悪の組織幹部の休日

異端者

第1話 悪の組織とヒーロー

「お前たちは完全に包囲されている――」

 お決まりの文句が警察から放たれる。

 バスの中で、悪の組織の幹部、シャドーマスクは部下たちと共に平然とそれを聞いていた。

シャドーマスクは黒ずくめのコートに黒い仮面、黒い長髪をした全身真っ黒な男だった。

「どうしましょうか?」

 その部下の覆面をした戦闘員は、シャドーマスクの指示を仰ぐ。

「構わない。放っておけ。人質の方から目を逸らすな」

「了解」

 手慣れた様子で指示に従う五人の戦闘員たち。全員銃で武装している。


 彼らは悪の組織「マッドペイン」の構成員だった。

 今回の作戦では、長距離バスの駐車中に乗り込んでバスジャックで身代金をせしめる目的だったが――


「身代金の用意はできたか? 時間内にできないというなら、十五分オーバーする度に一人ずつ殺す」

 シャドーマスクが叫ぶ。声こそ大きいが落ち着いた口調だ。

 乗客は不安そうだが、戦闘員たちは安心した様子でそれを見ている。

 ――この方なら、問題ない。上手くいく。

 突然、警察の方から歓声が上がった。それだけでヒーローが到着したのだと分かる。

 警察の群れの中から、五人組の覆面スーツ姿のヒーローたちが姿を現す。

 ヒーローの名は、剣士戦隊ブレードメン。その名の通り剣状の武器を全員腰に差して、レッドを隊長として、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクで構成されている。ちなみにピンクだけ女性で、他は男性である。

「現在の状況は?」

 その隊長のレッドが警察に確認する。

 警察の人間は丁寧な対応で説明をする。この地方では、大きな事件は彼らのようなヒーロー頼りだった。

「なるほど、身代金はアタッシュケースの中か……俺が持っていこう」

 レッドは、返答を待つまでもなく持っていこうとする。異議を唱える者は居ない。

「身代金を渡すから、人質を解放しろ」

 レッドは平然とそう言い放つ。人質を取られているからと下手に出る様子はない。

「いいだろう。お前一人で持ってこい」

 シャドーマスクはそれに応じた。そして、そちらに聞こえない声で部下に指示を出す。

 正直言って、戦闘員の銃はヒーローたちの特別仕様のスーツには弱い。当たってもせいぜい殴られた程度のダメージを与えるぐらいだ。頼りになるのはシャドーマスクのコートの下にある特殊合金製のブレードしかない。

 レッドがゆっくりとこちらに歩いてくる。

 アタッシュケースをバスの前の地面に置いた。

「ここに置く。取りに来てくれ」

「分かった」

 シャドーマスクが部下の戦闘員を全員引き連れてバスを出た。

 その瞬間、バスの中には安堵のため息が漏れた。

「約束通り、これは貰う」

 シャドーマスクは片手をポケットに突っ込んだままケースに手を伸ばした。

「今だ!」

 レッドは腰の剣を引き抜き、襲い掛かろうとする。背後で見ていた他の仲間たちもそれを続こうとしたが――

 プシュー!

 突如として、煙が舞い上がった。それに気を取られてレッドの動きが止まる。

 シャドーマスクがポケットに隠し持っていた煙幕を使ったのだ。

 一瞬にして、辺りは煙に包まれる。

 シャドーマスクと戦闘員たちはヒーローも警察も撥ね退けて正面突破する。


 煙幕が晴れて、視界が開けてきた頃には彼らの姿はもうなかった。

 当然、ケースも持ち去られていた。

「くそおおおおおっ!」

 してやられた彼らの中の誰かが叫んでいた。


 運送会社のコンテナ車が走っていた。

「上手くいきましたね! シャドーマスク様!」

 戦闘員の一人が、彼にそう声を掛けた。

 このコンテナ車は、彼らが活動を行うために使う隠れ蓑だった。コンテナの内部には座席が取り付けられ、長時間の移動にも疲れないように配慮されている。

「全部、本物の札でした。間違いありません」

 アタッシュケースの中身を確認していた戦闘員が言った。

「ふむ……まずまずといったところか」

 シャドーマスクは冷静だ。

「そんな、大勝利じゃないですか!? もっと喜びましょうよ!」

 戦闘員たちは浮かれている。

「勝利か……まあ、そうなんだが」

 シャドーマスクは何かを思案しているようだった。

「もしかして、あのヒーロー共ですか?」

 戦闘員が尋ねる。

「まあ、そんなところだ」

 最近、ヒーローたちが目障りなのか、彼は機会を見て始末するように言われていた。

「あんな連中、シャドーマスク様にかかれば大したことないですよ!」

 戦闘員たちは本気でそう信じているようだ。

 もっとも、そう思うのも無理はない。彼の担当した作戦は滅多なことでは失敗しない。その甲斐あって、組織の上層部からも信頼が厚かった。


「……それで、今回もしてやられた訳か」

 ブレードメン基地の司令室で、金田かねだ司令は天を仰いだ。

 目の前には、ブレードメンの面々が揃っている。

「はい、彼らは目的を達成すると即離脱しました」

 レッドが苦々し気に答える。

「ちくしょー! あいつら向かってくれば返り討ちにしてやるのによ! 平気で逃げやがる!」

 ブルーが我慢しきれないというふうに言った。

 そうだった。これまでの悪の組織は戦ってナンボ。正義のヒーローと一戦交えて散れるのなら本望と意気揚々と向かってきていた。だが、シャドーマスクはそんな無謀な作戦はしない。目的を成し遂げたら早々に引き上げる。

「ブルー、落ち着け。指令の前だ」

 グリーンがそうなだめた。感情的になりやすいブルーに比べるとグリーンは落ち着いていた。

「いや、すいません……でもよぉ……」

 ブルーはまだ言いたげだ。

「まあ、また警察から応援要請が来るまで待つしかないんじゃないか?」

 イエローが軽い口調で言った。性分なのだろう。

「しかし、シャドーマスクは民間人を手に掛けたことはないようですね」

 ピンクが恐る恐る言う。

「ああ、脅し文句で殺すと言ったことはあるが、今回の人質といい、実際には……とはいえ、身代金のことなどは到底見過ごせるものではないが……」

 金田は忌々し気に言った。

 ――いっそのこと、人的被害を出してくれれば好都合なのに。

 そう暗に言っているようだった。

 悪の組織、マッドペインの中でもシャドーマスクは一般人を殺さない。人的被害を極力出さない方向で進める。そのため正義の組織としても強硬策に出辛いというのが本音だった。今回のバスでも、様子を見ていては危険が大きいと判断すれば突入もできたはずだ。

「そ、そうですね……」

 ピンクも力なく賛同する。

「一般人の中には、面白がって彼をヒーロー視する者さえ……逆に我々ブレードメンの立場は――」

 グリーンが少し躊躇ってから言った。皮肉なことだが、彼の状況判断は正確だった。

「もういい! 次回の出動まで、各自待機!」

 金田はそれを遮ると、強引に場を締めた。


 アタッシュケースを受け取ると、高齢の白衣の男、プロフェッサーXは満足げに口を開いた。

「ご苦労だったな。ゆっくり休むがいい」

 彼の目の前には、作戦から帰還したシャドーマスクと戦闘員たちが居た。

 ここは地下深く、マッドペインの秘密基地だった。

「はっ! ありがとうございます!」

 シャドーマスク以下、その部下たちは恭しく頭を下げた。

「はは、そんなにかしこまらんでもいい」

 プロフェッサーX、通称教授は気さくな様子で言った。

 教授はシャドーマスクに「教育」を施した人間であり、ある意味師弟関係にあった。彼自身は弟子の活躍を微笑ほほえましく思っていた。

 シャドーマスクたちがその場を後にすると、それを教授の背後で見ていた部下が言った。

「しかし、よろしいのですか? 今回も、ブレードメンの連中を放置してきた訳ですが……」

「何も殺すばかりが能ではないだろう。彼らに対しては、必要になった時でいい」

 教授は意に介した様子もなく言った。

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