第4話 恐ろしい化け物


「日向お疲れ様。後で私もそっちに行くわ」

「お疲れ様ビューティー。待ってるわ」

「リーダー、もう怪我はよろしいので?」

「大丈夫。もう治ってる」


 すれ違い様に話しかけてくる研究者に対して短い返事をしながら会長達は進んでいく。目的地は一番奥にある巨大なエレベーター。


(日向さんはここのリーダーなんだな)


 大勢の研究者達が忙しなく動いているが、移動ルートは決まっているのかど真ん中の大通りだけ人通りが少なかった。


 そこを早歩きで進む二人。

 その時の日向は年齢からは想像できないほど頼り甲斐のあるリーダーだった。


(……どうなったらそこまで強くなれるんだろうな)


 宮本は前世も含めれば約三十歳。

 まぁ初めての出勤日に轢かれたので、社会の厳しさなんて体験した事はないが。正直転生してから成長している気がしない宮本だった。


 それに対し日向はどうか?

 約十五年。たったそれだけでこの凛々しさ。

 まるで激戦を超えた歴戦の戦士のようで、並の人間からは感じ取れないオーラを放っている。


(世界の為に恥を忍んで私は頼みます……か)


 宮本としてはここに至るまでのが気になっていた。


「そういえば会長」

「ん。なにかしら?」


 研究者だらけの大通りは抜けて次のエレベーターへ。やっとこさ二人きりになったので、宮本はずっと閉じていた口を開いた。


「上でって言ってましたよね。誰に会うんですか?」

「……あぁ伝え忘れていたわね」


 またピンポーンとエレベーターの扉が開く。

 けれど開いた先の光景に、さっきの大通りにはあった輝きはない。電灯はあるが暗いし、人気を感じない鉄の廊下はどこか寒気を覚える。


(っ、この気配)


 ただ僅かに人以外の気配は感じた。

 しかも覚えのありすぎる気配を。


「会長、なんでが!?」

「すごいわね。ここから既に感じ取るなんて……まぁなら私の結界もすり抜けてくるか」

「起きたのってまさか」

「えぇ」


 安心なさい、と日向に言いくめられながら宮本はついていく。トン、トンと足音だけが響く廊下を歩き続ければ、厳重そうな扉の前についた。


 気配が一段と強くなり、宮本が今から会おうとしている相手に関しても確信を得るようになってきた。同時にあり得ないと言う疑問も増すばかりだが。


 そして扉が横に動いて部屋……いやに入れば大勢の人がいた。

 十人ほどの大人が真剣な顔をしてキーボードを叩いている。中にはモニターに写るパラメータを確認する人もいるが……そんな事より目の前にある監禁部屋だ。


「リーダーお疲れ様です」

「貴方もお疲れ様、それより?」

(──なんで?)


 さっきの廊下も無機質なものだが、目の前にある監禁部屋はさらに殺風景だ。


「いえ、昨日からずっと謎の障害が……」

「やっぱり相手は仕掛けているのね」

(なんで)


 白い壁に白の天井と床で装飾らしき物は全くない、本当に殺風景だ。


「なんでがいる?」


 だからこそ部屋の中心で囚われている赤の怪人がより鮮明に際立つ。


「──

『……ほぉ、やっぱり部屋に入ってきたのはお前か、ヒーロー擬き。てことはあれか? 尋問開始か?』


 クワガタ怪人と宮本の間には透明な壁……映画とかでよくある一方向からしか見えない物だろう。その壁があるはずなのに、クワガタ怪人の目は的確に宮本を射抜いていた。


 睨み合いが始まって数秒。


「──はいはい。無駄な時間はそこまで」


 緊張が走った時間は手を叩く軽い音によって、強制終了させられた。

 宮本に向かってくる視線を断つように彼の前に立つ日向。彼女が手を叩いただけでこの場の支配者は彼女となった。


「なぜかクワガタ怪人は宮本君の事が見えるようだけど、一旦それは後回しにしましょう」

「会長さん、なんでコイツがいるんですか?」


 間違いなくモウルスが放った必殺技は当たったはずだ。

 けれど目の前にいるのは間違いなくクワガタ怪人だ。しかも五体満足でいる。


「あのキックを耐えたのよ彼は」


 彼女は語る。必殺技による爆炎が消え、一時的に別次元に飛ばされていて世界が現実に戻った時。グラウンドで倒れている人影が二つあったと。


「流石に死にかけだったけどね。戦闘できる状態じゃなかったし、ここへ連れて最低限の治療を済ませたの」


 勿論こっちの安全を考慮した上で、と付け加える日向。宮本がもう一度クワガタ怪人を見れば確かに、五大満足と言っても昆虫の皮膚らしき部分にヒビは入っているし、何より覇気が足りない。


(今更だけど、気配を感じ取れるようになってる?)


 例えるなら炎だろうか。

 少し集中すれば怪人の中にユラユラ揺れるモノが、弱まっているようにも見えたが確かに存在している。


「わざわざ連れてきたんですね」

「そりゃあ彼から目的を聞き出さないと、きっと私の使命と関係あるでしょうし」


 使命とは地下に眠る莫大な力の事だろうと宮本は察する。

 小型のインカムを日向が取れば、監禁部屋と通信がつながった。


「……で、教えてくれるかしら? 貴方がなんで赤城あかしさんを攫ったのかを」

「! ……やっぱりコイツが朱里あかりを」


 自分が大好きな彼女が彼によって攫われた。危険な目に遭わせたのは奴だと確信した宮本が怪人を睨む。が、当のクワガタ怪人は鋭い視線なんて微風みたいに受け流してダンマリとしている。


「貴方の命はこちらが握っています。その気になればいつでも殺せるわよ」


 拷問の常套句みたいなのを日向が言った。

 優しい声なんて事はなく、底が冷えたような声だがクワガタ怪人は沈黙を貫くのみ。


(やっぱり、そう簡単には口を割るわけないか)


 とはいえこの光景は宮本でも想像できる範囲内だった。自分の味方が不利になる情報を簡単に言う事はないだろう。


 そう思っていたが。


『……いいぜ。話してやるよ。俺はだからな』

「え、話すの!?」


 つい宮本が間抜けな声を出してしまった。

 早い、早すぎるよ。いやこっちとしては早い方が嬉しいんだけど……


『確か会長さん、だったっけか。あんたが想像している通りさ。を狙っている』

「……ちなみに狙っている物の名前を聞いても?」

『あぁ確か主人あるじはこう言っていたなぁ……?』



──エンディブリ全てを終わらせるモノ



『どうだ、合っているか』

「…………えぇ」


 そう返す日向は当たってほしくなかったと、少し表情を歪ませている。宮本以外の人達もそうだ、個人差はあれど今の発言に驚いている人もいた。


「会長、それって」

エンディブリ全てを終わらせるモノ。それは私達一族が遥か昔から守ってきた禁忌の力」


 インカムをオフにした日向は話す。


──曰く、その力がいつから存在したのかは分からない。

──曰く、その力がどんな経緯で生まれたのか長い年月が経った今でも何も分からない。

──曰く、その力において確実に分かっているのは莫大なエネルギーを内蔵している事。


──曰く、その力そのものに罪はない。

  その力を手に入れたモノが悪き者ならば、この世界は破滅へと向かうだろう。


「だから先祖はその正体不明の力に敬意と恐怖、警告を込めて名付けたの」



──全てを終わらせるモノエンディブリと。



「善悪の基準抜きで言うなら、何でも叶える力とも言っていたわね。私のお母様は」


 一日前の宮本なら嘘だと信じなかっただろうが、あの莫大なパワー、『変身』を体験した今なら否定できない。

 それにエンディブリ全てを終わらせるモノの名前を聞いた瞬間に起こった会長の目の変化。

 怒り……まるで仇でも会ったような変わりようだった。


「それだと会長さん。一つ疑問が」

「何で朱里あかりが誘拐されたのか分からない。でしょ?」

「はい。だって朱里あかりは今まで普通に生きていました」


 宮本との出会いこそ少しロマンティックだったかもしれないが、それ以外は至って普通だ。

 常に彼女の隣で何かすごい事はないかと、センサーをギュンギュンに光らせていた(?)彼の事だ。それは間違いないだろう。


──この先将来まで、彼女が普通である証拠にはならないが。


「その点についてもおおよそ予想は付いてるわ。色々疑問点はあるけど、今は大人しい怪人君に聞きましょうか」


 そうしてインカムを改めてつけた日向は一言。

 短く聞いた。


「改めて聞くけど何で赤城あかし 朱里あかりを攫ったの? いえ、少し前から起こっている連続誘拐事件も貴方達の行動だって気付いているわ」

『へぇ……流石はこの街の守護者。こっちの行動は筒抜けってことかい』

「はぐらさないで。どうして目立つ行動を起こしてまで、大勢の人を誘拐したのかと聞いているのよ」

『それに関しちゃあ昨日言っただろうが』


 クワガタ怪人は言う。

 この街で起こっている異変の真実を。


『未覚醒の超能力者を集める為さ』

「……色々聞きたい事はあるけど、ならもう一つ質問があります。その能力が使えない超能力者をどうするつもりなの?」

『またそれか。会長、それはアンタが一番分かってるだろ?』


 少し呆れたように怪人は話す。


『昨日奇襲を受けて超能力者さんよー』


 宮本の目は見開き、日向はやはりそうかと反応は様々。けれど一つの予想が日向の頭の中で生まれる。


「あの感覚は私も覚えているわ。それに削り取られたというよりアレは……奪われるって感じだったわね」

「会長さん、それが本当ならその主人あるじの能力はとんでもない事になりますよ!」


 日向の言葉を聞いて宮本も同じ考えに至った。

 その予測が正しくない事を祈りながら、怪人に聞くが……


『あぁ、俺の主人あるじは他人の能力を奪う事ができる』


 厄介な予測が当たってしまった。

 その能力が本当なら敵は恐ろしく強いと言う事になる。そしてもう一つ。宮本にとっても想像したくない可能性が出てしまった。


「…………朱里あかりは?」


 クワガタ怪人は丁寧に答える。例えそれが敵の質問であっても。敗者である怪人は答えるのみ。

 蔑む事もなく笑う事もなく、ただ達観として。






『もしかしたら、もう喰われてるかもな』





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





「やあやあやあやあやあやあ」


 雨がザァザァ降っていた。

 電灯の灯りも少し弱くて闇が支配している。

 ここは工事が中途半端な廃校。噂では予定通りに建てられるはずだったが、作業員が原因不明の死にあったり自殺者が出たりで中止になったらしい。

 いわゆるありがちで出そうな場所だった。


「私に大仕事させたかと思えばいきなり呼び出すなんて〜……君は私の事を都合の良いとでもおもっているのかーい?」


 しかしそこで響く可憐な声はホラースポットとは真逆の性質。むしろほんのちょっぴりのミステリ要素を含めた、カワイイ女性の声は聞く人にとっては癒しとなる。


「ところで」


 そんな彼女は頭の三倍くらいツバが広い三角帽子を被っていた。服装も魔術の細工を何重にもしてある古いローブと、彼女だけまるで絵本から飛び出してきたような姿をしていた。


「私は優雅で暖かくてお肌に良さそうな場所で、魔法の練習をしていたんだけーどぉー」


 彼女は魔女だった。

 そんなプリティチックな彼女の話し相手は──



「こんな惨めで悲惨でお肌に悪そうな所で、何をやっているのかな〜君?」


 

── だった。



『ん……少し待ってて』

「ま、まってぇ、まってくだひょい」

「もぉー。私を呼んでおいて君は自分の事で手が離せないとか、ワガママだねぇー」


 彼女が見える景色の大半を埋め尽くす大きな口。

 具体的にいえば蛙でいうお腹と口が合体したような感じだろうか、それが学校のクラス二階分まで膨れ上がっている。


 それに対して腕はどうだろうか。

 お相撲さんでも裸足で逃げる大きな腹と比べて、なんて小さい事か。

 大きさで例えるとして、胴体が吊らされているリンゴなら、腕は木の枝だ。


 まぁ大の大人を鷲掴みにできる大きな手は持っているのだが。


「あ、あのぉた、食べないで。やめてくだはぁい……!」


 大きな手が口の真上に開いている。

 その手の中に大人の男性が一人鷲掴みにされていた。

 哀れな男の光景はホラー映画と言ってもおかしくないだろう。なにせ自分は掴まれているとはいえ大きく開いた口の上にいるのだから。


 口の中は底が見えない真っ暗な空間が広がっている。どこまでも落ちていけそうな深淵だ。


 他に何かないのか。男は掴まれながら必死に周りを見た。すると幸運な事に変な服装をした女性が一人。


「そ、そこの女! た、助けろ、早く助けろぉ!!」


 縋るような思いで助けの声を出す。

 死の瀬戸際なので口調が荒いがそこは見逃してほしい。なにせ彼は哀れな男だ。不幸な男だ。


「おい、何か言えって早く──」

「ヤダ⭐︎」

「は──」


 魔女は化け物の仲間だったから。


『じゃあ、喰うか』

「ひっ!?!?」


 茶番劇が終われば怪物は動きを再開する。

 怪物は足だけつまんで段々下まで下げていく。

 そうして怪物はご飯が待ちきれず、汚い涎を大量に出して口を「アーン」と大きく開きながら──


「や、やだぁ! しにたくないしにたくないだれ」




──パクリ




 怪物は男の足だけ遺して食べ切った。

 まぁ残った部分もちゃんと口の中に入れるのだが。

 しっかり骨を砕く音を鳴らし、噛んで噛んで噛んで……そして飲み込んでから一言。


『ゲッッッップ』

「うわぁー汚ねぇ〜クセェー『風よ舞え』『水よ浄化しろ』」


 色々汚いのは魔女には耐えられなかったのか、魔法を使って汚れた部分は全て除去する。

 その動きはさながら家庭の母が掃除機でテキパキ掃除するような……つまり魔女にとって魔法は日常そのものだった。


「でー話を聞いてもらえるかなぁー? ラスボス君」

『すまん、今なら話して良いよ』


 ズン


 ずっと上を向けていたラスボスの顔が前へ向く。

 巨大な体は少しの動きをするだけで音を立ててしまう。その擬音と同時に魔女の視界に現れる、目がくり抜かれた巨大顔の化け物。


(うーん、この状態のラスボス君はいつ見てもキモいなー。もっとマシな姿になれないのかね?)


 大きな口から上は、同じく大きな男の顔の上半分があった。男と言っても能面みたいな白くて人らしさを感じさせないものだが。

 目はくくり抜かれて底が見えない落とし穴になっているし、口に関しては男の能面部分を横に貫通して……こう、口裂け女みたいになっている。


 これを言わずして何を化け物と呼べるだろう。


 そんな風貌をした奴が、

 張本人だった。


「そういえばさっきの可哀想な男ってどこから拾ってきたの?」

『ここでナニカ、やってた。だから喰った』

「そう……」


 ちょっと気になった割とどうでも良い事を聞いて満足した魔女は本題に入る。

 エンディブリ全てを終わらせるモノを取りに行くと化け物……ラスボス君は言っていたはずだ。


 だがいきなり呼び出されて、おそらく目的も終わっていない。となると──


「ラスボス君。君は何で私を呼んだのかな?」

『お願い、ある』

「そっかー」


 予想通りの回答に少し面倒臭そうな顔をする魔女。

 とはいえ嫌だと彼女は言うつもりはない。私的事情もあるし、探求者でもある魔女としてはその正体不明の力には興味があったからだ。


「いいよ。それで何をしてほしいの?」


 化け物は魔女の質問に答える。

 あの憎き紅い長髪を持つヒーローを思い浮かべながら。



『町の守護者が住んでいる洋館……あそこ襲って』

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