第ニ話 大作の対策

 誰もが秘める心情を嬉々として吐露した先駆者は、早々に二番煎じであろう者に顰蹙を買われ、不満げに席を立ち上がる者が居た。


 異様な生物を象る仮面にそっと手を添え、重苦しきタンクに繋がれた管ごと取り外し、無造作な黒色に覆われた前髪が舞い落ちる。


 それはまるで花吹雪の如く身に纏う、古の国の軍人と学生の織り混ざる制服に落ちて。


 端正な顔立ちと血走った眼差しを見せる。


「13番。私は席を立って良いとは、一言も」


「先生」


 深海さながらの叱咤を綺麗に跳ね除けて、直様、秘色に染まりゆく鋭い眼光を突き刺す。


 一滴の鮮血の雫を机上に落としながら「何故、此処の特徴を掴まずに生きるのですか」


「口を慎みなさい」


「それが我々、生きとし生けるものの性でしょう。それとも貴方は生ける屍なのですか」


「それ以上……」大変、起伏の穏やかな遅れ馳せながらの忠告も虚しく、疾うに13番の背後には更に凹凸の失われた機械人形の姿が。


 そして、先刻から淀みの漂っていた教室中により一層重き影を落とし、戦慄が走った。


「不純物をハッケン。捕縛し、連行します!」


「言われなくとも退室しますので御安心を。では、失礼致します。亡霊紛いの先生様方」


 泰然と回廊を闊歩し、その場を後にした。


 完全に蚊帳の外に放り出されていた14番は、心なしか物憂げな表情を浮かべて問う。


「か、……13番はどうなるのでしょうか?」


「心配する必要はないよ。きっと大丈夫さ」そんな明るい表向きとはまるで異なる形で、こっそりと教卓の幾重にも重なる書類を滑らせ、個体識別番号の有無を垣間見てしまう。


 緩慢に歪に曲がる瞳を閉ざしつつ、顔に手を当て、流れるように無き髪を掻き上げる。


「どうかされました?」


「いえ、何でもありません。それでお話というのは、あの地球儀に関することですね?」


 何度となく視界を頼りに机に載せられた、神々しい平面の箱に浮かぶは淡く透き通った大海原が澄んだ水飛沫を波打つ姿であった。


 それから共に14番の机の元へと進みゆき、教師は仁王立ちのまま地球儀を愛撫する得も言えぬ姿を見下ろし、柔らかに問い掛ける。


「其々の人種別の隔離や比較的他者に対して無関心な国への移送はもう終わったかい?」


「はい。ですが、却って移民による身勝手な自己理念の終始貫徹で移住先の国での文化の違いを尊重ではなく蔑ろにすることを選び、あまつさえ働き口を拒否した上での高待遇希望や過激派な異教徒による宗教の布教などといった国際問題になり兼ねない一方的な我儘を押し通そうとして自国民との軋轢を生じ、更なる差別のきっかけとなっているようで」


「そうか、それは参ったなぁ、うーん。確か、あの頃は……国連やNATOはどうだい?」


「そ、それが日本という国のアニメに対する表現の規制及び放映自体の禁止に躍起になっていて――海賊版による多額の損害やアニメや映画のキャラクターを違法で政治利用したことに関しては、まるで黙認しているのに」


「世界各国で飢饉や戦争も起きてるのにねぇ。暇なのかな、要らないのかぁやっぱり」


「はい」


 内蔵された部品が外部に投影されたとても円な蒼き両眼を露骨に落とし、真っ赤な塗装に全身を覆い尽くされた機械なる面持ちを、


「ハァー」深々と波打つ嘆息を漏らしつつ、


 二足歩行型のホモサピエンスの模倣生命体ならではの沈んだ面持ちが水面に触れそうになり、無き髪に飾られた一種にして無数の絢爛豪華な宝石を硝子板のように長方形をキラキラと眩く輝かせ、傾ぐ度に鈴のような音色を奏でて生徒を騒音に悩ませていた。


 そんな他者から同情を誘う哀愁を漂わせ、周囲からの眼差しには鯨偶蹄目シカ科に属する奇怪な殻を被りし謎の生命体と見做され、


「さて、どうしたものかな」足組みをして、

不思議と二本の車枝のツノの折られた一つを長々しくか細い骨が剥き出しの指先で掻き、不気味な頭蓋骨と欠けたツノ以外を真っ黒なローブに包み込んだ身は正に未知な教師は、流れるように人差し指を天高く突き立てた。


「今は何世紀だい?」


「二十一世紀、前期です」


「なら、宇宙人を襲来させるのはどうだろう?」


「宇宙人。ですか。とても良い案のご提示、有難う御座います。しかし、この時代でも陰謀論者らは無数に存在しますが、急激な展開に大衆はあまり適応出来ないかと思われます」


 綺麗に投げ返されたボールを受け取った瞬間から忽ち、振りかぶるモーションに入り、「そこら辺はあまりに心配しなくて大丈夫。一部の人間が感化さえしてくれれば、それは時と共にやがては全体へと伝播するからね」


「なるほど、では、やってみます」


「はい、くれぐれも気を付けて」


 教師は腫れやかにくるりと踵を廻らせ、雑多な彩りを兼ね備えた生徒たちに目を配る。


「人という概念が100年で死んでしまうのは、魂の循環の浄化が起因していると思うんだ」

「何故だ、初期の路線を変更させたのか?」


「人類史に於ける地球に滅亡と言う、最も畏怖されるピリオドを打ちたくないのであれば、人間そのものの知能指数を上げることが大前提じゃないかと、自分は思うんだ」

「でも、一見、劣っているとされる病の一つも、人類に於いては大きな進化とも云われているよ」

「そんなのを待っていたら氷河期が来るよ」

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