「成程ね。君、殺人犯だった訳だ。」
「…はい。」
もう言い訳のしようもない。多分ここを追放されて、死刑になるのだろう。元々そのはずだったのだから、何も変わらないのだが、実際に死を目の前にすると、後悔の念が強く俺を襲った。
男が話し始める。
「君、採用ね」
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