生きていたかっただけ
「また? 最近多いわね」
「そんな一言で片付けしまって良いのか? 職務放棄だろ。“困ったことがあったらご相談を!”なんて謳い文句はただの飾りか?」
「お偉い方々が勝手に言ってることなんて知らないわよ。ここにいるのは所詮しがない受付嬢なんですぅ~」
文句なら上に言えとぷりぷりする受付嬢に、今度はヒメが呆れることになる。
呆れついでに頭を一度冷やすためにも、抱えているどこの誰の子とも知らぬ赤子を受付嬢へと託す。
嫌々ながらも既に重みの感じる赤子を受け取った受付嬢の姿を見て、改めてヒメは周囲へと目を向ける。
オヤジばかりのむさ苦しい空間に、愛くるしい背格好の男児女児がチラホラと。
「最早ここは保育園だな」
「あら、あなたからそんな言葉が出てくるなんて」
確かにいつも騒がしかった場所ではあるが、今となっては別の意味で騒がしい場所になってしまっていた。
悪い話にへへへと空気を漏らすような笑いが。きゃっきゃと甲高い喜びと興奮の混じったものへと大変身。
身体や顔に傷のある男達でも子供という無垢な存在には敵わなかったらしい。
まぁ、元々から心の優しい持ち主であった彼らに対する表現としては正しくないのかもしれないが……。
「いないいなーい……ばぁ!」
「いる! 俺、いるよ! あれ!? どこ行っちゃったのカナ!? ……ここだよー!」
いや変わり過ぎだろうと。ヒメは以前の様子を知っているだけに戸惑いが消えていなかった。
ただそれ以上に戸惑ったのが、この状況になっても茶化す者がほぼいなかったということ。
「さっきのとは違って……イケメンが来たよー!」
「アンてめぇ喧嘩売ってんのか」
「売ってんのはパワフルな元気だよ文句あっか」
歳性別関係なく、誰もが子供に対しては悪感情を持っていないことにヒメは驚いていた。
愛嬌に差はあれど、慣れ不慣れはあれども。
「……悪い。これから……その。仕事なんだ」
「なっはは、兄ちゃんが帰ってくるまでウチが相手したるから我慢し?」
「……頼む。自己主張が苦手な子だから、ちゃんと見てあげててくれ」
「流石のアンタもメロメロやんな。……気ぃ付けてな」
テテテと小走りに足にしがみ付いた幼女が抱き上げられる間に生まれた桃色空間。
今まで隠していたことだったり。伝えられていなかった言葉だったり。
子供達との触れ合いという起爆剤が必要だったのか、無くとも生まれた関係性であったのかは不明だが。
誰かの迷いを良い方向へと促してくれたのは事実であった。
「……いつまでもこうはいかないだろ」
「ま、そうね~」
日を追うごとに数が増えていっているのは間違いがなく。
増減であればまだいいのだが、今のところ増える一方であった。
捨てられているという感じではないのは誰もが気が付いていた。
しかし、だからといって対策をすぐに思いつけるような者もいなかったのだ。
このペースならば数週間後には建物に収まらない程に子供の数が増えてしまうのが予想できていた。
部屋を増設した方が良いという話や、食費や衣服それに寝具などの調達をどうするのかといった話もしているとかなんとか……。
「もう二週間は経ったか。そろそろ何か掴めてるのではないか?」
「そりゃあねぇ。聞きたい?」
「頼む」
「じゃ、ついてきてね~」
悪役は誰かが背負わなくてはならない。
それは昔からヒメが事あるごとに語る言葉だった。
誰もやらないのならば、私がやろう。たとえそれが誰に恨まれることになっても。
しがない受付嬢はいつもより、少しだけ。
ほんの少しだけ歩くのが嫌に思うのだった。
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