狼の道しるべ(旧)

@wolfnight

序章/狼の第一歩の前に

 隠世かくりよここはあやかしもとい妖怪の住まう世界。

 その名の通り、現世うつりよ、我々人間の住む世界に隠れて存在する世界、言わば裏の世界。そして、この世界には五つに分かれる妖国ようこくが存在する。

 この事実を知っている人間はごく一部のみである。呪術・魔術などの特別な力もつ者や半妖などのような混血ハーフの者のみ。

 さて、これから見る物語ストーリーは月雪家の呪術師の少年が次期当主になるため、群れ《かぞく》の仇を討つための道しるべである。


 2021年 6月30日 京の都(京都の裏・妖国ようこく中央)


「おーい、誰かぁかなでを見かけてへんか?」

 大きな屋敷でそう叫んだのは、七十代のお爺さんだった。

 しかし、周囲の人たちは何かの準備に忙しいようで誰も彼の問に応えなかった。たったの三人を除いて。

「奏?見かけてないけど、まさか!また消えたの!」

「〝消えた〟って、今日あいつの誕生日会だろー!どこに行ったんだろ?」

「心配する事ないですよ。あいつ強いことですし、時間が近づいたら必ず現れますよ、龍之介りゅうのすけ様」

 そう応えてくれたのが人間らしい猿の妖怪達だった。

「そうか、おおきに君たち」

「「「いえいえ」」」

「コラー!おめぇらサボってねぇでさっさと準備しろ!」

「「「ひぃ〜〜、かしこまりました!」」」

 怒られてびっくりした猿の妖怪たちは、さっさと準備の続きをやりに行った。

 そして、猿の妖怪たちを怒鳴ったのは、小さな蛙の妖怪だった。

「ったく、こんな大事なときに」

「そんなに怒鳴らないでやってくれ、私が奏の居場所を聞いていただけさ」

 「え、そうだったのですか、てっきりいつものようにサボっていたのかと思いました」

「はっはっはっ、今日のような日にあの三人兄弟がサボることはないやろ」

「ケロっ、そうですね、今日は奏君の次期当主候補になったことへのお祝いだけでなく、彼の十五の誕生日でもありますからね」

「せやな、あの子は今日まで結構頑張ったからな。今日は存分に祝うことにしよう」

「ケロっ、全身全霊で労って行きましょう!」

 そんなことを話しているうちに二人の子どもとその後ろにメイドが近づいて来た。正しく言えば、犬妖怪の子どもと人間の子ども、そして、雪鬼ゆきおにのメイドだ。

「あっ、じっちゃん〜!」

「こら、陽向、ちゃんと敬語使って」

「別にええやん、他のみんなおらんし」

「いないからってしていい事やない」

「へいへい、まことってほんま真面目やな〜」

「陽向様、誠様、喧嘩は駄目ですよ」

「「は~い」」

 最初に話したのが茶色の短髪で褐色の肌に翡翠の瞳の少年陽向、その次に白い髪と肌で紅い瞳の白子アルビノの少年誠、そして、二人のいつもの喧嘩が始まる前に止めてくれたのがメイドの氷華ひょうかだ。彼女は元々奏のだったが、今は奏の命で陽向と誠の教育と世話をしている。

「お久しぶりです、龍之介様」

「あぁ、久しぶりやな氷華、陽向と誠も大きくなってきておるな」

 そう言い、陽向と誠の頭を撫でた。

「「えへへ」」

 元々陽向と誠の二人は孤児で、妖国の東の都、商業都市で盗みを繰り返しながら生きていたのだが、ある日、盗む人を間違えて路地裏で死の直前まで殴られて、あと一歩のところで奏見つけ助けられた。その時から奏がいる不死原ふしはら家の元で氷華の教育を受けながら今は一緒に住んでいる。

「そういえば、君たちは奏の居場所を知らんか?」

「奏兄ちゃんは見てへっ、見てません」

 誠に睨まれ、言葉を正した陽向が言った。

「そうか、誠は?」

「いえ、奏兄様は屋敷に着いてすぐ、どこかに行きました。」

「うむ、そうか」

 二人の頭を撫でるのをやめ、ため息をついた。奏の居場所を知る者はいるのだろうかと思いつつも最後の氷華に聞いた。

 この氷華も、陽向と誠と同様、奏に命を助けられている。

 聞いた話によると、前の主はひどい奴で、禁忌とも呼べる実験を行っていた。氷華を含む十数人のメイドたちみんなが苦しんでいる中、ちょうどその頃家出をしていた奏が、偶然その場を目撃し、なんとかせねばと思った奏は、奴を倒してメイドたちみんなを助けた。その結果、十数人のメイドの忠誠と氷華という専用メイドを得た。

 そんなことを置いといて、本題に戻ろう。

「氷華は、なんか知らんか?」

「若様なら散歩するとおっしゃっていました」

「散歩?」

「はい、満月の夜の散歩は落ち着くからと、庭の方へ行きました。時間が近づいたら戻るとおっしゃっていました」

「はぁ〜、ったく、心配するこっちの身にもなってほしいな。⋯⋯でも、紫音たちには?」

「不死原の皆様にはちゃんと一言言ってから行きました」

「そうか、ならええか。さて、準備の方に戻ろうか」

 そう言って、四人は会場の方へ行った。


 屋敷の中でみんなが準備に忙しい中、屋根の上で満月の光を浴びながら将棋をする二人の影が見えた。一人目の影は今日の主役・月雪つきゆき 奏である。小柄な体型で長い黒髪をひとつに結び、彼の一族、月雪家特有の碧い瞳の持ち主で見た目が女性っぽい少年である。しかし、左眼のところに縦に大きな傷があり、閉じている。そんな奏は会場から盗んだケーキを食べながら、余裕を顔に駒をうっている。もう一人の影は、奏の相棒、虎徹・ベネットだ。奏とは逆で、中柄で短髪黒髪に琥珀の瞳のイケメン少年。虎徹は、悩みを顔に次うつ手を必死に考えている。

「はよぅやってくれへん、虎徹ぅ〜」

「ちょっと静かにしてくれ、今考え中や」

「は~い」

 これで一体、何度目の将棋やろうな?と奏は満月を見てふと思った。互いの親が知り合いで幼い頃からの友達だ。いわゆる幼馴染だ。

「にしても、騒がしいなみんな」

「当たり前やろ、なんせ今日はお前の誕生日だけやないやろ、

「んぐっ、その言い方やめろ気持ち悪い」

 顔を引き締めながら奏はそっぽを向いた。そんな奏を見て虎徹は笑いながら、やっと駒をうった。

「笑うな、こっちもめっちゃ緊張しているんやに」

「ははっ、ごめんごめん。でも、ほんますごいな奏は、でありながらあんな奴をたった一人で倒したんやから、それに月雪家に数十名しかない次期当主候補の一人として認められてるんやで、お前あんま嬉しそうに見えんな。夢だったろ、月雪家の当主になんのは?一歩近づいたやんけ、どうしたん?」

「そりゃ〜嬉しいに、認められたこと。月雪家当主になんのは多くある目標ゆめのひとつやけど、こうも早くなれるとおもわんくてな、今更やけど、今の実力でやっていけるかどうか?と思い始めたんや。それに、あいつは僕たちで倒したんからな!」

「はいはい、でも、最後のトドメの一発はお前やで」

 奏の本音を聞いた虎徹は、少し考えから一つの答えにたどり着いた。

「不安か?」

「うん」

「やっぱり」

 そう言って、二人とも黙り込んで将棋を続けた。五分間の沈黙が過ぎて、虎徹はまた話しをした。

「紫音様にはちゃんと相談でもしたか?」

「ううん、してへん」

「はぁ〜、そうか⋯⋯時間まで約二時間あるし、まだまだ余裕もある。一度相談でもしたら?」

「⋯⋯うん、そうする。でも、まずこの勝負終わらなあかんよ」

「せやな〜」

 そう言い、二人は将棋を続けた。


 それから三十分が経過して、奏の勝利で終わった。屋根から飛び降りて会場の方へ向かった。

「昔から変らんな〜、お前は」

「それ、どういう意味?」

「せやな〜、例えば、何も言わず悩み事を一人で抱えて、一人で苦しむところ〜とかね」

「⋯⋯」

 事実を言われ、奏は俯いた。気付いた虎徹ははぁ〜と息を吐いて続いた。

「ほらね、図星やったろ。お前が一人になるときは必ず何か抱え込んでいるときだっ!」

 と言い、奏の黒髪を激しくかき混ぜた。

「やめろ!」

「はいはい」

 髪をかき混ぜられたことを不快に思った奏は、虎徹の手をどけた。

「そういや、白夜はどこ?」

「あぁ〜、あの子はなんか僕へのプレゼント?の準備があるらしく、今といる」

「ふ~ん、だから気配せーへんのか」

 白夜は、奏の狼式神だ。

 奏の亡き母、大狼おおがみ 琴葉ことはの大狼一族では、各々一人に狼式神を必ず持つのが当たり前である。

「⋯⋯」

「まだ、不安か?」

 黙ったまま、俯いていた奏に聞いた。返事に奏は少し頷いた。

「そっかぁ〜、でももう大丈夫だと思うよ。ほら、あっこにお前さんの義母おかやん義妹いもうとたちがおるよ」

 人差し指を前に向けて虎徹は言った。

 その先に義母こと不死原 紫音。そして、一個下の不死原 菜月なつきと二個下の不死原 咲月さつきが会場の舞台裏の扉に集まっていた。

「あ、お兄ちゃんやっと来た!もうどこ行ってたの!あと少ししたら探しに行くところだったよ」

 最初に奏たちのことに気付いた咲月が怒った顔で言った。

「そうじゃ、ったく世話の焼ける兄を持ったのう、あたし達は」

 次に呆れた顔で菜月が続いた。

 義妹たちのぐさっと心に刺さるキツイ言葉聞き、奏はしょんぼりとなった。

「そこまで言われなくてもええやん。本当のことやけど」

「はいはい、三人ともそこまでよ」

 パンと手を鳴らして最後に来た紫音が三人の会話を止めて、心配そうな顔で奏を見た。

「奏、大丈夫?何か心配事でもあるの?」

 えっ!何も言わずにもう分かったの?と奏は驚いた顔で紫音を見た。

「義母、僕ってそんなに分かりやすいの?」

「うふふ、私は君の義母よ。それに昔から嘘が下手くそだから、顔に出てるよ」

「うっ!?」

 そう指摘されて、奏は慌てて表情を変えようとした。

「慌てて変えなくてええよ。さあ、こっちおいで」

 奏を近づけて、頭を優しく撫でながら近くにあった椅子に座らせた。

 紫音も隣に座り、奏を撫でるのやめた。

「で、君を悩ませるものはなんだい?」

「それは、その⋯⋯」

 義母に嘘は通じないこと知る奏は、観念して虎徹に話したこと全てを話した。

 月雪家次期当主候補の一人として認められたことに関して嬉しいが、本当に自分でええのか?自分はちゃんとやれるのだろうか?皆が自分に抱いている期待に応えることができるのだろうか?と持っている全ての不安を話した。

 全てを話し終えた奏は、義母の顔を見ず、下を見た。

その義母こと紫音は、そんな奏を微笑みながら見ていた。そして、微笑みながら奏を優しく抱き寄せた。

「大丈夫、奏ならできる。なんせ君は私の息子だから」

僅かな言葉ながら、義母からこんなに信頼のこもった言葉を聞いて、奏は目を大きく開いた。何かを言おうとしたとき⋯⋯。

「そうです!お兄ちゃんなら大丈夫!!」

「そうじゃ、兄上はどんなことが来ようと、必ずやり遂げるからのう」

咲月と菜月からも義母同様あるいはそれ以上の、信頼のこもった言葉とお誇りを顔に二人は奏を見た。虎徹はちょっと離れたところから何も言わずに、小さな笑みを浮かべながらその場面を見守っていた。

「せやな、僕はやるときやる男やからな、うん!」

群れ《かぞく》からの言葉を聞いて、自信に満ちた奏は立ち上がり⋯⋯

「やってやろうやないか!!」

と、天井に向けて叫んだ。

他の四人は、そんな奏を見て微笑んだ。

その時、ガチャっと扉が開いた。中からは、奏と同じく左眼に傷のある男が出てきた。

「オーイ、そろそろ時間になるぞぉ~っと⋯⋯、なんかオレ邪魔だったのかな?」

「はい、邪魔ですよ。さん」

紫音のあまりにも冷たい返答に海賊さんは、きょとんと突っ立ったまま、そこで固まった。

「義母、そんなふうにわないでください。ごめんなさい、克海かつみさん」

克海は、紫音の言った通り海賊だ。妖国の海を〈自称〉統べる者らしい、あと、虎徹に空手を教えた師匠でもある。

「あぁ、別にいいよ」

もう慣れているからと、目が語っていた。しかし、ハッと我に返り顔を左右に振った。

「っと、こんなことしている場合じゃない。奏、そろそろ時間になる、当主さんが舞台裏で待ってるぞ」

「あっ、はい、すぐに行きます。義母、菜月、咲月、行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」

「行ってらっしゃい、兄じゃ」

群れ《かぞく》に見送られながら、奏は克海が出てきた扉に入った。当主のいるところへ。

(あれ?俺のこと完全に忘れへんか?あいつ)

と、虎徹は思った。


舞台裏について、そこには月雪家現当主、月雪 千冬ちふゆが正座して待っている姿が見えた。

「遅かったわね、奏君」

落ち着いた口調で奏に話しかけた。

「すみません、群れ《かぞく》と話していました」

「そうかい?心の準備はできたのかね?」

「いえ、正直まだ不安があります」

奏は素直に応えた。

確かに、さっき群れ《かぞく》から励ましの言葉いただいたが、それでも多少なりの不安が残った。

だが⋯⋯。

「でも、なんとかなります」

自信満々と返事をした。

「本当にそうなのか?」

「はい!!」

再度の自信満々の返事をした奏に、千冬は安心した表情で見た。しかし、奏の胸元に視線を向けてその表情は心配に変わった。

「奏君、胸の傷はもう大丈夫かい?」

「えっ!あ、はい。心配することはありません。完全回復と言える状態まではいきませんが、大丈夫です。それに、は必要なことでした」

急な質問に戸惑いつつも正直に応えた。

無理もない、一週間前に不死原家の現当主、紫音に決闘を申し込んだから。その結果、胸にエックス字の傷を負ったのだから。でも、には大きな意味があった。絶対やらねばならなかった。

「そうか、では、そろそろ始まるよ」

「はい」

奏は、千冬の隣りで正座をして、舞台のカーテンが開けるのを静かに待った。

(長かったな〜)

ここまでの道のりは本当に長かった。そして、厳しかった。

五年前の自分はまさか、ここまで来れることを冗談でも夢でも、想像すらできもしなかったやろうな〜、あんな弱虫と泣き虫の自分が次期当主候補って目標であったが、夢のまた夢と思っていた。しかし、振り返ってみれば、本気に月雪家当主を目指したいと思ったきっかけは、あの日起きた事件だった。全てを失いかけたあの事件から。


そう、全ての始まりは五年前のあの事件だ。

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