第5話 魔女VS超能力者


「どういう事だクワガタ!」


 男が怒号をあげる。

 憎悪が重なり圧が増して広がっていく。怒りを発散させたくなる衝動を理性で抑え、暴れる感情だけを奴に向ける。

 だが肝心の対象は平然としていた。


『どうにもこうにも、俺は知っている事を言っただけだ』

「ならっ……!」

「待ちなさい宮本君。少し落ち着いて」

「そんなの落ち着けッ……! ……ふぅ、すみません。少しだけ落ち着きました。朱里あかりが」

「気持ちは分かるわよ。けれど今は取り乱しても何も変わらない、彼女が少しでも早く助けられるように行動しましょう」

「……はい」

『…………………………へぇ』


 そこからの監視室は沈黙に包まれた。

 日向も宮本も何も言えず、クワガタの怪人は口角が少し上がっただけ。

 そんな気不味い雰囲気をぶち壊す変化が。

 扉がスライドした音と共に足音が一つ入ってくる。


「日向ー! 来たわよ〜!!」

「…………ビューティー。やっと来たのね」


 入ってきたのは長い茶色の髪が顔半分を覆っている女性だ。高身長でスレンダー。しかも膝の下まで伸びている白衣をドレスみたいに着こなしているお陰で、大人の妖美さをコレでもかと出している。


 そのビューティーと呼ばれた女性が持っていたのは、日向が大好きなホットココアだった。


「ほらココア。最近忙しくて疲れてるでしょ、ほんのちょっとだけどコレ、私特製のものよ」


 気のせいか日向の雰囲気も和やかになった……ように見える。


「ありがとう……ふぅ。貴方が入れるココアはいつも美味しいわね。しっかり好みを握られちゃっているわ」

「当たり前でしょ、両親と師匠の次に見ているのは私なんだから」


 日向とそれより頭一個分背の高いビューティーが和やかに会話している。互いに心を許しているようで、暖かみのある笑顔をしながら言葉を交わすのみ。

 側から見れば姉妹と勘違いしてしまう、そんな光景だった。


「それじゃあ宮本君。貴方は少し休んでいて。後でビューティーにこの施設の事を教えてもらうわ」

「会長は?」

「彼と会話を続けるつもり。……何となくだけど彼なら気がするのよね」

「こら〜日向。早く飲まないとココア冷めるぞ〜。私特製のココアが冷めるぞ〜」

「あぁごめんなさい」


 後ろからプクー顔で話しかてくる可憐なお姉さんに急かされて、日向はいけないいけないと、ビューティーが持っていたコップと白い皿を受け取ろうとして……





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





「ねるねる〜ねるねるね〜」



 同時刻

 洋館の上空にて



「充填中〜充填中〜」


 少し欠けた月を背後に箒に跨ぐ魔女が一人。

 空に大きな魔法陣を描いて、そこへ魔力を注入していた。

 洋館の真上に浮かぶ光る輪っかは幻想的で、見るものを魅入らせる美しさがあった。


 ただしかし。

 魔法陣の矛先が真下……洋館となれば話は別だが。


 魔法陣の紋章が描き終わり、魔女の攻撃準備はコレで整った事になる。念の為に魔導書も開き、彼女は最後の仕上げと口を開いた。


「それじゃあ……砲撃 か・い・し⭐️」


 魔女の言葉を合図に魔法陣から放たれた極太の光は、極太の線を描きながら地上へと落下。

 そして洋館は眩しすぎる光に包まれた。





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「キャア……!」

「うわぁ!」


 同時間。

 地下では未曾有の地震に襲われていた。


 尋常じゃない揺れに転んでしまう者。

 転ばないように物にしがみつく者。


 コップを落として割ってしまう人に、そのコップの所へ転んで怪我をしてしまう人などなど。


 突如の襲撃に地下は混乱していた。


「状況どうなってるの!」


 日向……リーダーがの声が響く。

 大きな揺れの音の中でもハッキリと聞こえるそれは、確かに観測員の耳に届いた。


「三秒前に、上空から莫大なエネルギー光線を感知。それが洋館に激突しました!」

「損傷は、それに観測は何やってたの!」


 他の職員はともかく、リーダーの鋭い声で混乱が解けた観測員が、すぐさま現状を確認する。


「地下は問題ありませんが洋館は十八パーセント損傷。観測は今まで感知した事のないものです……いえ、近類のモノなら発覚、通称クワガタ怪人から発せられた未知なるエネルギーに近い事が判明!」


 混乱している人もいるだろう。

 だがアヴホールスは歴戦の組織だ。

 昔から何度も人の力を超えた存在と敵対してきた。

 それこそ超能力者と魔法使いも相手にしてきた。


「分かりました、それでは──」


 よって復帰も速い。

 日向が現状把握に努めていた人から聞いた三、四点の情報さえあれば十分だと、会話を終えたらインカムを手に持つ。


『リーダーの日向です』


 通信先は地下にいる職員全員。


『現在ここアヴホールス支部にて、正体不明の敵の襲撃に遭っています。すぐさま戦闘レベルを3から1に変更、重症を負った人は医務室へ。また地下一階の入り口は結界と魔法の二重構造で塞いでください……各自、最善の行動を求めます。以上!』


 短くしかし的確な指示を出す日向。

 既に彼女の頭の中ではこの混乱をどう収めるかではなく、地上にいるである敵をどう対処するかに考えが変わっていた。


「ビューティー大丈夫?」

「大丈夫よ。ちょっと血が出ちゃっただけ」


 さっきの地震……というより襲撃による振動によってココアを渡そうとしていたビューティーは怪我をしていた。

 ただ彼女が言うように大したことはない。

 バランスを崩して、地面に落ちて粉々になったコップ片がある場所で手をついてしまった。それだけの事である。


 時間帯が夜なのも運が良かった。  

 今の洋館に人はいない。つまり人的被害も殆ど無し。

 これで襲撃者を速やかに撃退すれば大した被害もなく終わらせる事ができる。


「そう……なら問題ないですわね。宮本君、いきなりで悪いけど──」


 そう思って早速、参加してくれたを呼ぼうと振り返ったが──


「う……! げ、ぼぉ…………!?」


 蹲って戻している宮本の姿が見えた。

 苦しそうだ。まるで何かに怯えているようで、恐怖に耐えきれずにいるようにも見えた。


「どうしたの宮本君、誰かに襲われたの!?」

「い……え、多分トラウマのせいです。でも血を少し見ただけで……?」


 死に近づきすぎたが故の、死に対する拒絶。

 死を覚えた事によってソレに近づくと体が勝手に震えてしまい、最悪今の彼みたいな事になってしまう。


 その事は彼も分かっていた。

 ただ血を見ただけでここまで酷くなる事は今まで無かった。はっきり言って異常である。


(そもそも血を見る事ぐらい、今までにも何回かあっただろ! 何でこんな時に限って!?)

 

 学校で料理の勉強をした時に、誰かが指を切ってしまった。当然血がダラダラなんて光景も見た。

 だけど怯えてもいないし、その時は痛そうだなと思っただけで平然としていた。


 なぜ?


『宮本君も気をつけてよ。私も痛いの見るの嫌だし』

『それは同感、気をつけるよ』


 そんな会話を朱里あかりとしていたはず。

 ……いや逆に、彼女がいたから問題なかったのか?


(ふざけるな。人の命が掛かってるんだそ! そんな一人居ないだけで何も出来なくなるとか……!)


 情けない。

 宮本はそんな気持ちで怒りに染まる。爆発した感情でどうにか恐怖に抗おうとした。

 だが怒りで恐怖に打ち勝つ事はできず、手はいまだに震えたまま。


「すみません、こんな醜態晒して……すぐに震えを何とかします……!」

「いえ、貴方はここにいて」

「え──?」


 止まらない震えを抑えようと、精一杯力を込めながら立ちあがろうとする宮本に待ったをかけたのは、他ならない日向だった。


 声と共に肩に添えられた温かい手。

 すぐさま顔を上げれば日向の顔が見えた。

 けれど彼女の顔には焦りも失望もない優しい顔。

 宮本は見覚えがある。

 それはただ守る為に戦う人の……


 ヒーローの表情だった。


「考えてみれば、さっきのお願いは身勝手すぎたわ。貴方は昨日まで普通の人間だし、そもそも特別な力を持ったばかりの人に重大な責任を負わせるなんて……」


 そんな事ない。むしろ僕が──

 否定の言葉を吐き出そうとして、結局トラウマの震えがソレを許さなかった。


(クソっ……なんて情けないんだ。止まれよこのトラウマさぁ……!)

 

 覚悟を決めた日向は立ち上がり、何の後腐れもなく出口へと歩き始める。その姿はまさしく戦士のようで。

 出口の一歩手前で止まった。


「宮本君、貴方は悪くないし罪悪感に陥る必要もない……それにね、私は負けるつもりないの」


 一人でにスライドする扉を超えて、閉まる直前に振り返る。自信に溢れた顔を残して──


「今まで私はこの組織と一緒に、この町を守ってきたから」





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の言う通りだね〜……この屋敷は随分と戦いに


 箒で空に佇みながら魔女はのどかに言う。

 車がボールの大きさまで小さく見える標高で。

 彼女が座れるスペースは箒の細い一本だけ、だと言うのに彼女は余裕そうだ。それだけ箒に佇む行為に慣れているのだろう。


 それより少し崩れているだけの洋館だ。


 魔女が持てる遠距離最強の魔法技。

 アレをも放ったというのに、結果は外見が少し崩れている程度。瓦礫がそこらかしこに転がっているが、大元まで攻撃が届いた形跡がない。損傷を与えられたのは外見だけと言う訳だ。


 彼女が元の世界なら小さい要塞くらい塵芥にできるというのに……


「いやぁ〜私が知っているのと少し違うから何とも言えないけど。ここの防衛設備と練度は見事なモノだねぇ」


 敵ながら褒める魔女。

 しかしそれほどまでに出来ていた。褒めたくもなる。何なら彼女が今まで敵対してきたどの要塞より、挑戦しがいがある。


「しかし。だからこそ何でかなー」


 と……ここまで褒めちぎりだったが、魔女にとっても許せない点があった。

 真っ白なところにちょっとでもがあればそこに目が行ってしまうように……彼女は不満を溢す。


「この洋館、いくら何でも目立ちすぎだろう」


 そう言ってしまうのも仕方がない。

 何せ真っ赤なのだから。もはや吸血鬼が住んでいると言っても納得するぐらいの真っ赤だった。

 魔女はどうしてもそこが気に入らなかった。

 かく言う彼女の服装も紫一色なのだが。


「周りはなんか普通」


 洋館周りの建物は一般的な配色になっている。


「だと言うのに……アレだけ赤っていうのは」


 ──ナンセンスだ。


 そう魔女は評価を下した。

 もし近くに洋館の主が居たら激おこだろう。

 とはいえ彼女がこんな事を言っても問題筈だ。ここは空でありに考えれば、現代日本でこんな所にいる人はいないだろう。


 しかし。

 洋館の主人あるじは常識の外に位置する人だ。


「──? そこの赤い人」

 

 魔女は視線を左に向ける。

 地上百メートル、普通なら誰もいない虚空に、その紅い人間改めが居た。


 まるで無重力空間にいるように。


 暗闇の中で煌びやかに映るロングヘア。

 この町古来からの守護者である日向は、不自然な程に動かない真っ黒なマントを羽織り、腕を組んで堂々と立っていた。


「そうかしら? 私は気に入ってるわ。灯りに照らされると、宝石のように美しくなる。明るくはないけど、その美しさを気に入ってるの」

「はぁ〜そうかい。私は好きじゃないねー。どう見ても周りとの配色バランスっていうのかな、全然悪いし……」


 ケラケラ笑うが魔女の敵意は本物。


「……うっかり壊したくなっちゃうな〜」


 挨拶代わりにとで炎の球や水の斬撃を放ってきたのがその証拠だ。

 空に現れた小さな魔法陣から、魔法が放たれるまでの間は二秒足らずと色々速い。


「──新しく生まれよ。」


 対して日向がとった行動は落下。

 降りるのではなく、まるで重力に惹かれたような……そんな風に魔法をすんでの所で回避し──



 ──彼女はヒーローたる真髄を発揮する。



「──新世界ニューワールド


 それは世界の新生であり。

 それは異次元への移動でもあり。

 それは小宇宙コスモの誕生でもあった。


 この空間は彼女の超能力によって、外見が似ただけの別物へと作り変えられ、日向が存分に暴れられる己の箱庭となった。

 

「へぇ……結界術の亜種といった所かな。こんな芸当ができるなんて、超能力者さんは凄腕のようだね」


 なにせ目の前の空は洋館の瓦礫で埋め尽くされている。


 地面での話ではない。浮いた瓦礫が目の前にコレでもかと存在しているのだ。


 一メートル弱のコンクリート塊や鉄の塊。

 ついでに謎の力によって補強された、元建築物がざっと数えて五十以上もある。

 原因は不明だが彼女が浮かしているという事は、彼女が操っていると同義に他ならない。



 ──もしこの瓦礫群が飛び込んできたら?



「お褒めに預かり光栄だわ。だからついでに消えてもらえる? 私のとやらを堪能しながら」


 下へ墜落してに避難した日向は、そうやって相手を見下げ見上げながら煽っていた。


「いやー嫌だねぇ。この力の原理には興味があるからねぇ」


 魔女が言う興味があるは本当だ。どんな原理でこんな芸当ができるのか、一体元の世界には存在しなかった力はどんな経緯で生まれたのか、何ができるのか。


 分からない事だらけだ。

 でも今はその事を一旦置いておこう。

 それどころじゃない。


 ただ一つ言える事は。

 抵抗しないと死ぬという事だ。


「謎を解明しないまま死にたくはないなぁ!」

「──逝きなさい」


 魔女に飛び込む瓦礫群。

 顔を出し始める幾多の魔法陣。

 動き始めは同じ。


 片や超能力の恩恵で空を駆ける流星群となり。

 片や魔法秩序により形成された七色の弾丸となり。


 花火に似た衝突波が町の空で誕生する。

 暗き地上を照らすのは幾多の色を持つ花火だ。その花火音が烈風吹き荒ぶ戦場に響き渡る。


(無詠唱は少し厳しいね。それで相手の本体は、と)


 莫大な量の無詠唱を並行しながら彼女は詠唱を始める。閉じていた魔導書を素早く開きペラペラと。

 目的の相手がどこに潜んでいるか周りを見るが


 突如引っ張られる惹き寄せられる


「──うおっと!?」


 バランスを崩して箒から落ちそうになるのを何とか耐えた。流石は箒乗りのベテランといった所か、崩れてから立ち直るまで一秒足らず。

 素早い復帰だった。


 歴戦のヒーローからすれば隙まみれだが。


「──ハァァァアアア!」

「げ、それはちょっと──!」


 背後から迫る日向。

 胴体を回転させ、友から教わったの魔術で体を強化して、さらに重力で加速させる。

 

 放つ技の名はハイキック。

 そして狙う部位は首の裏──うなじ。


 相手を殺す為の一撃が魔女に放たれた。

 聞こえる衝撃音は鉄と鉄がぶつかるもの。


 日向のハイキックをまともに受けてしまった魔女は地上へ落ちるのみ。しかし魔女の意識は健在だった。


「チッ……受けきったのね!」

(すごいすごいすごい! 体術できるなんて)


 無様に回転しながら落ちていく魔女だが、そんな醜態を許す筈がなく。風魔法を彼女の周りに纏わせ荒々しく動かせば、何とか回転の動きを止めて大の字になる。


 そして無防備になった魔女に炎の一撃が。

 ただそれも当たる事はない。タイミングよく箒が彼女を連れ去ったからだ。

 まぁ跨がずに堂々と立ったまま連れて行かれているが。


(いやぁ魔法も使えるなんて! 魔力は見えなかったし、あの超能力者に隙なんてないのか!?)


 片腕が折れているというのに、魔女は興奮しぱなしだった。さっきから新鮮な発見しか見当たらないこの世界は、彼女にとってよほど相性が良いのだろう。


「腕も治ったし……さて


 さりげなく魔法で元に戻した腕を確認しながら魔女は洋館の屋上にまで近づく。ただし人の気配は一切感じ取れない。やはり魔女の予想通りここは別世界なのだろう。


「………………………………」


 そして日向も空から屋上へ降りてきた。

 空で生まれていた花火群も既に消えている。

 

「いやはや、少し驚いたよ。君がここまでの実力を持っていたなんて。いや弱体化した上でここまで強いなんてと言うべきか」


 ニコニコしながら魔女は気軽に言う。

 気の抜けた声が夜の空を駆け巡っていた。


 魔女の周りは瓦礫で包囲されているというのに。


「弱体化したのを知っているなら、私はてっきりあの化け物が襲ってくるかと思ったけど」

「ラスボス君のことかい? 無理無理、今の彼は傷が

深いからね。動きたくなーいって言ってたよ」

「そりゃあの私がボコボコにしてやったもの。でも圧倒的な回復能力は無さそうね」


 厳密にいえば痛み分けだが。


「それで魔女……で良いのかしら。いいの?」

「いいってなにが?」

「分かっているでしょうに。貴方の周りを包囲している瓦礫の事」


 そう日向が言っている間に、音を立てて瓦礫が一つ浮かび上がった。降り立った時は五十程しかなかった瓦礫群が、今の短い会話だけで倍まで増えている。


 さっきのハイキックの感触からして魔女の守備力はそこまで高くはない。ここにある瓦礫群を全力でぶつければ、魔女はミンチより酷い事になるだろう。


 生かしているのは情報を聞き出す為だ。


「あのクワガタみたいに怪人でも連れておけば良かったわね。で来るなんて不用心にも程があるわ」


 日向の目には魔女がずっと映っている。

 変な動きもしていない。少しでも動いたら瓦礫で潰すと、彼女は会話しながら目を光らせていた。


 対して魔女は余裕そうに一言。

 

「んー? 誰もといってないが?」

(何……! まさか)


 不安を抱いた日向が目を凝らすと同時に、真っ白だった魔女の本に浮かび上がる魔法陣が見えた。

 まるで稼働しているように光が躍動している、というより実際に発動しているではないか。

 

(発動してから光るタイプ!? マズイわね!)


 己の判断ミスに気付きすぐさま瓦礫を放つ。百は軽く超える瓦礫達を様子見なんてしないで、全て容赦なしの全力で魔女に向かわせた。


 しかし


「──ざ・ん・ね・ん⭐️」


 更なる暴虐の化身によって瓦礫は無となる。


『ヴァァァァァアアア!!!!』


 耳を塞ぎたくなる程の轟音を放ちながら、洋館より遥かに大きい神獣が瓦礫を防いだ。


「う……そ……?」


 圧倒的なスケールの違いに日向は見上げるしかない。彼女の知識が正しければそれは天地を揺るがす存在なのだから。


 虚空から現れるは太古から伝えられた海の怪物。

 人智を超えた巨体を持ち、並の魔法使いでは到達できない魔法の領域に辿り着いた生物。


 長い胴体は蛇のようで、しかし決してそんな優しいモノではない。巨大で長い胴体を唸らせれば、それだけでこの町は破壊できてしまうだろう。


 ギリシャ神話に伝えられる怪物。

 時に神と同列に扱われしもの。

 

「──さぁお遊びの時間だよ。リヴァイアサン」

「……これじゃあファンタジーではなくて特撮じゃない」


 自分の洋館より二周り大きいソレを見上げながら日向は言う。だが問題はまだまだあった。リヴァイアサンより遥か上空には二つの影が見えたから。


「まだサプライズは終わっていないよ。私は用意周到でね〜、君にはもっと楽しんで欲しいのさ〜」


 しかもその二つはリヴァイアサンと同格。


 空から降る赤い翼を持つ爬虫類擬き。

 けれどその鱗は銃弾すら弾き、巨大な怪物に生える翼は戦闘機並みの速度を誇る。

 空を我こそが、と自分の世界だと主張するその姿はしかし、確かにそれに見合った実力を持っていた。

 誰もが知る憧れと恐怖の存在……ドラゴン。

 その中でも赤い炎を身に包む怪物の名を──


──サラマンダー


 

 それは風そのものだった。

 微風にもなれるし暴風にもなれるし、きっと魔女の許しさえ貰えれば台風にもだってなれる。

 だって緑色の妖精は風の概念を模った存在なのだから。

 風魔法を発動するなんて妖精からすれば呼吸と一緒。

 一メートルもない人形の周りを覆うのは莫大な荒れ狂う風達だ。時には優しく時には恐ろしいと伝えられる、風の妖精の代名詞と言える奴の名は──


──シルフ


 そしてその三体の上に君臨するは──


「そういえば私の名前は言っていなかったねぇ〜」


 どれも強敵とよく評される有名な魔物(精霊)達だ。彼らの前に立つだけで、生物としての格の違いが身に染みて分かってしまう。


「私はありとあらゆる謎と魔法を解き明かしたい性分をしていてね〜まぁみんなからは探究者シーカーと呼ばれている。君もそう呼んでくれ」


 支配者として君臨している 探究者シーカーもそう。全くそこが見えず実力が分からないと来た。

 この戦いははっきり言って日向に不利である。


「で、君はこの三体……どう攻略するのかな?」


 試すような顔だった。まるで自分が上位者だと思っているような……そんな腹の立つ顔。

 でも 探究者シーカーが言う事も真実。こいつらを倒すなんて、それこそ神話で名を残す英雄でも連れて来なければ無理なのだから。


 けれど彼女はそんな事で退かない。


「えぇ……そうね。ならリヴァイアサンをそのままにしてくれない?」

「ん? 動かすなって事かな。……ハンデをつけて欲しいと言うことかい?」


 余裕の 探究者シーカーに対して、日向は緊張で固まっていた顔が不敵に笑う。むしろらしくなって来たと、彼女の心は燃え始めていた。


「いいえ」


 そして一言。


「ちょっと邪魔なだけよ」


 そうして日向はずっとエネルギーを貯めていたモノのトリガーを引いてリヴァイアサンの胴体を貫いた。


「な──!?」

「まずは…………一体」

 

 今度こそ魔女の余裕が崩れた。

 彼女の絶対の自信である神獣が倒されたのだ。

 胴体を貫くほどのをどうやって用意したのか、疑問が恐怖に変わり襲いかかる。


(今度はどんな物を使ったんだい? コピーといってもあのリヴァイアサンを貫くなんて、ロンギヌスの槍でも使ったのかい!?)


 そうして急かすように 探究者シーカーが正体不明の軌道を辿っていけば、それはそれは丸い物体が見えた。

 でもその丸い物体。魔女でもよく知っている。何なら物覚えができるようになったその日から知覚したと言ってもいい。


 それほど身近で、とっても遠い存在。


「……月?」

「そういえば失念していたわ」


 ズドンと、リヴァイアサンの巨体が大きな音を立てて崩れると共に、どこまでも凛々しくて力強い声が響く。

 神獣を倒した日向が次はお前だと魔女を見上げた。


「私も貴方に名前を言っていなかったわね」


 彼女は神獣を見てスケールが違うなんて思ったが訂正しよう。よく考えたらこっちの方がにスケールが大きいではないか。


「学校だと完璧超人の"天才"と呼ばれてるけど、同業者からはこう呼ばれているの」


 彼女が持つ超能力の名は擬似太陽系形成者ギャラクティック・ホルダー

 星よりも数万倍大きい力を持っている彼女は、同業者や職員、挙句の果てには師匠からこう呼ばれている。


「"天災"よ。覚えておきなさい」

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