刺さらないナイフ

@786110

刺さらないナイフ

 あたしのナイフはなぜか刺さらない。どれだけ明確な殺意を持って突き刺しても、まったく手応えがない。とてもあっさりしている。

 ちゃんと傷つけられたのか確認するけれど、当然、相手はケロッとしている。わけがわからなかった。やっていることは他の人と同じなのに、あたしのだけ、なんの感触もないなんて。

 相手が屈強な大男というわけじゃない。いつも教室のすみっこでびくびくしている、陰気な女の子だ。名前は知らない。

 放課後になると、いまは使用されなくなった空き教室に彼女を連れ込んで、複数人でいじめに及ぶ。

 そこまでは、底辺私立高校では日常茶飯事の光景。

 犯行グループが暴力に訴えることはなかったのだけれど、代わりに、鋭いナイフで彼女を突き刺すことが常だった。

 言葉の刃。

 容姿や趣味を罵倒し、エンコーしてるだの風呂入ってないだの、根も葉もない情報を持ち出してはバカにする。

 あたしはただの傍観者だったのに、周りの友達に流されて、彼女にひどい言葉を投げつけた。

 泣いていた彼女は、なぜかあたしのときだけ、慈悲の眼差しを向けてきたのだ。

 理解できなかった。そして、無性に腹立たしかった。

 あたしの言葉にだけ、余裕を見せるなんて。

 それじゃあまるで、みんなの標的になるのを恐れて威勢を張っているあたしの心根を、見透かしているみたいじゃないか。

 あたしが昔はいじめられっ子だったことを、彼女は見抜いている。そんな気がした。

 許せない。

 無抵抗な彼女も、こうやっていじめに加担している自分も、いじめているやつらも。

 あたしは、ナイフの切っ先を、彼女にではなく、いじめの主犯に向けることにした。

 群れることは悪くないけれど、群れることでしか安心感を得られないなら、そこに自我なんてない。

 それに気づかせてくれた彼女に感謝し、あたしは、主犯に猛然と立ち向かった。

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