第一話『政川紫水は恋をする』

第2話

17時4分


――どうしよう。


私こと政川紫水まさかわしすいはスマホ片手に呆然と立ち尽くしていた。私は塾に行く前、妹お手製のおにぎりを夕ご飯代わりに食べる。


――塾で食べてもいいんだけど・・・ぼっち飯は嫌。


私が受講しているコースには友達がいない。というか私の高校から遠すぎるせいで、この塾で学年性別問わず同じ制服を来ている人を見たことがない。ただえさえアウェーな空間なのに、周りの他校の子達が談笑している中、私一人だけ席に座ってスマホいじりながらおにぎりを食べるなんて・・・。


――そんなの絶対無理なのに!何で席空いてないの!?


塾から近く、座って食べれる場所であればどこでも良いんだけど、政川家が使用している占いアプリ『sou』では『今日の食事は駅構内にある商業施設の休憩スペースでするのが〇』と表示されている。


――このままだと立って食べるかしゃがんで食べるしかないけど・・・そういえば!


ここで私は、改札を通った先に小さめの休憩スペースがあることを思い出した。


――うん!『駅構内』は間違ってないし、場所もここの丁度真上にあるから大丈夫だよね!


自分に言い聞かせつつエスカレーターで2階に行き、ICカード乗車券を通して入場した。


――良かった。誰もいない。


畳でできたベンチが設置されているスポットは最近できたばかりらしく、私も立ち寄ったことはなかった。早速スクエア型のベンチに座っておにぎりを食べる。


――今日は焼きたらこだ~!しかもたらこが2個も入ってる!ぜいたくー!


妹が作るおにぎりは絶品で何個でも食べられる。でも食べすぎると眠くなるので、妹は2個しか持たせてくれない。


――味わって食べたいけど、ヤバ!そろそろ行かなきゃ!


残りを一気に口の中に入れたその時、他校の制服に身を包んだ男子生徒が現れた。さらさらストレートのこげ茶色の髪、冷たい印象を抱かせる切れ長の瞳、口も鼻も肌も整形したかのように完璧な形、状態でバランスよく収まっている。


私は咀嚼も忘れて彼を凝視した。


――あ、熱い。


さっき食べたものが爆速でエネルギーに変換されていくのを感じた。心臓の音が激しい運動をした直後のようにうるさい。


彼は私を見ているのか見ていないかのような目の動きのまま背を向き、前方にある長方形のベンチに座った。顔が見えなくなったことで少し正気を取り戻した私は唾を飲みこもうとして――おにぎりを喉に詰まらせた。


「んぐふうっ!!」


――お、お茶!お茶!


「んっ、んっ・・・ふぅ、っけほ、っ、はぁー、はあぁ・・・」


慌ててお茶で流し息を整える。涙目になりつつ前を見ると、彼は細くて長い脚を組んで漫画雑誌を読んでいた。


――き、聞こえたかな。見られては・・・ないよね?聞こえないフリしてくれてたとしても恥ずかしくて死ぬ!


初手米が喉に詰まって悶えてる女なんてドン引きものだ。でも。


――おにぎり口にいっぱいつめてる所は間違いなく見られた・・・!?何ですぐ噛んで飲み込まなかったんだ私のアホ!絶対間抜けな顔してた・・・。初対面がこれとか最悪・・・話しかけたいけど、今日塾あるしなぁ。んん?塾?


私はスマホを見ると『17時56分』という非常な文字が目に飛び込んできた


――ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!


いくら駅から塾が近くても4分で行ける距離ではない。それが分かっていたとしても私は、一目惚れを忘れて全速力で駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る