魔法使いや超能力者だらけの世界で俺は変身ヒーローをやる!

ギル・A・ヤマト

第1話 二度目の死


 異世界転生というのは知っているだろうか?

 2010年後半から一躍人気になったジャンルである。


 ある日ひょんな事で死に、目が覚めたら剣と魔法の世界で第二の生を受けていた。

 そして異世界転生を機に特別な力を貰ったり、特殊な環境で生まれて強くなったりと、そうして波瀾万丈な人生を送っていく。

 昔から王道と言える展開だが、異世界転生にもこれがよく当てはまっていた。


 みんな大好きなんだろう。僕もそうだ。


 僕だって……いや今世もだけど、そう言う小説を沢山読んでよく妄想した。


 ドラゴンに挑む勇者。

 火の玉を放つ魔法使い。

 超能力を持ったヒーローとか。


 凄い能力をさも当然のように使用してみんなから誰だあいつ……!? みたいな反応をしてもらったり。


 雑魚達を一掃して無双を楽しんだり。


 


 それはそれはワクワクしたものだ。

 


 生まれた瞬間から前世の事を自覚し、転生という摩訶不思議な体験に感情が追いつかなかったり、前世で残した未練とか家族とか色々思っている事はある。


 でも結局は転生したんだから、昔より今を見て人生を楽しもうと決めた。困惑や不安もある分、ワクワク感や楽しみも同じくらいあったのだ。


 転生モノによくセットでついているのは何だ?


 そう。

 チートや特典といった覚醒要素だ。


 転生なんてとても珍しい体験をしたんだ。

 なら流れで特別な力に目覚める事だってあるだろう。


 そう高を括っていたが………………

 結局、そんなタイミングは無かった。


 生まれてから約十六年。

 中二なんて軽く超えて高校を入学。それどころか高校二年生にもなってしまった僕だが、非常に平和な時間を過ごしていた。


 生まれ変わった先の世界なんて前の世界とほとんど変わらない。魔法なんてないし超能力も存在しない。

 非日常とは全く無縁のまま。空想の力が全くない世界で僕は一般人として過ごしてきた。


 最初は落胆した。

 転生したのにそれ以降は何もないなんて。


 せめて面白い事は一つぐらいあってもいいだろって。


 そう思った事すらあった。

 二度目の赤子になった時に抱いた夢は幻想となり、叶わぬ理想として朽ちていく。

 希望は既に途絶え、失望はしても絶望する訳でもなく、あるがままの第二の人生を受け入れた。

 普通の生活を、平和な日常を傍受する事にした。


 それに十六年も生きていれば多少は考えは変わるものである。魔法はないが仲良しの幼馴染はいるし、両親は優しくて尊敬できる人達だ。


 二回目の高校生活も順風満帆。


 人生を大きく変える激しい出来事はないが、学校生活という、小さい箱の中で起こる小さい変化の連続は楽しい。何より普通平和なのが良い。


 をしなくて良いんだ。


 だから僕は。

 当たり前の。

 二度目の生活を過ごしていこう。


 大丈夫。この世界は平和な筈なんだから。


 チート能力なんて無くても──









「逃げて宮本君!!!」



 ……よし現実逃避は辞めだ。



「貴方は!」



 こんな時に過去の回想とか死亡フラグにも程がある。



「戦ったら! だから逃げて!」



 わかってるよそれぐらい。

 僕は転生しただけの一般人。

 チートなんて持ってない普通の人間。


 でも/だからこそ


 殺されかけてる人が近くにいて見捨てるほど僕は。


 臆病じゃない/割り切れない




『なぜお前はそいつ邪魔者の前に立つ?』



 

 赤の人外宮本の前に立った。


 火が荒れ狂い建物は崩れ、通学時に何度も見た立派な学校は無惨に壊されていた。


 ここは地獄なのだろうか。

 違う。

 見た目こそ大きく変わったがここは僕が通っていた高校だ。現実だ。


 学校やグラウンドで暴れる炎の熱が僕の皮膚に当たる。だけど流れてくるのは暑さによる汗じゃなくて殺気による冷や汗。


 僕は日常から鍛えていた体となけなしの知識を使って、精一杯の構えを取る。後は足が震えなければマシだっただろう。


「聞いてるの宮本君!」


 情けないの一言。

 それでも構えずにいられなかったのは、背後で膝をついている血塗れた彼女がいるから。


「会長こそ早く逃げてください! 事情分かんないんですけど、こいつ倒せるの貴方だけですよね!」

「そうよ。だから宮本君は逃げてっ……!」


 頭から滝のように血が流れているのに、彼女の顔は負けん気で一杯だ。現によろける体を気合いで耐えて立ちあがろうとしている。


『チッ……殺す対象が一人増えちまったか』


 それに迫る男……いや化け物が一人。

 僕の目の前でドシン、ドシンと面倒くさそうな仕草をしながら重い足音をたてながらこちらへ迫ってくる。

 

『というかお前は』


 こっちは構えているってのに化け物は無防備に近づいてくる。すら感じてしまうほどに。

 三メートルの巨体が上から覗いてくれば、半分少ししかない僕の体なんて影で染まる。

 視界一杯に黄金の目化け物の目が映った。


『無様、無謀、無駄。お前……能力、無いな?』

(そうだよ俺はどこにでも居る一般人だよ!)


 体はクワガタみたいな皮で覆われているのに、俺の顔面を覗く目だけはヘビみたいで、そのせいか恐怖で体が硬直してしまっている。

 目以外の顔は鬼に似ていると思う。クワガタみたいな細長い角が頭から生えていたり、体の色が赤で纏っているのも相まってそうにしか見えない。


 とても人が挑んでいい相手じゃない。


(深呼吸だ。無理矢理にでも深呼吸するんだ……!)


 一旦状況を整理しよう。

 目の前にはいかにも敵ですって見た目の化け物。

 そして背後には大怪我している美女が一人。


 うん。

 アニメならこれ以上に無いほどの覚醒シーンだな。


 覚醒する気配なんて一ミリも無いけど!















 ……本当っに覚醒しろよっ!!!



「ッァァァァァアアアアアアアア!!!」

「ッ早く力を取り戻しなさいよ私っ!」


 僕が精一杯のパンチを放つ。

 恐怖による硬直状態からにしては上出来。


『……くだらん』



 だがここは現実だ。



 勇気を出しました。全力を尽くしました。

 それだけで都合よく良い結果に繋がるとは限らない。



 全力のパンチに対してクワガタの怪人は何もしなかった。


「あっ……いづ!?」

『やはり力なき行動なんざ……無駄でしかないな』


 僕の全力のパンチは、鉄の壁みたいに硬い怪人の胸に当たっただけで、相手にダメージなんて無し。

 むしろこっちの腕の骨にヒビが入っただけだ。


『勇気は賞賛しよう。まぁ無駄だったが』

「逃げてっ! 宮も──」


 前世含めて一番勇気を出した行動は全くの無意味に終わった。なんて事ない。

 僕が避けようのない隙を晒しただけ。


『死ね』


 どうでもよさそうにクワガタの怪人が言えば、奴は拳をおもいっきり放って。





 僕の体に大きな穴が空いた。






━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━









 それから約八時間前。


(相変わらず争いとは無縁な、平和な時間だなぁ……)



 朝のHRホームルーム開始直前。



 学校のクラスの端っこであくびをする。

 気だるそうに机に肘をかけながら、目の前で元気よく話している生徒達を眺めている男性がいた。


 宮本である。


(うーん。本当に前と変わんないなぁ……)


 顔はイケメンと普通の中間あたり。

 形とかも整っているがクラスに三人か四人はいそうなレベル。

 その他の容姿についても黒髪に黒の瞳で、身長も高二男性の平均より少し上。


 この説明文だけ読めば少し整っている男子生徒としか思えないだろう。クラスに数人とかいう、世界では少なそうで割と溢れているタイプの人間。ようは普通の人間だ。


 ただ一つだけ。

 僕は他の人とは違う特別な要素がある。


 転生者。


 僕は一度死んだ人間なのだ。

 まぁ、転生先は西暦2000年でビルも建っていて、スマホが普及している普通の世界なんだが。


「おーい福田、こっち来いよ」

「それでさ紅谷 萌歌っていうアイドルがさ!」


 そう。普通の世界。

 目を開けてみれば学校指定の黒い制服を着た生徒が沢山いる。

 男女混じる元気な声に旋律など存在しない。雑音と言うべきソレだったが、である僕はそれを懐かしむように見聞きしていた。


 今世で通っているどこにでもある高校の姿だ。


 ちなみに前世も日本生まれなので環境の違いはそんなにない。

 異世界転生のお楽しみ要素『ファンタジー』は既に吹き飛んでいる。憧れの異世界生活なんて遠い夢。


(これが二度目の我が人生、二度目の高校二年目生活か)


 社会人になってすぐ事故死した僕だが、今世では生まれた瞬間から前世の事を思い出した。

 なので僕からすれば十数年振りの高校生活になる。

 ちょっとは懐かしい気持ちにもなるものだ。


(でもなんて言うか、変わり映えしないな……)


 前世も目の前の生徒達のように、教師が来るギリギリまで友達と話し合ってたりした。あーでもないこーでもないと雑談をするのが楽しかったものだ。


 それは今世でも同じ。


「おっはよ〜宮本君。今日の帰り、一緒に帰らない?」

「おはよう」


 その証拠にほら、僕の隣から女子生徒が一人話しかけてくる。

 ピンク色の艶やかな髪が揺れ……揺れた合間から緑の瞳がこちらを覗いていた。左目部分はピンクの髪の毛によって隠れているが、それでも隠せない美貌。

 

 そして右目の下にあるホクロは幼馴染の証拠。


「ん? 朱里あかりには部活あるだろ?」

「ううん、今日は休みなんだ。というか少しの間は部活やれなさそう」


 彼女の名前は赤城あかし 朱里あかり


「へぇー。休みになるなんて珍しいな。ここはそういうの凄い力入れてるのに」


 彼女に顔を向けて言えば、帰ってくるのはシド目の幼馴染の顔。何か失言したらしい。

 わざとらしく溜息を吐いた後に彼女は言う。


「もぉー聞いてないのまさる? もしかしたらって私が前に──」

「よーしお前ら。ホームルーム始めるから席つけよー」


 だがガラリと音をたてながら入ってきた乱入者によって、最後まで言う事はなかった。


「っと、先生来ちゃったからまた後でね」

「はーい」


 メガネを付けた髪の毛が怪しい四十代の男性。

 いかにも先生らしい姿をした先生が入ってこれば、生徒達は各々の席に戻り始める。


 他のクラスも同じようで、あれだけ騒がしかった生徒達のガヤガヤ声が聞こえなくなった。

 静かになった教室でトンと、先生が本をたてる音を鳴ればホームルームが始まる。


「みんなおはよう。それで連絡事項だが朗報だ」

「朗報? なに、明日の天気は槍が降るのか?」

「なんですかー朗報って。まさか宿題増えるとかじゃないですよね」

「違うぞー、本当に朗報だ」


 好き勝手言っている生徒だが先生は特に反応せずに話を続ける。二年目に上がって一ヶ月足らずだが、ここのクラスはそれなりに自由な感じだ。(やりたい放題とも言う)


「今日から部活は無し。少しの間、帰りのホームルームが終わったらすぐ帰宅するように。居残りも禁止だ」


 嬉しい情報を持たされた学生達は、その感情を心の奥に隠す事なく声を出した。その中に僕も入っている。やはり休みとは素晴らしいものだ。

 僕帰宅部だから関係ないけど。


「先生ーなぜですか?」


 ただそれなりに喜ぶというのは、それなりのイベントという事。理由があるだろうと一人の生徒が手を挙げてそう言った。



「君達も知ってるだろう。最近話題になっている連続誘拐事件のせいだ」



 先生の口から出たのは今から約一ヶ月前から起こっている、誘拐犯と誘拐方法共に不明の事件だった。








 とそんな話からスタートをして、その後はいつも通りだった。〇〇係はどうとか、山にも谷にもならない情報が出るだけ。


「それじゃあ君達。今日もしっかり勉強するように」


 ガラリと先生がスライド式の扉を閉めれば、また数人が席を立って友達と話し始めた。

 授業が始まるまでの僅かな時間でも話し合いたいのだろう。この景色も前世と同じ。


 全く普通で平和な光景。


(いや、全く同じじゃないか……)


 後ろの席にいる僕は、前の方に座っているオレンジ色の長髪を見てそうこぼした。

 膝をつけている僕と違って、背筋をピンと姿勢正しく座っている彼女。一つ一つの動作が丁寧なのか、それともなのか、座っているだけだと言うのに凛々しさすら感じる。


「なぁなぁ、やっぱ美人だよなぁ……

「正に完璧超人での生徒会長様だ」


 近くでヒソヒソ話している男子生徒。

 そこ、生徒会長に聞こえちゃってるぞ。


「…………………………」

(流石は完璧超人でてんっさい。声は聞こえてるだろうけど全くの反応無し)

「はーい、皆さん席についてねー。数学やるよー!」


 ガラリとデジャヴ。

 今度は眼鏡を付けた女性の先生が入ってきて、授業を始めた。先生が声掛けすれば生徒達は大人しく従い、席に戻る。


 こうしてまた普通の学校生活が始まった。







「みんなは早く帰るように。それじゃ解散!」

「やったぜー、ようやく帰れる。チンタラしすぎだぜあのオッサン」

「あの先生、話長いんだよなー短くしろよぉ!」

「おーいガキ共聞こえているぞー!!!」


 それから時間が経って放課後。

 帰りのホームルームも終わり、学業という鎖から解き放たれた人間達は騒がしくしながら教室を去っていく。

 学校の移動時間とかはノロノロしている癖に、放課後になるとみんなの動きが倍速化する。

 数分もすれば町は夕焼けに染まり、教室からグラウンドを覗くと生徒達がグループを作って帰る姿が見えた。


 逆に教室は殺風景、ポツンと二人いるだけ。


「ま・さ・る。朝の約束通り帰ろっ!」

「オーケー。一緒に帰るぞ」

「よしっ、久々に帰れるぜーー!」


 元気な声に釣られて振り返ればピンクの髪の毛を揺らす幼馴染が、カバンを腰の後ろにおきながら立っていた。ピンクの宝石を彷彿させる髪の毛を揺らしながら笑顔を見せる姿はとても楽しそう。

 まあ僕も朱里あかりと帰るのも久しぶりだ。いつも部活があって、放課後は会えないことが多いから少し嬉しかったりする。


「じゃあどこ寄って帰る? 最近新しい店ができてさ〜ミセスナイアルだっけ、評判も良さそうなんだよね」

「お前、先生の話を聞いてたのか?」


 教室を出て廊下を歩くが、相変わらず廊下も夕陽に照らされていて赤かった。これはこれで非現実っぽいとくだらない事を僕は思った。


「あぁ〜微風が涼しいよ〜」

「ははっ、わざわざ宇宙人声して言う事じゃないだろ」


 昼頃は汗ばむ程度に暑かった日光も弱まれば、学内でも少しは涼しくなる。


 ほら。丁度少し空いた窓から微風が──


「貴方達、まだ教室にいたの?」


 ──微風が、夕陽の美しさにも劣らない紅い髪の毛を揺らす。


 廊下の足音が二人から三人へ。

 二人が進む方向から一人の女性が現れた。

 学校が指定している学生靴を履いている筈なのに、彼女が歩くとヒールの音が聞こえてきそうだ。


「あ、すみません会長。ちょっとコイツと待ち合わせしてて」

「コイツってなによ〜まさる」


 同じ学生服を着ていても、顔の見た目と雰囲気でここまで変わるものかと、正面から見て感心する僕。

 僕の目の前に居るのは、端から端まで凛々しさを感じさせる気高き貴婦人。


 彼女の名は━━


日向ひなたさんはまだいるんですか?」


 我が高校のシンボルとも言える彼女が、僕達の前に現れた。


「えぇ。私は用事があるから少し残るわ」

「なるへそ。じゃあ日向ひなたさん、先帰りますねー」

「はいはい。新しい店なんかに寄らずまっすぐ帰りなさいよー」

「アハハ、聞かれてた」


 そのまま進んで日向ひなたさんとすれ違う。


「………………」


 いつもの陽気さを会長前でも発揮した朱里あかりをよそに振り向いている僕。


 なんでだろう。


 確かに転生という非現実的な体験はしたが、転生後の場所は普通の……少なくともバトル要素が全くない平和な世界の筈。


 なのに。


(…………変な予感が、する)


 なんで僕は彼女生徒会長の後ろ姿を見続けているのだろうか?


「宮本君? はよ帰るよー」

「っ──ぁ、あぁ」


 流石に見過ぎだ。

 見ているのがバレたら気まずい雰囲気になる。そんな風にこの違和感に対して無理矢理理由づけをして、僕は階段へ降りて行った。


「……………………あの子、なにか……ううん。今はコッチが優先」


 彼女に見られていた事にも気付けないまま。








 帰り道。

 町の中を二人並んで歩く。


「連続誘拐事件なんて物騒だな。ここ最近続いているらしいけど」

「早く捕まってほしいよね〜。まぁ噂だと犯人捜査は難航しているらしいよ。何も手掛かりが一切無いとか」


 外も相変わらず夕陽に照らされていて、街全体が赤い。学生が帰り道に話す内容といえば結局世間話。

 強いていえば学校内の事が大半だけど、今日は面白そうな話はなかった。


 となれば早く帰る原因になった連続誘拐事件。

 この事件で話し合う事になったのは必然と言えただろう。

 

「聞いた所によるとね、警察でも情報とか一切ないらしいんだって。ええと、誘拐方法とか誘拐犯に関する情報だったかな?」

「でも誘拐された場所の情報とかはあるんだろ、流石に」

「ないよ。噂だけど」

「噂かよ」


 身元すら全く情報が掴めない連続殺人犯……いや漫画かな。僕が言えた事はないけど。

 

「もしかしたらこのまま迷宮入りするかも……?」

「それこそ漫画みたいだな。いや、早く捕まってほしいな。平和が一番だし」


 そう。結局は普通の生活が一番なのだ。

 波瀾万丈の第二の人生を望んでた僕だけど、命のやり取りなんてせず、死ぬかもしれない出来事にも遭わず、こうして楽しく日常を過ごすのが一番なんだろうと薄々思う。


(そうそう二回もに会うなんて真っ平ごめんだ)


 転生だってそうだ。

 ラノベだとナイフで刺されて異世界転生するパターンもあるけど、僕の場合はトラックに轢かれて転生した。


 丁度こんな風に横断歩道を青で渡っていたら。



 信号無視したトラックに、横からガツンと──




「━━危ないっ!!!!!」

「うわっ」




 そうして轢かれそうになった朱里あかりの手を無理矢理引っ張った。


 一歩遅れて朱里あかりがいた所を通り過ぎるトラック。


 クラクションすら鳴らさずに猛スピードで走っていく。交差点で車にぶつかりそうになりながら、時に怒号を浴びせられながらもトラックは去っていった。


「あっぶなー!!! 何あのトラックひっどい。それより勝、ありがと……?」

「う、うん。良かった。死なずに済んで」


 どの世界でも恐ろしい運転をする人はいるらしい。

 そのせいで彼女の手が


「そ、それより大丈夫だったか?」

「ううん。大丈夫じゃない」

「ッ、一体どこか──」


 やっぱり。


 もう少しで死ぬ所だったんだ。

 こんなに震えるのも仕方がない。


「私じゃなくて君が」

「………………………………………………ぁ」


 朱里あかりが僕の手に触れた。

 それもがっしりと、僕を守るように。


 これが横断歩道を渡る前なら、僕は照れたりとか赤面していたかもしれない。

 だけどそんな気持ちにはならなかった。


 いや、なれなかった。


 黒 い ナ ニ カがこっちを見ている。


まさる。手がこんなにも震えてる」

「……っ…………ハァ……ハァハァ」


 彼女の言葉に釣られて視線を少し下げれば、両手で押さえてもらっても治らない手の震え。

 そこでようやく震えているのは彼女ではなく、僕の方だと分かった。


「ほら深呼吸して。とりあえず深呼吸、深呼吸……もう車は来ないー、来なーい……………………どう?」

「……………………ありがとう。震えは止まったよ」

「うん。良かった」


 控えめだけど僕の心の奥まで届きそうな笑顔をこれでもかと赤城は見せてくれる。いつもの無邪気そうな笑顔じゃなくて、どこかはホッとしたような優しさを感じる笑顔に、僕は少し恥ずかしさを感じて目を逸らしてしまった。


「また?」

「あぁ……いつもの奴だ。ありがとう赤城あかし。助かったよ」

「いいよいいよ。それこそいつもの事だし。さ、家まであるこ?」

「……………………」


 何事もなかったように僕達は歩き出す。

 無言のまま。


 人通りが多い所から段々少ない所へ。

 ビルが建っていた街並みも一軒家だらけの景色となり、車や歩行者で騒がしかった道も殺風景で少し寂しさを覚える場所へ変わった。


「じゃあここでお別れだね」


 丁度別れ道になる所で朱里あかりはそう言った。

 この二つの道を行けば、それぞれ僕の家と彼女の家に着く。

 部活で忙しくなる前は、いつもここで別れていた。


「あぁ、あとさっきはごめん」

「いいよ、宮本君のアレは。トラウマの事、大変だったら相談して」

「いつもありがとう……助かる」


 それじゃ、と手を軽く振りながら別れた。

 僕と朱里あかりの家は離れているが、そこまでではない。歩いて大体十分くらいだろうか。

 それほどの距離なら一人で帰っても問題ないだろう。


 遠のいていく彼女の背中を数秒見続けて。


『じゃあね』


 振り返った彼女はもう一度僕を振り返り手を振った。


『……じゃあね』


 少し間を置いて僕も手を振る。すると彼女は満足したのか笑顔になって前へ歩き出し、僕も自身の家に向かって歩き出した。


 いつもとはちょっと違ったが、学生生活という僕の日常はこうして終わりを迎えた。












『目標を発見。これで……終わる』



 喋る言語は間違いなく人のもの。

 けれど喉が掠れ濁ったような声は、チグハグな人形像が放った言葉は、微風に消された。



 太陽が沈むと表があれば

 月が現れるように裏があるように


 普通の世界はこれでおしまい。

 ここからは非現実的な世界が始まるよ。












「え……?」


 静かな家の中で短い言葉がよく響いた。

 朱里あかりのお母さんから電話が掛かってきたのは、別れてから一時間も経たない頃だった。

 珍しいなんて軽々しい気持ちで出た事に僕は後悔している。


朱里あかりが帰って来ない……?」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 一筋の汗が流れる。心臓の音が段々加速していく。


 なぜか"あの時"と似た感覚に陥った。

 体全体が重くなるような心臓を鷲掴みされたような……そう、死に掴まれた感覚に。


(あそこで別れてから行方不明になってる……?)


 赤城のお母さんによると、朝で学校に行ってから全く帰っていないそうだ。それでこっちに遊びに来ていないかと聞いてきたが、あいにく家に居るのは僕一人。



 朝で先生が言っていた『連続誘拐事件』の言葉が脳裏をよぎる。



(いや……まさか)



 半信半疑信じたくないだけになりつつも外へ出た。だからと言って何か変わる訳ではない。

 大急ぎで外出用の服装を着て外へ出ても、そもそもの話として朱里あかりがどこに居るのか分からないのだ。


「いやいや、まずは警察に連絡するのが先だろ」


 走り出しそうになる足を止めて携帯を取り出す。お母さんが先に電話しているかもしれないと思ったが、念の為にと警察の番号を押した瞬間──




 街全体に届く爆音が聞こえた。

 

「うわ! 今の一体どこから──」


 驚き周りを探れば見えるのは……


「…………………………どこから聞こえたんだあれ?」



 何も変わらない日常。



 "音"は確かに聞こえた。

 音の激しさからして建物が壊れていてもおかしくはない。なのに周りはちっとも変わっていない。

 だけど激しい音は止まるどころか勢いが増すばかり。 

 例えるならマシンガンのよう。

 目を閉じて音だけ聞けば町でテロが起きているように感じる。


 なのに住民は静かだ。

 誰一人外へ出て様子を見ようとしない。


 

 異常だ。



 しかも音が聞こえる方向には身に覚えがありすぎる場所がある。まさかとは思うが──


『あの子に"アレ"を味あわせたいのかい?』

「────ッ!!!」


 走る。

 行き先は


 理由なんて分からない。


 あそこに朱里あかりがいる確信なんて無いというのに。それ以前に判断材料すら無いのに、走って走って走り続ける。


 走る衝動を作ったのは僕の予感。

 なんて不安定な要素。


 でもだ。本当に僕の予感が当たるなら……!








 走る。

 音が激しくなった。

 でも住民はスヤスヤと眠っている。


 また走る。

 音がまた激しくなった。

 この町で戦争が起こっているよう。

 でも住民は驚くほどに静かだ。


 どれだけ走ったのだろうか、校門が見えて来た。

 音はうるさい。

 けど僕の周りに見える景色は普通そのもの。

 なにもおかしな所は



「────ッ?!」



 ──ぞわりと

 学校の外と中の境界線校門を超えたら。


 死んだ時の感覚が足の裏から心臓へ届く。

 間違いない。転生した時の違和感が今。


「何であんな……が…………?」


 一瞬で心を支配する嫌悪感、疑問、悪寒。

 反射的にそう感じた原因を探ろうとするが、それどころじゃなくなった。


(学校が何で崩れてるんだ……?)


 非日常が目の前で起こっていたから。


 光景はさっきまでとても平和だったのに、高校に一歩入れば戦場が姿を現す。

 地面にクレーターがあちらこちらとできていて、学校の半分は瓦礫に様変わりしていて、地獄と錯覚するくらいに学校だった場所は炎に包まれていた。


(こんなの人間にできることじゃない)


 ──まるで怪人が暴れたみたいじゃないか。

 グラウンドから聞こえる戦闘音を生み出す奴らがこれを……?


「……朱里あかりっ!」


 最悪の未来を想像する。

 転生者としての勘が危険ブザーを鳴らす。

 だけど人を見捨てられないと音を辿ってグラウンドまで近づけば……




 二つの人影が空を跳びながら戦っていた。




 満月の夜を背に空を飛ぶ二人。

 片や多彩な空飛ぶ球を操り、片や人を超えた剛力で相手の技を捩じ伏せる。


 が無ければ説明できない光景が広がっていた。僕が昔から望んでいた光景だった。


 だがそこに見慣れた者が居た。


 一人は明らかに人外。

 人の形を保っているが、ツノがあったりとどう見ても悪役だ。特撮とかによく出そうな敵だった。

 宇宙人が地底人かそれとも異次元人か、よく分からないが化け物がそこにいる。


 でももう一人はよく知っている。

 しかも今日話したばかりの女性だ。


「……会長?」


 完璧超人でてんっさいの日向ひなたが空を駆けていた。目にも止まらない速さでジグザグに動く様は、まさしく前世で見たヒーローのようだった。


 ただ様子がおかしい。


 今はまだ均衡しているが、日向ひなたの顔が少し歪んでいる。苦痛に耐えているような。


『──そこだ』

「クソッ、まず!?」


 明らかに会長の動きが鈍った。

 その致命的な瞬間を見逃す怪人ではなかったようだ。牽制じゃない。殺意を持つ拳で会長を殴る。

 

 空気がはぜる音。


 そこに微かに混じる何かが砕ける音。


 そしてコンクリートの壁にぶつかる音。



 最後の音は僕のすぐそばで。



 殴り飛ばされた会長が僕の近くの壁に激突した。

 コンクリートの煙が晴れれば、壁にできたクレーターにもたれ掛け、顔を床に向けて微動だにしない彼女の姿が。

 歯軋りしている獰猛な彼女だが、表情の割には体は動いていない。


 見るからに絶体絶命のピンチだ。


『終わりだ。神秘の内包者よ』

「ッ……うぅ…………!」


 歩いて来るクワガタの怪人。

 身動きできない会長。

 誰が見ても何が起こるか分かる光景だった。


 そうして怪人がトドメを刺そうとする直前。


「──待てっ!?」


 怪人と会長の間に僕は割り込んでしまった。

 


 

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