男は一人、残りは女の子だけの魔導師学園生活

フリーダム

第1話:世界に一人だけの男①

 転生して17年。

 元地球人の青年は、ナインボールという名前で傭兵をやっていた。

 何でもやるが、依頼主の意向は治安維持と警備任務だった。治安維持ではテロリストを抹殺したり、警備任務ではモンスターを破壊する。


 モンスターは異形の生物。人間は似ても似つかない怪物を人々は嫌悪する。それを見るのでさえ精神力が削られて発狂する危険がある。故に『モンスター退治』というのは忌避される仕事だった。


 しかしナインボールは違う。転生者であり、モンスターという存在に耐性がある。むしろ地球人からすればモンスターは経験値や素材集めの対象である。

 嬉々として、殺して、殺して、殺し尽くした。


 モンスターを依頼主の意向に従い徹底的に殲滅する。

 誰かが名付けた。

 終わりを告げる者、ナインボール。



 耳につけた魔導兵装に警報音が鳴り響いた。視界に表示されるレーダーを確認すると、モンスターのマーカーが大きな塊となって、ナインボールの方に向かって来ている。どれほどの数がいるのかなど、想像も出来ない。


『ナインボールさん。入学式まで後四時間です。新入生誘導のお仕事に遅刻しないように手早く済ませてください』

「了解した。ミカエルさんを待たせるわけにはいかない。片付けよう」


 前回の出撃に比べ、モンスターを示す光点の塊は、ひと回りほど大きくなっていた。攻めても攻めても墜とせないナインボールに、モンスターも業を煮やしているのか。

 モンスターはとてもグロテスクな怪物だ。


「魔導兵装、戦闘出力へ」

『了解。メインシステム戦闘モード起動!』


 魔導兵装と呼ばれる宝石が埋め込まれた大剣を両手で掴み、敵の先陣の到着を待つ。


 使用するは魔導兵装の名前はストライクイーグルだ。第二世代型の魔導兵装の傑作機と名高い。

 第一世代と違って、自動展開する防御魔法は出力が低く、敵の攻撃に耐える事は考えられていない。


 基本的に攻撃は全て回避しなければならない。もっとも、第一世代とて敵の攻撃に身を晒してしまえば同じ運命を辿る事になるが。


 モンスターはナインボールとの距離をどんどん縮めてくる。


『敵情報の特定が完了。ゴブリンやオーガなど物理攻撃型みたい。遠距離からの攻撃が有効ですよ。狙撃しますか?』

「時間がない、突っ込むとしよう」

『了解、遠距離からの強化魔法を維持、ご武運を』

「行ってきます」


 ナインボールはタイミングを見計らってモンスターの群れの真っ只中に飛び込んだ。超低空でゴブリンの盾を掠めるようにして頭を飛び越すと、それと同時にゴブリンの塊が急制動を掛け、ナインボールに向かって旋回しようとする……が、集団てしての定円旋回能力の低いゴブリンは、咄嗟に振り返る事が出来ない。

 そこを狙って、飛翔する魔力の剣をゴブリン達の尻へと片っ端から見舞っていく。

 死体の山が築かれる。


『36体目』


 旋回し終わったところをすぐに後ろに回りこむ事で、ナインボールはゴブリンの唯一の攻撃手段、突撃を繰り出す事を許さない。


 同じ場所でくるくる回り続けるゴブリンを一方的に攻撃し、第二陣が到着するまでの間にどうにか殲滅を完了した。


 同時に、ピッというモンスター接近を知らせる警告音が耳の魔導兵装から鳴り響いた。


『第二陣が来る。魔力の反応を確認。魔法に気をつけて』

「了解」


 第二陣──そこには敵戦力の主力を成す巨人、そして何よりの脅威、スライムといった魔力持ちが含まれてくる。


 ナインボールの能力を知っているミカエルは魔法照射を防ぐための対魔法煙幕弾は最初の一撃だけ。


『支援砲撃魔法二十秒前』


 敵の到着に合わせるように、砲撃の合図が入る。一瞬遅れて、超音速の魔力砲弾がモンスター群に向かって突き刺さろうとしたところを、スライムなど魔力持ちによる、魔法レーザーの迎撃によって撃ち落された。


 ナインボールは対魔法煙幕の発生と同時に、ステップで敵が密集する中へと飛び出した。

 勝負は十二秒。

 スライムの魔法レーザー再照射までのインターバル。スライムに対して一方的に攻撃出来るチャンスは今しかなく、そのため巨人やゴブリンは無視して、とにかくスライムを狙う。


 戦域情報にフィルタを掛け、スライムを絞り出し、集中攻撃を仕掛けていく。


『八秒』


 スライムを示す光点は、おおよそ半分ほどにまで減少。


『十二秒。スライムの殲滅完了』


「あとはこちらが狩る番だ。仕上げに移る」


 ナインボールは獰猛な笑みを浮かべて、飛翔する魔力の剣を撃ち放った。



 アーキバス魔導師育成学園。

 お嬢様学校を母体にした軍需系教育の世界的な名門学園。

 魔導師とは人を殺す殺戮モンスターに対抗できる者達のことだ


 各国が優秀な魔導師の育成と、市民の防衛に躍起になる中、宝石を用いた魔導兵装での戦闘を基本に、軍事的な教育と訓練を非常にハイレベルな形で施し、目覚ましい成果を挙げている。

 世界中から多くの精鋭が集まるほか、優秀な魔導師の引き抜きにもとても積極的な訓練校である。


 世界にモンスターが現れて数十年、魔導師と呼ばれる異能使いと魔導兵装と呼ばれる決戦兵器が開発されてから、それを育成するための訓練校は多く設立された。


 アーキバス魔導師育成学園もその一つだ。


 今は入学シーズン。

 幼稚舎から対モンスター戦闘を叩き込まれた者もいれば、適正を認められて今年から教育を受ける新人も存在する。


 ナインボールは新入生が学院で迷わないように案内役をしていると、魔導兵装を携えた新入生に絡まれる。


「貴方がナインボール様ね!」


 そう言って魔導兵装を向けられたのだ。魔導兵装というのは基本的にモンスターという化け物に対抗する為に作られた決戦兵器で、簡単な人向けて良いものではない。

 愉快な子もいる、と面白く感じながらもナインボールは手堅く対応する。


「その通りだ。私はナインボール。君は?」

「セラフィム・ハイよ、よっろしくねー!」


 灰色の短髪の頭を揺らしながら、高いテンションのまま魔導兵装をフラフラと揺らす。


「セラフィムさんか。それで何の用だろう? 見ての通り新入生の案内で忙しいだ。用があるのならば終わった後でお願いしたい」

「新入生の誘導なんて些事より、私と手合わせをおっ願いしまーす!!」

「新入生の案内を些事とは大物だ」


 周囲の傍観の姿勢を見て、ナインボールは優しく言う。


「残念ながら非公式の戦闘は禁止されている。申し訳ないが、お引き取りを」

「なら、その気になってもらおっうかな〜!」

 

 瞬間、セラフィムの魔導兵装に魔力が流れ込んだ。待機状態から戦闘状態へ移行し、アックス型の武器となる。白銀の刃がセラフィムの笑みを写す。


 これは戦闘不可避だと判断したナインボールは、足元に置いてあるボックスから魔導兵装を取り出し、魔力を込める。


「わかった。やろう」

「〜〜〜〜!! 堪りません! その殺気! ゾクゾクしちゃう! さぁ! 私と愛し合いましょう!」


 そこで割り込む存在があった。

 長い白い髪がふわり、と揺れる。


「いい加減にするべきよ。貴方」

「誰?」

「エクシア・ホワイト。同級生」

「そう。で? 何で邪魔するのかな」

「私闘は禁止。校則にも書いてあるわ」

「へ〜、頭かたぁーい。貴方も一緒にやってくれるの?」

「戦いは駄目だと何度言えば。その頭に脳みそ入っているのかしら?」

「殺してあげるよ」


 ノーモーションで振り回された斧型の魔導兵装が、ナインボールの宝石特大剣ストライクイーグルとぶつかる。

 キィィィン、と高い音が響き渡る。


「流石」

「良い跳ねっ返りだ。そういうの嫌いじゃない」


 ナインボールが動いた。

 低い体勢で突撃して、セラフィムの魔導兵装を殴り飛ばす。その間に魔力の籠った衝撃波で脳を揺らして組み伏せる。

 それを見た周囲から歓声が上がる。


「すごい」

「さっすが。錯乱した魔導師用の鎮圧近接格闘術極まってるね」

「魔導兵装を持ちながら暴走した人を取り押さえようっていうのがおかしいです」


 騒動を見ていたギャラリー達も、すごい! と声を上げる。

 ナインボールの柔らかな外見や物腰と反対に凛々しい体術は、新入生達の心を鷲掴みにした。


「流石です! 世界で最初にモンスターの軍団を壊滅させて、各国を救う。国境なき討伐隊の一人目! 終わりを告げる者! ナインボール様!!」


 ギャラリーの中から聞こえる説明に、ナインボールは苦笑いして答える。


「そんな説明されちゃうと照れてしまうな。うん、どうだろう? セラフィムさんも力の差はわかったかな」

「はい。十分すぎるほどに」

「アーキバス魔導師育成学園で私闘が禁じられているのは、怪我や死傷する恐れがあるから。魔導師は軍人だけど学生だし、私たちは生きて卒業する義務がある。それが命をかけて今の時代を築いてくれた人達に対する恩返しなんだ。それを忘れないで欲しい」


 ナインボールは手を離して、魔導兵装をセラフィムに渡す。

 セラフィムはしょぼん、とした顔でそれを受け取った。


 セラフィムの顔は資料で見たことがあった。中等部時代から活動していたベテランの魔導師で実力には自信があったのだろう。それがこうも一方的にあしらわれてはプライドもへし折れるというものだ。


「ギャラリーも含めて講堂の方へ……」


 ゴーン、ゴーン、ゴーン、と鐘が響き渡った。それはモンスター来襲を告げるサインだ。すぐさま魔導兵装に魔力を注入して戦闘体制を整える。すると魔導兵装を戦闘状態にした三年生が鋭い声で現れた。


「何をなさっているのですか! 貴方達! 遊んでいる場合ではありません、先程、校内の生体研究所から研究用モンスターが脱走したと報告がありました。出動可能な皆様は捕獲に協力して頂きます」

「はい! 場所はどこだろうか!?」

 

 ナインボールは三年生に詰め寄る。


「待ちなさい。ナインボールさん。貴方の単独行動は禁じます」

「何故でしょう?」

「このモンスターは周囲の環境に擬態するという情報があります。必ずペアで行動してください。そうね……やりあっていた三人。お願い」


 ナインボール。

 セラフィム・ハイ。

 エクシア・ホワイト。

 三人は顔を見合わせる。


(((えっ、気まず)))


 

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