キミとシャニムニ踊れたら 第5話「ブーメラン」

蒼のカリスト

第1話

1


 夏祭り当日。あたしたちは、あたしの家に合流し、会場近くに到着した。 しかし・・・。 


「やば、これはやばいなぁ」


 「よし、帰ろう。花火、楽しかったなぁ」


 あたしは逃げようとする妃夜の右腕を掴んだ。 とんでもない人混みに彼女はドン引きしているように見えた。


 「まだ、何もやってないでしょ?あたしは焼き鳥を食べるの!あと、綿あめも!クレープとかも」


 「おい、さっきの話はどうした。肉体維持の話、嘘なんか」


 「だって、お祭りだよ!食べなきゃ損じゃん。妃夜の」


 「私帰るね。皆に連絡しよ。ここに金を忘れて、高って来るハイエナがいるって」 勢い任せの言葉に、妃夜は冷めていくように見えた。 

 そもそも、あたしがお金を貸して貰ったのが、悪いんだけど。


 「やめろやめろ。ごめんごめんって」 

 あたしは彼女の手を放した。 閃いたように、あたしはとんでもない言葉を発していた。


 「じゃあ、代わりに手をつなぐか!」


 「人の話聴いてた?」


 「迷子になったら、どうするの!」


 「そうだけど・・・」


 「逃げられたら、困るし!」


 私は汗ばんだ湿った右手を出していた。


 彼女がこういうことを嫌っていることは知っている。 

 しかし、キミにもう一歩踏み込んで貰う為に、あたしは勇気を出した。


 そして、妃夜はあたしの差し伸べた右手を握っていた。


 あたしはふふんと鼻を鳴らしたを握り、人混みの方へと進んでいった。 

 手からも、キミの緊張が伝わって来る。だからこそ、何としてでも、この手を放したくは無かったんだ。


 「ムリしないでよ。せめて、焼き鳥までは」


 「なんで、焼き鳥を食べる前提なんだよ」


 「お腹空いてるから」


 「あっ、そう」 

 あたしの軽口も適当に受け流す姿が、何処か頼もしく思えた。


 「妃夜は何食べるの?」


 「分からん、夏祭り来たこと無いから」


 「そうなの!そんなわけ」 

 夏祭りが大好きなあたしにとって、妃夜の言葉は衝撃的に思えた。


 「そんなに驚かなくても」


 「そうだよね。今日も勇気を持って、此処まで来たんだからね。偉い偉い」 

 本心だったけれど、照れて、言葉に気持ちが乗らなかった。


 「言葉に感情がこもってないぞ」


 「そんなことはないし」


 「昔は来たことがあるかもしれない。だけど、覚えてないの」


 「そんなもんだよねぇ。あたしも昔はちょくちょく迷子になってたなぁ」


 「だろうね」


 「決めつけるなよぉ」 

 昔に比べて、言葉に優しさを感じるのは、あたしを少しは信頼してなのかな?


 「そう言って来たのは、あんたでしょうが」


 「ふふふ、今度は海に行きたいなぁ」


 「絶対イヤ」


 「えぇ~」


 夏祭りの熱気の喧騒の中、あたしたちはくだらない会話に終始する。 

 夕方だと言うのに、冷めぬ暑さも、エンドレスに流れ続けるBGMも、意味のない会話をするこの時間も、きっと、キミの為になる。


 普通じゃないあたしは神様に祈る位しか出来ないんだけど。


 「あっ、焼き鳥だ!食べようぜ」


 「あたしのお金ってこと、忘れてない?」


 そう思えた時間はあまりにも、短くて、あたしはキミの何も出来ないことを思い知らされたんだ。


2


午後6時半過ぎの花火大会観覧会場。 

既に席は満席で、座る余地など、何処にも存在しなかった。


 「あちゃー、やっちった。妃夜が走らないなんて言ったから」


 「それ以前の話でしょうが」


 「そうだけどさ・・・」


 妃夜は手を放していた。


 「帰りましょう」


 「えぇー、此処まで来てぇ」


 「もう、疲れた。正直、しんどい。暁の家に戻りましょう」


 夏祭りのような人混みを嫌う彼女が、此処まで無理して来たのだ。 

 今は彼女の思いを尊重すべきなんだ。 


 「あっ、あの席、空いてるよ」


 「えっ・・・」 

 三人座れそうな位置を発見してしまい、私は妃夜を席へと連れて行ってしまった。


 「座ろう」


 彼女は席に着いた。


 「さぁ、たこ焼き。そうだ、飲み物買ってくる。喉カラカラ」


 「待ってる。私、お茶」


 「りょーかい、直に戻るから」


 あたしは彼女が席に着いたことを確認し、


 あたしは近くの販売所に向かい、飲み物を買おうとしたが、その刹那、全てを悟った。 彼女を一人にしてしまったことを。 

 妃夜は、人混みに慣れていない。それなのに、あたしは大丈夫と言った彼女の言葉を鵜呑みにしてしまった。 

 今重要視すべきは、飲み物ではなく、彼女の隣にいること。 

 そう思ったあたしは飲み物を購入することを辞めて、妃夜の下に戻ることを決めた。


 戻ってみると案の定、彼女の表情は暗く曇っているように見えた。


 「妃夜!妃夜!」


 訴えかけると虚ろいだ瞳であたしを見つめる彼女が居た。


 「帰ろう、今日は帰ろう」


 「で、でも、花火が」


 「いいんだよ、花火なんて。また、来年だよ」


 あたしはしゃがみこんで、視線を合わせた。


 「おぶって帰ろうか」


 「い、いやだ。みんなが」


 どうやら、相当無理しているように見えた。


 「いいから。鼻緒が切れた人と思えば」


 妃夜はあたしの背に乗り、立ち上がり、彼女を運ぶことにした。


 「すいません、通りまーす!」


 あたしは彼女を乗せ、少しでも落ち着く場所まで、運ぶことにした。  

 あたしが2人で行きたいと言ったばっかりに。キミをこんな目に遭わせるなんて。 他の皆と行動するより、きっと、2人の方が落ち着くと思ったから、こうしただけなのに。今となっては、全てが逆効果だった。  

 本当にキミを助けたいなら、皆を頼るべきだったのかな?


3


 「何なんだよ、あのオンナ。姉さんが、何したって言うんだよ」


 「中さん、大丈夫っすか・・・」


 「・・・無理だ・・・」


 アタシこと、中村華は人生で5度目の危機に陥った。 

 いや、何度も陥ってるとは、聴かないで欲しい。


 時は少し前に遡る。  


 午後6時14分頃。 

 それは夏祭りに咲と最近親しくなった依の三人で訪れた際の出来事。


 咲が花火大会の席を確保してくれたお陰で、アタシ達は優雅に花火としゃれこもうと思った矢先。謎の白髪女がアタシ達の前に現れた。


 その姿は何処か、妖艶で美しくもあったが、その瞳は闇より深く、生気を帯びてはいないように思えた。 

 この女より、アタシは数十倍強い。喧嘩なら、絶対に負けない。 しかし、本能はこの女と戦うことを拒んだ。


 その女はアタシの耳元でこう囁いた。


 「どきなさい。さもないとあなたは大切な物を失う」


 「だ・・・だ、だ、れが・・・。な、にゃんだってぇ」

 震えてない。震えてなんかない、ビビってもいねぇ。 

 すると女はアタシの頬をゆっくりとなぞった。


 「あなた、いい匂いするね。本当にいい匂い。とても、刺激的で・・・」


 「やめろ・・・」


 アタシは女を突き飛ばそうとしたが、一瞬で女は離れて行った。


 「中さんの攻撃を避けた?」


 薄ら笑みを浮かべ、霞のように消えて行った。 

 仕方なく、あたし達はその場を急いで離れて行った。 


 そして、現在に至る。


 「一体、誰だったんだよ、あの女。次会ったら、タダじゃおかねぇぞ」


 「それは無理っすわ」


 「どういう意味だ。姉さんが負けるとでも?」


 「そういうのじゃねぇんだよ、あの女はよぉ」 

 会場を離れ、アタシ達は休憩所で屯っていた。 


 「あの女は、勝てる気がしねぇ。多分、戦っても、勝てねぇ。あの女・・・、あれは、人間じゃ・・・」 

 真夏だと言うのに、アタシの体は雪玉でもぶつけられたような寒気に襲われていた。 

 マムにされた辱めよりも、重く、魂に刻まれる程の疼きを残した。 

 アイツは、一目でアタシの聞かれたくない秘密を理解したのだ。

 これを知ってるのは、咲位だと言うのに・・・。 


 「とにかく、あの女には二度と関わらねぇ方が良い。依も気にすんな」


 「あっ・・・中さん、あそこに暁と秀才様が、おんぶしてるっすわ」


 「アタシの話を聴け、このタコ助!」


 「いや、気になると思って・・・」


 アタシは咲に言われた通り、2人を見つけた。


 「暁ィィィ、いい機会だ。あいつ、ぶん殴って来る」


 「いや、おんぶしてる人殴っても、いい迷惑なんじゃ・・・。ねぇ、中さん、中さん?」


 アタシは2人の話を無視して、救護用のテントに進む暁を見つめた。


 「元気そうだな」


 「そうっすね」


 「何処が。あいつの所為で、わたしがどんな酷い目にあったか」


 「そのアイツのお陰で仲良くなれたんだから、もういいだろ」


 依は何処か、不満げに腕組みをしていたが、満更でもなさそうに見えた。


 「姉さん、ズルい」


 「さぁて、帰るか」


 「花火まで、もうすぐっすよ」


 「帰りながらでも、観られるだろうよ。それに終わった後の混雑に巻き込まれたくねぇしな」


 尤もらしい言葉で、アタシはこの場をどうしても、離れたかったようだ。 

 しかし、このモヤつくこの気持ちの正体に、アタシ自身気付くことは無かった。 まぁ、すぐにでも気づかされることになる。 

 この心に広がるモヤの正体に。


4


 午後7時。大きな花火の音が、救護スペースに大きくこだました。


 「えぇッ!」 

 いきなり、救護スペースの椅子で飛び上がるように、起きた妃夜にあたしは大した言葉を掛けることが出来なかった。


 「おきた?」


 「えっ・・・。うん」 

 困惑した声の彼女の姿に、あたしは何処か安心し切ってしまっていた。


 「歩けそう?」


 「うん、平気」


 平気と口にはしているが、目に見えて、平気じゃないことがよく伝わって来る。 ムリさせたことに、あたしはどうしていいか、分からなくなっていた。


 「ごめん、あたしが目を放したから」  

 まるで、幼子が逃げ出した後の母親みたいな口調で、話す自身の情けないこと、この上ない言葉に妃夜は下を向いてはいたが、ちゃんと話を聴いてくれたようだった。


 「飲み物、これ飲んで」


 あたしはペットボトルのお茶を差し出した。 


「ありがとう」 

妃夜はペットボトルのお茶を受け取り、キャップを開け、少しずつ飲み始めた。


 「それと・・・」


 花火の音がどんどん大きくなっていく中で、あたしは同じイスに座りながら、あたしはぼそぼそと話し始めた。


 「今度、クレープ食べに行こう」


 「えっ・・・」


 「今日はこれ終わったら、凄い混むから食べにいけないけどさ。今度、クレープ食べに行こう。それでいいよね?」 

 頭を掻いても、気の利いたことが言えないあたしは、自身の食べたかった物の話をしていた。


 「いや、私そこまで、クレープに関心無いんだけど・・・」


 「そこは関心持てよぉぉ」


 気が抜けた表情のキミにあたし自身も少しばかり、安心した。


 「そうね、そうしましょう」 

 妃夜は勢いをつけて、立ち上がり、あたしに視線を合わせた。


 「帰りましょう。今度、クレープ食べに行こうね」


 「うん!」 

 あたしも立ち上がり、視線を合わせ、笑みを浮かべながら、家に帰ろうとしたその直後、見知らぬ男性が近づいて来た。


 「羽月さん・・・、羽月さん、だよね?」

5


 「誰?」


 「知らない人、行きましょう」 

 救護スペースを離れようとした直後、見知らぬ男性があたし達の前に現れた。


 「僕だよ、村瀬航。君の所為で、人生滅茶苦茶にされた男だよ」


 「ちょっと。いきなり、何を」


 「どこの誰かは、知らないけど、君は黙ってくれないかな?僕は羽月さんと話しているんだ」


 押しつけがましい程、勢いのある言葉を発する同年代の航と名乗る少年は、妃夜を睨んでいた。


 「噂には聞いてたけど、本当に記憶が無いんだね。都合の良いことで」


 「何を言ってるか分からないわ?記憶がないことが何だって」


 「僕は一日たりとも、忘れたことは無かったよ。君に触れただけで、吐いて、ゲロンチョと言われたあの日のことを・・・」


 初めて聴く話だった。きっと、あたしがもっと、噂をちゃんと聞いていれば、こんなことにならなかっただろうに。 航と名乗る少年は、視線を逸らすことなく、妃夜に話し続けた。 


 「その話は知ってるけど」 

 徐々に衰弱していることが、目に見えて明らかな妃夜だったが、少年はぷちんと何かが、切れたように、彼女に詰め寄って来た。


 「その話は知ってるだと?僕がこの五年間、どんな思いで生きて来たか。君に分かるか」


 これ以上はヤバいと判断したあたしは仲裁の為、間に入った。 

 睨みつける少年に対し、あたしは一瞬躊躇ったものの、このままでは、妃夜が危うい。


 「どけ、どけよ!こいつに用があるんだ。雑魚は引っ込んでろ」


 「どかない。あんたみたいな被害者ヅラの過去に囚われたヤツに、これ以上は行かせない」 

 あたしの鋭い眼光の所為だったのか、それとも、近くに居た救護員や夏祭りの運営スタッフが、近づいてきた所為か? 

 少年は、平静を取り戻し、妃夜から離れて行った。


 「何で、いつもいつも、お前は僕の邪魔をするんだ。羽月・・・」


 少年は、近くに居たスタッフと共にどんどん離れていった。


 「良かった、だいじょ・・・」


 あたしが振り向いた刹那、妃夜はいきなり、倒れ込んだ。  


 「ひ・・・」


 それを受け止めたのは、あたしではなく、中村だった。


 「セーフセーフ、綺麗な浴衣が台無しだぜ」


 そこに居たのは、中村と梶野、知らない人だった。


 「春谷だよ、春谷!てめぇが脅して来た!」 

 どうやら、知らない人と突っ込まれ慣れた所為か、春谷と言っていたが、正直今はどうでもよかった。


 「無視するなー」


 「何しに来たの?お前に用はないんだけど」


 「何すか、その良い様。中さんが居なかったら、だいさん」 

 梶野の暴言を中村は静止する素振りを見せた。


 「いいんだよ。言われ慣れてるし」 

 いつもの中村と違うのは、気のせいだろうか。 

 喧嘩を吹っかけて来るこいつとは、明らかに違うように見えた。


 「べ、別にこれで許して貰おうとか、お前が困ってたから、助けてあげたいとか、そんなんじゃないんだからね!」


 「そんなあからさまなツンデレはこの世に居ないっすわ」


 「姉さん・・・」


 中村自身、変わろうとしているのかもしれない。そうでなきゃ、こいつがこんなことするわけがないんだ。 

 その思いを無碍にする程、あたしはバカじゃなかった。


 「ありがとう」


 「おうよ!じゃあ、焼き鳥おごりな!」


 「お金ない」


 「はぁぁぁ?夏祭りで使い果たしたんか、てめぇ」


 「お金忘れたの!」


 「晴那りゃしいな!あっははははは」


 久しぶりにこいつと会話している気がした。昔はこんな感じで気軽に話していたような、そんなことも無かったような?記憶は曖昧だった。


 「しょうがねぇから、運んでやるよ。家教えてくれよ」


 「それは良い。あたしがかーちゃんに連絡した。少し歩くけど、ここから離れたら、合流するつもり」


 「お前がこいつを運ぶのか」


 「他に誰が」


 中村は妃夜をイスに再び座らせた後、梶野に頼むわと妃夜を背中に乗せた。


 「何やって」


 「何やってんのは、てめぇの方だろうが」


 「えっ・・・」


 「お前はあたしと違う。もうすぐ、全国だろ。いくら、軽いとはいえ、この距離を歩くには、遠すぎる。脚への負担を考えろ、馬鹿晴那」


 「だって、あたしが」


 「一人で背負ってんじゃねぇよ。お前、いつからそんなエラそうなこと言えるようになったんだ?」


 「そんなつもりじゃ・・・」 

 あたしもそうだが、中村の正論に対し、後ろ2人も言葉を失っていた。


 「アタシはこいつの髪を引っ張った。いくら、勢いとはいえ、女の魂を傷つけた。許されることじゃねぇよな・・・。本当に悪かった。これ位させてくれよ。これ位じゃ、許して貰えねぇだろうけどさ・・・」


 「中さん・・・」


 「姉さん・・・」


 中村組のメンバーも言いたいことがあったのだろうが、それ以上の言葉は出て来る気配は無かった。 


 「運んでくれるの・・・?」


 中村は妃夜を背負い、立ち上がった。


 「ったりめぇよ。じゃあ、けえるか」


 「うん・・・」


 「梶野、アタシが疲れたら、交代しろよな」


 「いや、アタイ、そういうの無理っすわぁ」


 「ガタイが良いクセに、へたれてんじゃねぇぞ、タコ!」


 あたしと梶野、春谷(?)と妃夜を背負った中村の謎の四人組は、救護員や夏祭り関係者に睨まれながら、その場を後にした。


 あたしはまた一人で彼女を背負うとした。 彼女の意志に逆らうように・・・。 

 うぬぼれてたあたしを後目に花火の音は徐々に勢いを増しているように聞こえた。


6 中村華の悲嘆


 何で、アタシがこんなことをしているかと言われたら、背負ってるコイツの為じゃなく、晴那の為だった。 

 それ以上も以下も無い程、アタシはこいつに走って欲しかった。


 晴那の言った待機場所を歩く帰り道。いつの間にか、3人になっていた。 

 依は、吹奏楽部の変な女に絡まれ、梶野はトイレに行ってくるっすわと行ったきり、帰って来ることは無くなっていた。


 「ありがとう・・・」


 「あんだってぇ?」


 「2度と言わねぇよ」


 「良いよ、言わなくて」


 久しぶりに2人だけになり、無言が続いた。 

 何処か、晴那の余所余所しい態度に、アタシの口はしょうもない言葉を呟いていた。


 「お前、女だったんだな」


 「何言ってんの?」


 「いや・・・。昔から、喧嘩ばっかりで、男物の服ばっかり着てた晴那が何か、大人しいと言うか・・・。アタシはずっと、お前が男と勘違いしてたよ」


 「意味が分からん」 

 いつも通り、素っ気ない態度で接してくる晴那だったが、何処かその言葉が心地よく思えた。


 「なぁ、お前、こいつをどうしたいんだ?」 

 今日のアタシはどうかしている。こんなことを聴いても、何の意味も無いと分かっているのに。


 「どうしたいって・・・」


 「こんなひどい目に遭わせておいて」


 「二人で行くと言ったのは、あたしだけど、行きたいって言ったのは、妃夜だよ。意志は尊重しなきゃ」


 「いや、お母さんかよ。過保護だなぁ」


 「確かにこの年齢でお母さんって、言われるのきついな」


 「何の話?」


 「少し前に妃夜に同じ言葉ぶつけたら、気まずそうな顔してた。確かにその通りだ。本当にウケる。はははは」


 受けねぇよ。その身内ネタやめろと突っ込みたかったが、ようやく笑顔を取り戻した晴那の姿にあたしは言葉が出てこなかった。


 いつの間にか、駐車場に辿り着き、晴那のかーちゃんこと、火輪さんと何故か、詩羽の2人が待機していた。


 「晴那!妃夜ちゃんの様子は?」


 「今は平気そうだけど・・・」


 火輪さんは、晴那の頭をぐしゃぐしゃに、撫でていた。


 「生きてる人間にお通夜してる場合か!」


 相変わらず、パワフルな人だ。


 「変わってやるぞ、ヘタレ」

 詩羽は嫌いだ。何考えてるか、分からんから。


 「誰が、ドヘタレじゃあ!」 

 そうは言ったものの、2キロ以上、人を背負い、その前に歩き詰めだった所為もあり、足は限界に来ていた。 

 すぐさま、降りて、詩羽は羽月をお姫様抱っこの状態で、車に乗せていた。 こいつも、本当にブレないよなぁ・・・。


 「ありがとね、華ちゃん。2人を助けてくれて」


 「いや、そんなつもりじゃ・・・」 

 こんな適当な人だが、昔は陸上の実業団で短距離の選手だった人だ。 照れて、上手い切り替えしが見つからなかった。


 「だけど、ごめんね。この車五人乗りなの。送迎は出来ないけど、許してね。てへ」 いつも明るく、マイペースな人だが、アタシは嫌な気分じゃなかった。


 「お前に乗るスペースはねぇ・・・」


 「いいっすよ。自力で帰るんで」 

 詩羽のうっとおしいボケにアタシは乗る気力も無かった。  


「ほら、晴那。言うことあんだろ」


 「えぇー、もう言ったし」


 「本当に?華ちゃん?」


 「本当っすよ。それより、早く送ってあげて下さい」


 「そっ。ならいいや。じゃあ、行くか」


 三人は車の方に向かって行った。 

 晴那と詩羽がすぐさま、助手席に向かった後、火輪さんだけは、あたしに近づいて来た。


 「ありがとね。あんなことしたって、聴いたから、どうしてとは思ったけど」


 「罪滅ぼしなんで」


 それを言った直後、火輪さんはあたしの頭をぐしゃぐしゃに撫で回していた。


 「中学生がそういうこと言うな!」


 「痛いっすよ」


 火輪さんは、撫でるのをやめ、あたしを抱きしめた。


 「頑張ったね。偉いぞ」


 彼女の抱擁はこれで三度目だった。 

 アタシの親からも、こんな手厚い抱擁されたことないのに。


 「かーちゃん、何やってんの!」 

 車の窓を開けた晴那の言葉に、はーいと呟き、火輪さんはあたしから離れた。


 「こんなお礼しか出来ないけど」


 火輪さんは車に乗り込み、その場を後にした。


 あたしはしゃがみこみ、一人ぶつくさと物思いに耽っていた。


 「居るなら、声かけろよ」


 「いやぁ、トイレが混んでたんすわ」 

 不意に咲が現れた。気を遣って、後ろをつけていたようだ。


 「依は、前カノに絡まれてるみたいなんで。一緒に帰りましょう、中さん」


 「そうだな」


 立ち上がろうとしたが、気が抜けたのか。腰が抜けて、その場を動けなくなっていた。


 「中さん・・・。大丈夫っすか?」


 「見るな・・・」


 その言葉を聴いて、咲は後ろを振り向いた。


 「おぶってあげましょうか?」


 「後で良い。今は一人にさせて」


 咲は再び、どこかへと離れて行った。


 アタシはうつむいたまま、大粒の涙を浮かべ、一人座り込んでいた。 どうして、こんなに思いが止まらないのか?アタシには分からなかった。 

 確かなことは、晴那は変わった。もう、あの頃の彼女はもういない。 


 本当は伝えたかったんだ。行かないで、置いて行かないで。 

 アタシを一人にしないで、アタシだけを見ていて。


 花火が終わった真夏の夜。 

 この悪夢から目覚める術を神様から問いただしてやりたい所だった。


7


 妃夜の自宅に辿り着いた頃には、彼女は目が覚めていた。 しかし、妃夜は先ほどのことを一切覚えてはいなかった。 

 家に到着し、妃夜のご両親にご挨拶をする過程で、彼女の美人のお姉さんはすぐに妃夜を連れて行き、あたしはばいばいも言う暇も与えてくれなかった。 

 あたしは事の経緯を話し、謝罪したものの、妃夜のお母さんは、ありがとうと言ってくれた。 彼女のお父さんも、大変だったねと言ってくれた。


 本当に凄いのは、あたしじゃなくて、中村なのにな。


 気になったのは、その背後であたしを睨みつけるもう一人のお姉さんだった。あれは何だったんだろうか。


 話が終わった後、あたしは妃夜のお母さんに、たこ焼きを託し、羽月家を離れることとなった。 

 あたしと朝、かーちゃんの三人はSUVに乗り込み、家路に着こうとしていた。


 「ごめん・・・」


 「謝んなくていいよ。生きてるんだからさ」


 「でも・・・」


 「後悔したって、何も始まらないよ。詩もそう思うだろ」


 「そういうのいいんで、早く焼きそば食べたい」


 弱気なあたしを前にしても、2人はいつもの調子を崩さなかった。


 「うん・・・」


 家に帰るとにーちゃんが焼きそばを作っていたが、あたしは焼き鳥を食べた後だったので、シャワーを浴びに風呂場に行った。

 何とか、全てを終わらせた後、一人、真っ暗な自分の部屋に戻った。


 部屋に放置していたスマホを確認すると天から、電話が来ていた。 

 仕方なく、あたしは電話をすることにした。


 「やっと繋がりましたわね。Bonjour晴那」


 「今、そんな気分じゃないんだけど。切っていい?」


 「相変わらずの塩対応、わたくしは心が広いから」


 「何の用?切るよ」


 「あなたが、羽月さんをおんぶされていたことが、拡散されてましたわよ」


 あたしは黙り込んだままだったが、天は話し続けた。


 「何があったかを聴く程、わたくしは野暮ではございませんが。あなたのことが心配でお電話した次第ですの」


 「あたしは平気だよ」 

 あたしはベッドに倒れ込んだ。


 「嘘をおっしゃい。小学生の頃からの付き合いであるわたくしが、あなたのそういう所、見抜けないと思って」


 天の言葉は何処か、抜けているような声で言葉の一つ一つに温もりを感じた。


 「あたし、間違ってたのかな・・・」


 天は無言であたしの話を聴いていた。


 「あ・・・たし・・・あたしじゃ・・・。妃夜を救えない。あたしは自分ばっかりで何も・・・、何も・・・」 

 電話越しに泣きじゃくる一歩手前の声であたしは親友に言葉を投げかけていた。


 「何か言えよ」


 「わたくし、気の利いたこと言う程、野暮ではございませんわ」


 「電話切るぞ!」


 「その言葉、絶対に羽月さんの前で言うんじゃありませんこと」


 「天・・・」 

 受話器越しからも天の口調が、明らかに変わっているように思えた。


 「羽月さんはあなたに救われていると思いますわ。少なくとも、わたくしには出来なかった。それは同時に、あなたも同じじゃなくて?」 

 天の言葉を追求しようとしたが、今はただ、その言葉に耳を傾けることに集中した。


 「だから、使命感とか、罪悪感じゃなくて、もっと自分を愛してもいいじゃなくて?わたくしのように?」


 天の言葉にあたしは何も言い返せなかった。 

 その言葉を聴いた後、恥ずかしくなって、あたしは電話を切った。 


 妃夜と連絡を取り合ってはいたものの、あのことを皆に黙って貰うように頼み込んだ。 

 合宿や追い込みで忙しくなり、彼女に会うことも、海に行くこともなく迎えた全国大会初日。 

 あたしは予選5位という過去最低の記録を叩き出して、あたしの夏は幕を閉じた。

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