転生者ふたり、あるクソゲーの隙間で

キヤ

閑話集 その1

閑話1 悪役令嬢は最強です

 ここ剣と魔法のファンタジーな異世界には妖精がいる。妖精たちが話す独自の言語――妖精語は日本語だった。学園では一年生の前期に妖精語の授業がある。


今日の妖精語は、いつもと少し変わった授業内容だった。二人一組で短い物語を選び、妖精語で読みあいをする、というもの。今日は物語を決めて練習をし、来週はその発表会がある。小学校に戻った気分だ。


 妖精語が堪能な俺のパートナーは、もちろん雪村さんである。


『桃太郎だな』


『桃太郎で』


 向かい合って三秒で課題が終了した。まだ授業時間はたくさん残っている。生ぬるいがスコーラ先生の監視もあり、真面目に取り組んでいる体を装わなくてはならない。


 ほかの子らがどうしているのか気になったが、どうせ来週には彼らの話を強制的に聞かされる苦行が待ち受けている。止めておいたほうが良いだろう。それに授業中は、好感度を気にすることなく作戦会議ができるまたとない機会だ。逃す手はなかった。


『そういや、このシナリオに悪役はいるのか?』


『魔王のことですか?』


『いや、そうでなくて、悪役令嬢とか……えーと、悪役令嬢の男版はなんて言うんだ?』


『さぁ……子息とかですかね?』


 漢字で書きだしてみる。


『あく、やく、し、そ……』


『息です』


『んっ、サンキュ。う~ん。弱いな』


『何がです?』


『字面』


 悪役令嬢と悪役子息では、明らかに令嬢のインパクトが強い。試しに令息と書いてみてもやはり弱い。


『画数の問題でしょうか?』


 俺からペンを取り上げ、雪村さんは几帳面な字で「悪役侯爵」と記した。


『おおー、強そう。令嬢よりタチ悪そうな感じ』


『ただ貫禄というか、四、五十代感か漂いますね』


『あーフレッシュさはないなぁ』


『そうなんですよ』


 はたから見れば俺たちはずいぶんと真剣に話し合っていたことだろう。内容は全く違うが、妖精語で話しているので先生からとがめられることもなかった。


『公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵……。令嬢、令息、子女、子息、夫人、夫君……』


『悪役侯爵令嬢夫君まで長くなると、脳が拒否反応を起こすな』


『では、その手前で考えた方がよさそうですね』


 結局のところ作戦会議は一つも進まず、「悪役」がついて字面が最強な身分が何かを検討するだけで授業時間を終えた。そんな俺たちに達成感など一グラムもあるはずもなく、徒労感でいっぱいだった。


 ちなみに一番強いのは「悪役侯爵夫君」に僅差で勝利した「悪役男爵令嬢」に決定した。雪村さん曰く「字面で一瞬混乱を覚えるのが決め手」だそうだ。




 翌週、妖精語の授業前。


「あー、時に雪村さん」


「はい」


「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。の続きってなんだっけ? よろづの事? よしなし事?」


「『野山にまじりて竹を取りつゝ、よろづの事に使ひけり』ですが、それは竹取物語です。僕たちが発表するのは桃太郎ですよ」


 「『よしなし事』は徒然草です」と言いながら、雪村さんは鞄から紙を取り出した。桃太郎の全文である。


「……どんぶらこ? どんぐりこ、じゃなかったけ?」


「それは童謡の『どんぐりころころ』です。しかも二重に間違っています。正確にはどんぶりこ、です」




 持つべきものは雪村さん、である。

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