ダンシング・パーソナルエリア

@786110

ダンシング・パーソナルエリア

 相手との関係性によって、距離感が変わる。それをわかりやすく図に表したのが、パーソナルエリア。

 本やネットでよく目にするのは円形の画像だけれど、実際にはいくつかの形が存在する。四角形だったり、三角形だったりする場合もある。さすがに、星形を見たことはない。

 なぜ、そんなことが言えるのか。

 それは、僕には、他者のパーソナルエリアが可視化される能力が備わっているからだった。

 どこでどうやって手に入れたのかなんて、僕にもわからない。ある朝、目を覚まして台所で姉さんを見たら、その足元におかしな影を見つけた。それをきっかけに紆余曲折を経て、自分の力に気づいたというわけだ。

 使い道は、正直に言って、ない。視覚情報が追加されて煩雑ですらある。オンオフの切り替えができたら便利なのだけれど、それも叶わないから、諦めて受け入れるしかない。

 憂鬱な月曜日。天気は快晴。

 夏休みを間近に控えたこの登校期間が、一番億劫に感じられる。

 いつものように朝食、歯磨き、着替えの順に事を済ませ、前日に準備していたエナメルバッグを肩に下げて学校に向かった。

 僕の住んでいる街は小規模都市ということもあって、都会ほどではないけれど、通学路にはそれなりに人が歩いている。ほとんどが小学生で、僕みたいに徒歩で中学校に行く生徒は比較的珍しい。

 住宅街の直線になった道を進んでいると、僕の通う中学校の制服を着た、小学生の集団に囲まれている一人の女の子を目の前に見つけた。少女は、みんなと楽しそうにおしゃべりしている。

 小学生に懐かれながら登校する中学生なんて、絶滅危惧種だと思っていた。いまどき、全国各地、津々浦々を隈なく探しても、ど田舎でもない限り、こんな光景を目にすることはないんじゃなかろうか。

 都市の少し外れに行けば田舎なのに、蔑むようなことを思うのは不純だったかもしれない。お天道様に謝っておこう。早く都会で一人暮らしできますように。これでよし。

 と、そこで僕は、集団の足元に、ありえない影が差しているのを目撃した。

 星形。しかも、複数ある。軌道を廻るみたいに、ぐるぐると動き回っている。

 目を疑った。

 え、星形? あれが、あそこにいる誰か、あるいは何人かのパーソナルエリア?

 いやいや、まっさかー。そんなことあるわけないじゃないか。

 内心ではそう思っていても、それが幻覚ではないことを、直感が告げている。

 ごくり、と唾を飲む。

 こればかりは、確かめずにはいられない。

 変な人だと思われようと構わない。

 炎天下、額と背に汗が滲んでいるのを感じながら、僕は、数百メートル先を歩くちびっ子軍団めがけて、全力で走り出した。

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