第2話:世界に一人だけの男②
ナインボール、セラフィム、エクシアは市街地を散策していた。建物は壊れ、植物が覆っている。そんな中、廃棄された車などを乗り越えつつも、擬態したモンスターが潜んでいないか目を皿にして探していた。
しかしセラフィムが、不満そうなのを隠そうともせずにいた。
「エクシアさんがいなければ、ナインボール様と二人っきりなのになぁ〜。エクシアさんさえ、いなければ」
セラフィムの呪詛を聞き流し、エクシアは周囲の環境に圧倒されていた。大地はえぐれ、人工物は破壊され、植物が生える。まるで石器時代に戻されたような感覚だった。
「すごい、これがモンスターと戦った痕ですか?」
「訓練校自体がダンジョンから襲来するモンスターを積極的に誘引し、地形を利用した天然の要塞となる事で周囲の市街地に被害が及ぶことを防いでいるんでいるのよ。そんなことも知らないの?」
高い地面がそそり立つ割れた道を歩いていく。
「はぁ、何なんですか。この道は?」
「切り通しといって……少し昔に作られた通路だ」
「歴史の勉強になりますわね」
モンスターを探して2時間ほど経った頃、休憩にちょうど良い場所を見つけたナインボール達は一度休息を取ることになった。
セラフィムは大きくため息をつく。
「はぁ、入学式の前からくたびれ果てちゃった」
ナインボールは少し離れて周囲を観察する。
「何も出ない」
「この辺りにはいないのではないですか?」
「これだけ探してもいないとなると、なかなか見つけるのは難しそうだ。他のチームからの連絡もない」
「ん?」
ナインボールは物陰で動く影を見た。すぐにモンスターだと判断できた。ずんぐりした見た目の大蜘蛛だ。すぐさま魔導兵装に起動させながら叫ぶ。
「戦闘準備! 目標、擬態モンスターの大蜘蛛!」
ナインボールは魔導兵装をシューティングモードへ切り替えて、魔力弾による射撃を開始する。すぐさまセラフィムもそれに参加した。大蜘蛛は射撃をものともせず突っ込み、巨大な足が大きく振り上げられた。
それはエクシアを目標に捉えていた。
エクシアは咄嗟に魔導兵装で防ごうとするが魔導兵装は反応しない。沈黙したままではただの鉄の塊だ。
「な、動かない!?」
「大丈夫」
ナインボールはエクシアと大蜘蛛の間に割って入り、大蜘蛛の一撃を防ぐ。そして閃光魔法を発動させた。
激しい閃光が瞬く。ナインボールは素早くエクシアの体に手を回してその場を離脱する。
「この場は離脱する! ついてきて欲しい!」
大蜘蛛から距離をとった後、安全圏まで撤退するとセラフィムはに詰め寄った。
「ねぇ、エクシアさぁん。魔導兵装も使えないで何をするつもりだったの〜?」
「っ……ごめんなさい。動くとおもって。戦闘技能は今までもやってきたから、できると思って」
エクシアはまだ入学式を終えておらず、完全な魔導師ではない。
魔導兵装との契約を済ませていないので、魔力もまともに使えない。だが知識と体術だけはあるようだ。憧れたその時から魔導師について調べて努力していたからだ。だから自分が役立たずなのは理解していてた筈だった。しかし憧れのナインボール出会った事で、舞い上がり、助けになると思ったのだ。
「ははっ、ざんね~ん」
セラフィムはエクシアの横の壁を蹴る。
嘲笑うセラフィムに対し、ナインボールは冷静だった。
「いや、エクシアさんが新入生で、こういう自体が想定されると考え至らなかった私が悪い。セラフィムさんも、言葉には少し気をつけて欲しい」
「それはっ! だからって……自重すべきでしょう?」
セラフィムの鋭い視線がエクシアに向けられる。
「貴方が」
「ええ、申し訳ありません。二人の命を危険にさらさせてしまって」
「お詫びに殴らせてもらおうかな」
「セラフィムさん、遊ぶのはやめて欲しい」
エクシアは落ち込んでいた。憧れの人に会えて役に立てると思ったらその逆、足を引っ張ってしまったのだ。セラフィムの言うことはもっともだった。
自重すべきだったのだ。
ナインボールはセラフィムに言う。
「セラフィムさん。少しの間、周りの警戒をお願いしても良いかな。その間にエクシアさんの魔導兵装を、本人と契約させる」
「はーい、お任せあれ〜」
ナインボールはエクシアにゆっくりと近づき、ナイフを取り出す。そして手を取って、指先に刃を当てる。
「少し切る。契約には血が必要だ」
「わかりました」
ナイフで薄く手のひらを切ると背後に回って一緒に魔導兵装を持った。血が流れて魔導兵装の柄を濡らしていく。
魔導兵装のコアに血が触れると刻まれたルーン文字が光始め、起動する。
「エクシアさんの血液を通して、魔力が魔導兵装に流れ込むのがわかるかい?」
「魔力が、魔導兵装に」
周辺警戒をしていたセラフィムが叫ぶ。
「きた! きた! 大蜘蛛!! 上空より襲来! 飛行形態で落下中!」
セラフィム目掛けて落ちてきた大蜘蛛は格納していた四つ足を出し、セラフィムに叩きつけた。セラフィムは魔導兵装で防ぐ。しかし上空からの落下によるエネルギーも相まって、セラフィムの足が地面に大きなクレーターを作る。
「ぐぅっ、意外とパワーが」
セラフィムを押し潰そうとしていた足が割れて、中から鋭い切っ先を持つ触手が現れる。それを見たセラフィムは大蜘蛛を押し返し、大蜘蛛の足元から脱出する。
セラフィムは大蜘蛛の触手攻撃を避けて、上へ跳ぶ。高所を取ったセラフィムはブレードモードからシューティングモードに魔導兵装を変形させて弾丸を放つ。
「ヒット、ヒット、ヒット!」
着地硬直を狙った大蜘蛛の一撃を、近接モードで受け流し、距離を詰めて攻撃、射撃を交えつつ、触手を迎撃した流れで反撃へ移る。
近接攻撃でダメージを蓄積させていく。
近接は不利と悟った大蜘蛛は飛び上がり、ガスを噴出する。白い煙が周囲を遮った。
「ガス! 目眩し!? これじゃあ私の格好良いところをナインボール様お見せできないんですってば!」
「セラフィムさん、これは実戦だから真面目にやって欲しい!」
「うっ、ごめんなさーい」
セラフィムは煙の中から放たれる触手を弾き飛ばしながら叫ぶ。
ナインボールはゆっくりとエクシアの手を離す。
「魔導兵装が完全起動するまで、柄から手を離さないように」
「ナインボール様、いつまで」
「その時になればわかるから」
ナインボールの背後に大蜘蛛が現れた。
「っ!?」
ナインボールは咄嗟に近接モードの魔導兵装で迎撃しようとする。しかしエクシアがナインボールの手を素早く引いて、地へ伏せさせた。大蜘蛛は攻撃する事なく素通りして、上空へ逃げる。その後ろからセラフィムが高速で突撃してきていた。
ギリギリのところで、セラフィムとナインボールがぶつかることを避けられた。
「ナインボール様!?」
「なるほど、同士討ちさせようとしたのか」
もしナインボールが魔導兵装で迎撃していればセラフィムは真っ二つになっていただろう。ナインボールも攻撃をやめなければ、セラフィムの魔導兵装で串刺しだ。
危機一髪であった。エクシアの咄嗟の判断がなければ二人とも死んでいたのだ。
上空へ逃げた大蜘蛛はガスを撒きながら再び降下してくる。ナインボールはブレードモードになった魔導兵装で切り上げた。
大蜘蛛は閃光を放ってどこかへ消える。周囲に擬態した。
「申し訳ありませぇん、ナインボール様ぁ」
「あのモンスター、結構やばいかもしれないな。同士討ちをさせようとする知能がある」
「そんな思考を!?」
「擬態、目眩し、そしてこの知恵。面白い個体だ」
空からスモークガスが降ってくる。そして遅れて大蜘蛛が四本の足で襲いくる。
ナインボールは魔導兵装のブレードモードで受け止める。足を狙った攻撃をジャンプで回避し、空中で身動きが取れないところを狙った一撃を大蜘蛛の足を叩き台にして更に上空へ上がる。
「触手は切り裂きつつ、本体を!」
「了〜解っ!」
下ではセラフィムが触手を射撃モードで牽制しつつ、近接モードで触手を切り払う。しかしモンスターの足から射出される触手刃がナインボールを覆い尽くし全身を切り刻む。
「ナインボール様!」
激しい血飛沫が辺りに撒き散らされる。
そこでエクシアの魔導兵装の契約が完了し、待機状態から戦闘状態へ起動した。
セラフィムはエクシアに言う。
「一撃でやる。それくらいできるでしょ? 貴方も」
「ええ! やってやるわ!」
お互いに切先を揃えて、モンスターに向かって突撃する。
『やあああああああ!!』
狙うは本体、ではなく触手刃。切断された触手刃の繭からナインボールが現れ、血まみれになりながら魔導兵装を大蜘蛛に叩きつけた。
大蜘蛛は地面に叩き落されて、触手刃を四方へ散らせながら爆散する。
青い体液が広がった。
「セラフィムさん!」
「えっ!? きゃあ!?」
モンスターの触手刃が建造物にぶつかった事で、倒壊した瓦礫が降り注ぐ。セラフィムに直撃する瓦礫だったが、エクシアがセラフィムを突き飛ばした事で傷を負わなくて済んだ。しかしエクシアが瓦礫の下敷きになった。更にモンスターの青い体液が雨のように降り注ぐ。
三人は自力で脱出すると、校舎に戻ったのだった。
アーキバス魔導師学園にてモンスターの体液を浴びたことで検疫することになる。
検疫するための部屋にはナインボールとエクシアだけだった。セラフィムはエクシアに突き飛ばされた事で体液を浴びずに済んだのだ。
エクシアは全身に包帯を巻き、ナインボールは頭と腕と足を包帯でぐるぐる巻きにされていた。二人とも重傷だ。検疫中の為、二人は簡素な白い布の服を着させられていた。
ナインボールは窓の外を見ながら言う。
「傷、残ってしまう。申し訳ない、もっと上手くやれなくて」
それはエクシアの腕の傷に向けられていた。瓦礫によって押し潰されたエクシアは、腕が潰れて骨が突き出した状態になってしまった。
魔導師は普通の人間に比べて人体能力が高い。それに加えてアーキバスの治療技術も高いとはいえ完全に元通りとはいかなかったのだ。
腕には生々しい傷跡が残ってしまっている。
「これで今日のことを忘れずに済むわ。それに動かすのには支障ありませんから大丈夫です」
「……」
エクシアの言葉にナインボールは顔を歪める。
「私、数年前にあったグレートエスケープでナインボール様に助けていただいたんですよ」
グレープエスケープ。
一年前にあった大規模な撤退戦だ。
モンスターの侵攻によって、大勢の市民と魔導師が死んだ。誰もが最善を尽くしたにもかかわらず、モンスターによって多くの生命が失われた。
エクシアはそこで戦っていた二人の魔導師の姿が思い起こさせる。飛来した瓦礫を弾き飛ばし、危ない環境でも笑顔を絶やさず笑って元気つけてくれたナインボールの姿を思い起こさせる。だが今のナインボールは違う。作り笑顔で、何かの痛みを堪えているような表情だ。
「アーキバスの魔導師だとわかっても、それ以上のことは分からなくて」
「まさか、それだけでここに?」
「ええ」
「君は義理硬いな」
「すぐナインボール様に会えて、夢叶いました。でもナインボール様、前にお会いにした時より雰囲気が……いえ、何でもありません。もう一人の魔導師にも、お礼を言わなくてはなりませんね」
検疫終了。それと同時に、獣人種特有の耳が生えた金髪の少女が入ってきた。赤い着物を纏っている。
彼女はエクシアの隣に座った。
「申し訳ありません。標本にする筈だったモンスターを逃がしてしまいました。まさか厚さ50センチの鉄牢を壊してしまうとは思わなくて。お二人には大変申し訳なく思っています」
「構わない。予想外のことは多く起こるものだ。予測は常に裏切られる。モンスターが発生して以来現在に至るまで何もわかっていない。そのための魔導師だ」
「次こそは必ず逃がしません、必ず」
服を着替えて検疫室を出るとセラフィムが体育座りをして待っていた。服装はボロボロで、埃みれ。あの戦いのままずっと検疫が終わるまで待っていたことがわかる。
「セラフィムさん、さっきはつき飛ばしてしまって申し訳……」
セラフィムはエクシアに抱きついた。
「どうしたのかしら。私はナインボール様じゃないわ」
「信じてもらえないけど、私はそんな軽い女じゃいの」
「プライドの塊だと思っているけど?」
「そんなところも良い! ナインボール様! セラフィムさん! 私と恋人になりましょう!」
「え? えええ!?」
「二股前提の告白か。テンション高いし、大丈夫?」
困惑するエクシアと、心配するナインボール。
「それでお返事は!?」
「お断りするわ」
「がーん!? セラフィムショック! ナインボール様は!?」
「どちらでも」
「じゃあ私達は恋人ですね!」
「は? 貴方がナインボール様の恋人とか許さないけど?」
セラフィムの恋人発言に、エクシアは真面目なトーンで異議を申し立てる。
「えーでもぉ、本人は良いって言ってるしぃ。委員長で頭の硬いエルフみたいなエクシアちゃんでも、私達の仲は引き裂けないしぃ」
「私も恋人になるわ。貴方がナインボール様とイチャイチャするなんて絶対に許さない。末代まで祟ってやる」
「その言葉に流石のセラフィムちゃんもドン引きだよ」
討伐の為に引き伸ばされていた入学式を終えて、それぞれの部屋に戻る。
ナインボールの部屋にはある一人の少女がいた。半透明で、景色が透けている色素の薄い黒髪金瞳の少女。
『おかえりなさい。ナインさん』
「ただいま、ミカエルさん」
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