ち、違うからっ。べ、別に好きなんかじゃないんだからねっ!


「流石に一瞬でケリをつけるというわけにはいかないか」


「死なないようするのが精一杯なんですが」


「ならばさっさと諦めろ」


「これでも一応、家族がいますので」


 アオとの戦闘以上に短い時間の中で。

 ヒメは無傷なのにもかかわらず、リベルはもう既に片腕を失ってしまっていた。


 腕だけではなく体中からは血が止めどなく溢れ、内臓にもダメージを受けてしまったことで口からも血を流している。


 圧倒的な差がこの二人の間にはあった。

 それでもなお、リベルは絶望にその瞳の輝きを弱めることはない。


「勝負にもならないな」


「それでも、諦めきれないのですよ」


「死が遠いというのも考え物だな、ヴィリィ」


「……えぇ、まったく。その通りですね」


 なんだ。覚えていたんですね。


 忘れてしまっても問題ないの敵の名前。

 罪悪感を持っているからなのか、ただ彼女が優しすぎるからなのか。


 そんな風に思う時間が与えられたのは偶然か、それとも情けか。


 苦笑に歪む血の跡を分断するのはヒメの一閃。

 熱く灼けるようだった剣身は今はその姿を潜めていた。


「今回も殺さないのですね」


「殺してほしいのか?」


 新たに横へと筋が入る。

 ヒメの刃は頬の薄皮一枚を撫でただけで終わっていた。


「正直、安心してしまっている自分がいます」


「自分よりも誰かのためにと言いつつ、結局のところ自分が可愛いのさ」


 ヴィリィはただ空を見上げる。

 ため息交じりのヒメの言葉に食って掛かることはできなかった。


 人の気も知らない呑気な空模様に気が抜けていく感覚。

 諦めたのではない。ただ、“何をやってるんだろうな”と思っただけ。


 今すぐにでも座り込んでしまいたいはずのヴィリィでさえ、どこまでも広がっていく青色の虜になっていた。


「……私のことを悪者だと思うか?」


「前にも聞かれましたよ、それ」


「今もあの時のまま、答えは変わっていないのかと聞いている」


「あなたは、あなた達はどこまでいっても悪者ですよ。寂しいですけどね」


 ふと。釣られて見上げた空は、確かに。


「別れの挨拶くらいしていけばいいのに」


 偶然か、それともそれが狙いだったのか。

 視線をヴィリィへと戻した時には既にその姿は無かった。


「恥ずかしがることなんてないのだがな」


『ちょ、違いますからね? そんな恋する乙女みたいなことしませんからね?』


 なんて声が聞こえてくるのは妄想かそれとも……。


 ともかく、自身の役目はここまで。

 後は連れがやってくれるはずだとすっかり気を抜いてしまうヒメ。


「いつか、私も好きなだけ空を見上げることができるのだろうか」


 吹き抜ける風に煽られ、再び空を見上げることになる。


 どこまでも。それはどこまでも高い理想であった。

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