私はそうして、彼の檻で眠った

ぷろっ⑨

第1話 檻は開く

私は弱い。

「残念なお知らせがあります」

心も身体も、全て弱いままだ。

「昨日の放課後、三音みねさんが亡くなりました」


奪われて、立ち上がることを諦めた私への罰は、それ相応の苦しさを背負っていた。







私、桐野小雨きりのこさめには友達がいない。

正確に言えば、友達を作る気がない。


学校に行けば、1人でずっと本を読むか、寝ているか、たまに教室の中を

ぼーっと眺めていることでしか、休み時間を潰しきれない。


昼食は、1人だけで食べているところを見られるのには抵抗があるため、

教師であり従兄弟である雪折ゆきおに屋上を借りれるように頼んでいる。


今現在、この授業の時間があることに私は満足している。

誰もが1人で、ほとんどが退屈そうに欠伸をしている。早く終われと思っている。

私も同様に、このつまらない授業に退屈という感情を抱いている。


唯一私が、違う誰かと心が繋がったような、そんな気持ちの悪い考えを持ちながら

充実した日を過ごしている様に錯覚させるのだ。



__昼食の時間を告げるチャイムが鳴ると、全員仲の良い友達と駄弁りながら、

数人で固まると、再び私の孤独な時間が始まってしまった。


教室を出て、雪折のいる社会科教室へと向かう。

雪折は最近、保健室の永谷ながたに先生と付き合い始めてから、昼休みになると

姿が見えないときが多くなった。

二人の秘密の場所とやらに私が鍵を取りに来る前にドロンしてしまうので

最近は中庭や、文芸部の部室で食べることになってしまう。

だが、今日だけは絶対に避けたい。


「すみません、雪折先生いますか?」

ゆっくりと扉を開けると、残念なことに誰の姿もなかった。

扉を開けて目の前にある雪折のデスクの上には、

【すまない、今日は午前で上がってデートなので鍵はナイヨ!!】

と1枚のメモ用紙が貼り付けられてあった。

小雨は口をキュッとすぼめながら、扉をゆっくりと閉めたのだった。



最悪だ。本当に。

混み合っている中庭で食べるとい行為は、私からすれば拷問に等しい。

正確に言うと、中庭で毎日昼食の度にここへと足を運ぶ人気者のせいである。


「あ、あの、天野くん…!良かったら私とお昼どうですか?!」

「ちょっとアンタ!!抜け駆けするの禁止って言ったじゃない!!」

著名人のサイン会のような長蛇の列を昼から作っているヤツが存在しているから

私はここでの飯が嫌いなんだ。


天野司朗あまのしろう。私と同じ高校1年生。学年関係なく女子からモテる

学校1の美男子である。スポーツ、勉学ともに花丸の成績がつく完璧男子であり、

相手が誰であろうと関係なく、広い器で相談にも乗ってくれるという年頃の女子の

理想を余すことなく再現した超人。


(…正直言うと、結局は全員何処かで諦めが付くのに、どうしてそうも人気者に

縋るたがるのか__)

女子に取り囲まれている天野から遠く離れたベンチに腰掛け、購買で買った

メロンパンにかぶりついた。

久々にメロンパンをチョイスしてみたが、意外とイケた。今度もまた買ってみよう。

青空を眺めながら、もくもくと食べ進め、焼きそばパンを取り出した。

(さて、惣菜系はどんなものなのか__)

ほんのりと甘い味覚が残った口のまま、焼きそばパンを一口食べた時だった。


突然、私の頭上が暗くなった。

「?今日って雨だったっけ__」

不思議に思いながら顔を上げると、そこにはニコニコの笑顔を向けている私の

得意ではないタイプのイケメンがいた。

「や、桐野さん。今1人?横、座ってもいいかな?」

「あ…天野…さん?」

さっきまで長蛇の列の先にいた筈では?と視線をチラッと移すと、憎々しいものを

睨んだ数え切れないほどのまなこが、私を見ていた。

「いや〜俺さ、丁度一緒に食べる人たち探してたからさ〜」

「あのぅ…後ろで睨んでいる方々から選び放題ですよ…?私は1人で食べたほうが

皆で平和に解決できると思うんですけど__」

「俺はできるなら桐野さんと食べたいんだけど…駄目かな?」

「いや、ちょっと今日は1人で食べたい気分だな〜なんて…」

(絶対嫌なんですけど…。私は別に天野くんに憧れや理想を感じていない。だったら

私はここで抜け出したほうが良さそうだな…)

なんとか隙を見て、逃げ出そうかと考えていると、天野は「そっか」と一言を残して

元いたベンチに戻っていった。

私は急いで焼きそばパンを口に押し込み、その場を去った。

二度とこんな昼食はごめんだ。




____今日も退屈だった授業の時間も終わり、クラスメイト達は部活や習い事で、

全員すぐさま帰っていった。私は理科教師の高並たかなみ先生に頼まれた資料を

せっせと運んでいた。

本来なら、当番の柿水かきみずくんと運ぶはずだったのだが、家の手伝いで早く

帰ってしまった。

資料がパンパンに詰まった段ボールを、少し運んでは少し降ろすという作業を

繰り返しながら教室から一番遠い実験室へと向かう。

廊下から窓の外を見てみると、夕焼けが使い込まれたグラウンドを照らし、

1日の終わりを、いち早く伝えているようだった。

「はぁ…はぁ…あとちょっと…あと、ちょっと」

面倒くさくなって途中から段ボールを廊下に滑らせながら運んでいたのだが、

段ボールがところどころ破けてしまったため、ここからは持ち上げて運んでいくしかない。

「柿水くん…貸一つだよ、これ」

小雨はそうつぶやきながら、16段もある階段を登り始めた。


やっとの思いで実験室のある3階へと辿り着いた小雨は、ふうっと大きく息を吐くと

ゆっくりと実験室の手前へと段ボールを抱えながら運んでいく。


(それにしても、今日は教師の数がやけに少ないな…)

1年の教室が1階のためでもあるのだろうが、いつも廊下で挨拶を交わす

先生がいなかったり、基本は保健室にいる3人の先生も、今日は永谷先生が午後から

いたぐらいで、他の2人の姿は見られなかった。


少しずつ近づいてきた実験室は、うっすらと電気がついており、中には人影が複数ある。中で何か話しているようで、1人の声が響いているのもあるが、何故か反応する

声が聞こえてこない。

(こんな時間まで…まさか補導中とか無いよね?私、ああいう気まずい場に居合わせるの嫌なんだけどなぁ)

そんな軽い気持ちで、ドアノブを片手で捻った。

このとき、私は開けてはならない扉を開けてしまったのだ。




「あれ?桐野さんだ。お昼ぶり」

私の目の前に広がっていた光景は、目を塞ぎたくなるような、不快なものだった。


身体の至る所に、刺し傷や火傷の跡があちこちについた、理科教師の高並先生の

姿があった。足元を見るとスタンガンが転がっており、彼の足首には撃たれた部分が

黒くなっており、見ていて気分の良いものでは無い。


「天野く…な、なにをしてるの」

「なにって…ああ、コレのこと?別に何の恨みも無いんだけどさ、小雨さんに

荷物を運ばせる図々しさが気に入らなくてさ」

「え、と。私にはよく分からないんだけど__」

「……まぁいっか。ちょっと待ってね」

私が呆然として立ち尽くしている間、天野くんはガクガクと震えている高並の首を掴み、顔を覗き込みながら呪詛を吐くように喋り始めた。


「高並先生、あなたは僕と小雨が付き合っていると知っています。

 高並先生、あなたは僕と小雨が愛し合っていることを知っています。

 高並先生、あなたは来年、僕と小雨さんを同じクラスにすると提案します。

 高並先生、あなたは今、僕が小雨さんと___」


高並はただ、壊れたように首を上下に揺らしているだけだった。


ぶわっと体中の至るところに穴が空いたと錯覚するくらい、嫌な汗が吹き出す。

いつの間にか、私は走り出していた。



恐怖と吐き気で、おかしくなりそうな身体を奮い立たせながら、走った。


(異常だ、異常すぎる__あれが、学校1の美男子?女子の理想?)


靴箱まで必死に走る。1階の昇降口以外に学校を出る場所は無い。

そこまで逃げ切ってしまえば捕まることはないだろう。


私は気づけば昇降口まで降りきっていたらしい。

息が荒くなっているのも気づかなかった。


でも、天野の姿は無い。周りを警戒しつつ、自分の靴をそっと取り出し、

素早く履いて、そのまま外へと飛び出した。


陽が少しずつ沈みゆく中、私は駆け足で校門へと向かう。


一体、天野がどういった経緯であの狂人じみた行動をとったのか、私には

分からない。

ただ、私に分かるのは、あの場に居続ければ私もタダでは済まなかっただろう。

とにかく、警察に電話を__


カバンからスマホを取り出し、通話アプリを開いたときだった。



突然、目の前に黒い服を着た巨漢達が私を囲んだ。


「え…?」

「桐野小雨さんですね。司朗様のご命令の下、貴方の回収に伺いました」

「少し手荒で申し訳ありませんが、お許しください。全ては司朗様のために__」


私の記憶は、そこで途切れた。





『__司朗様。桐野様を回収しました』

「良くやった。後藤ごとうには後でボーナス、それから小雨さんと俺の

オーダーメイドの指輪を部屋に置いておいてくれないか?」

『かしこまりました。ところで_桐野様が目を覚まされましたら、夕食をお出ししますか?』

「ああ、そうだな。よろしく頼む」


天野司朗。由緒正しき財閥一家、天野家に生まれた千年に1人の〝天才〟と

呼ばれる頭脳を持つ男。


現在、天野家の家長かちょうの跡取りで分家同士でも争いが起きている中、

高校生になった彼の参入によって、有利な立場を立ち上げつつあった分家は複数

離脱し、司朗派の勢力に少しずつ取り込まれていった。


齢16ながら、勢力争いの三大勢力の一角へと約2ヶ月で上り詰めた実力者であるが、彼の本性を知っている者は誰一人としていない。

自分以外の者を信頼していない、孤独な狼でもあるのだ。


司朗は電話を切ると、端末をボディーガードの高円たかまどへと渡した。

「待たせて悪かった、出してくれ」

「了解しました_司朗さん。しっかし…『かこ』に選ばれるとは

あのお嬢さんも災難だな、ハハッ」

「…天野家の掟とはいえ、俺の独占欲だ。今回は俺が全て悪い」

軽く溜め息をつきながら、制服の内ポケットから1枚の写真を取り出した。



「やっと手に入れたんだ…二度と、過ちは犯さない__」


そう呟いて、彼は目を閉じた。





そうして、決して出ることのできない檻の中へと狼と兎は放り込まれた。


見物人のいない、サーカスのステージの端で。











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