第14話 真っ赤な目
「あなたはあのあと、聖女様がどうなったか知っているか」
「急になに? 知らんけど」
それは教育が始まって三回目。つまり三日経過した頃のこと。
魔法使いが歴史書として持ってきたのがみーちゃんに渡されたのと同じ絵本だったので、私は特別大きな苦虫を噛み潰した顔をしていた。
そんな私を気にせずに、単語を教えていた魔法使いが関係のない話を始めた。
「聖女様は魔王討伐メンバーを辞退した」
「へー」
「あのとき雷が髪を焦がしたらしい。子供の癇癪がそこまで苛烈だと知らなかったようで、大層怯えているそうだ」
「もしかしてあの癇癪が一般的だと思ってる?」
アレはみーちゃんだからであって、普通の子供は癇癪で雷を召喚しない。
雷かってくらいの声で泣き喚きはするが、雷本体は召喚しない。
アレが普通だと思っちまったら子育てできなくなるんじゃない? どうでもいいけど。
「性格はアレだけど実力はある女だから、神殿側がここぞとばかりに囲い込んだとも聞く。結婚せずに生涯聖女として生きることになりそうだ」
「なにそれどういうこと? 神殿に囲われると生涯独身が決定なの?」
「聖職者の婚姻は認められていない。婚姻する場合は職を辞して世俗に還る必要があるが、そうなると聖女はただの女になるから認められた例しがないな」
宗教とか知らないけどそういうもの?
子育てできなそうとは思ったが、本当にできない環境に行くことになるということか。つまりなんの問題もなく平和じゃね? とか思うのは間違いだろうか。
しかし…つまり神殿って禁欲の塊なのか。
(つまり、神殿関係者にハニトラしたら相手側に破門の危険性ありってこと? 厳しっ)
また一つ情報収入先が消えてしまった。神殿の関係者ってなんか偉い人っぽいおじいちゃんしか知らないけど。
そうか、あのおじいちゃん独身なのか…可哀想に。童貞の可能性も出てきちゃったな…。
かなり失礼な思考で憐れんでしまった。
まあ、聖職者ほど爛れているって聞いた事もあるから、独身だろうと爛れているかもしれないけど。だけどそういうのは上の偉い人が腐っている場合なので、実際のところわからない。
「そもそも魔王討伐は勇者様が成長してからになるので、メンバーは選定し直しになる」
「つまりアンタはお役御免ってこと?」
「年齢的にそうなる。これからメンバー教育が始まり、俺の弟子が選ばれることになるだろう」
「決定事項みたいに言うじゃん」
「俺の弟子が選ばれないはずがない」
「つまりそれなりの弟子がいるってこと?」
「これから見つける」
「いねーじゃんそもそも弟子が」
「だが俺の弟子なら選ばれて当然だ」
「居ない奴の話してんの意味わかんない」
何が言いたいんだこいつ。
(つまりなに? 優秀な俺が育てた奴はもれなく優秀ってこと? は? その自信どっからくんの? ナルシスト野郎ってこと? いった~い)
マジで痛い。痛々しい。間違っていないといわんばかりの真顔からしてマジ痛い。
早く家庭教師替わらないかな。災害が起きているなら魔法使い必要じゃないの? こいつ持って行ってよ。
しかしこいつの言っている内容は理解できた。
勇者のみーちゃんが幼女だから、彼女が成長して選ばれるメンバーも現在は幼児。もしくは最近才能が見込まれた若手とかになる。
自称聖女が言っていた、勇者の後見人となって栄誉を得るとかそういうの、討伐メンバーでもあり得ることだ。この魔法使いが今からメンバーを育てて、育った奴の後見人として大きい顔をしたとしても驚かない。というか俺の弟子ならできて当然って後方師匠面してそう。うざいな…。
(みーちゃん以外にも魔王討伐教育の被害者たくさん居そうだな)
ちょっと可哀想とも思ったが、この世界のことだからこの世界の人間でなんとかして欲しい。魔王を倒す努力ってことで、がんばれば?
(主力がみーちゃんってのが気に食わないけど)
気に食わないが、魔王討伐以外でマナを増やす方法なんて異世界人にはわからない。
そもそも帰還の儀式が本当に成功しているのかも、この世界の奴らはわからないのだ。
(あーもうほんと、どうしろっての。セバスチャンとか色々してくれてるのわかるけど信じ切れないし、顔だけ王子はそもそも信頼できないし、この魔法使いも目付きが怪しすぎて全然頼れないし…時間かけすぎるとみーちゃん大人になっちゃうし)
私だって親の顔が見たいと思うのだから、幼女のみーちゃんが思っていないはずがない。
態度は柔らかくなったが、夜泣きは絶対だし癇癪が起れば「おかーさんがいい!」は相変わらず発動している。だというのにしっかり手は私の服を握って放さないので、私の鼓膜は常に瀕死だ。
このままこっちで大人になったら、みーちゃんはその「お母さん」の顔もわからなくなってしまう。
(やめてよーほんとやめてよそういうの。なんにもできないのに私がなんとかしないといけない気がするからほんとやめてよー)
焦るから本当にやめて欲しい。
なんて嘆いていたら、目の前の魔法使いが真面目な顔をして問いかけてきた。
「勇者様が成長なさる頃には、お前の手を離れているな」
「は? …一々お世話する必要がないくらいにはなってんじゃない?」
その前に帰りたいけど。
帰りたいけど、魔王討伐ができるようになるなら子守の存在は必要ないだろう。十代後半、二十代で子守がいる勇者様っていやだ。私、子守じゃないけど。
魔法使いはじっと私を見詰めながら何か考えている。
眼鏡越しの赤い目が、なんだかもの凄く気持ち悪い。
何見てんだこら。
「なら別に、確実に必要ではないな」
「は?」
とっても失礼なこと言ったぞこいつ。
イラッとしながら魔法使いを睨み付ける。魔法使いは一度俯いて、シャープな眼鏡を外した。
何さ。眼鏡を外したらめちゃくちゃ美形だったとかそういうのできない顔しているのに。ここで眼鏡を外すの何?
訝しみながら睨み付けていたら、顔を上げた魔法使いと目が合った。
気持ち悪い。
真っ赤な目。
カラコンじゃ出せない、違和感のない赤。悪いのは色じゃない。こいつの私を見る目付きが最悪で。
目が。
あれ。
なんで私の身体、動かなくなってんの?
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