お前が鈍いんだよバーカ!!

ドキドキしながら少女がベットに入ろうとした時、リーリンカは拍子抜ひょうしぬけした。


「う、う〜ん。うんうん。うん?」


「な……なんだ……いつぶれてうなされてるだけだったのか……」


彼女はいか、さりを通りして脱力だつりょくしてしまった。


「あ、あはは……まぁお前はそういう奴だよな……」


リーリンカは酒臭さけくさいファイセルのほほにキスをすると、彼にきついた。


「この大事な日にこの有様ありさま……か。でも、私はいつまでも気長きながに待ってるからな……」


そのままリーリンカはねむりについた。


次の日の朝、ファイセルは二日酔ふつかよいの激しい頭痛ずつうで目が覚めた。


「あっ、痛っつ〜。あいたたた……ん? ここは……?」


半身はんしんを起こそうとすると何かあたたかいものが片腕かたうでにピッタリとくっついている。


「おっ!? おおっ!?」


おどろきのあまり思わず変な声が出た。


となりにはリーリンカが寝ていたからだ。


スタイルが良い方ではないので当たるべきものが当たらないが、女子と密着みっちゃくしているのは間違まちがいない。


(な、な、なんなんだこのシチュエーションは!! 結婚式けっこんしきの後どうなったらこんな事になるんだ!?)


しきませた後の夫婦めおとならば、むしろこのような状況じょうきょうになるのが自然であるのだが。


ファイセルは突如とつじょこんな状況じょうきょうおちいったために、いまだに現状げんじょうをよく理解出来ていなかった。


(え~っと、確かお酒を飲まされて、っ払った後に気を失った……ような気がするぞ。その後、アッジルさんが夢に出てきてどこかのベッドに運んでくれて。で、リーリンカが夜に部屋に入ってきて……って肝心かんじんのその後が無い!!)


「ん、ん~~ん~~」


ファイセルはあわてながら昨晩さくばんのことを思い出そうとしていた。


するとリーリンカが目覚めざめた。


こちらが起きているのに気づくと、彼女は顔を赤くした。


「えへへ……おはよう」


「……お、おはようございます」


少年には夜のうちに何があったかなんてたずねる勇気ゆうきはなかった。


まったく覚えていないが、人生で初めて一線いっせんを越えてしまったと見るのが妥当だとうだろう。




本来はよろこぶべきことなのだろうが、こんな形でむかえることになるとは思いもしなかった。


‥‥などと、ファイセルは考えていたのだが、それは完全なる思いちがいだった。


それにしてもメガネをかけていないリーリンカには未だにれない。


まるで初対面しょたいめんであるような感覚かんかくおちいってしまうのだ。


本当にメガネがおとのギャップが激しい。


「良かった。本当に良かった。お前がむかえに来てくれたのはゆめじゃなかったんだな……。本当にゆめなんかじゃないよな?」


リーリンカが強くうできしめてくる。


ファイセルはどこからが夢なのか、全くわからなくなった。


そのため、その質問に自信を持って答えることは出来なかった。


とりあえず安心させようと声をかける。


「ああ、僕がリーリンカを助けだしたのはまぎれもない現実げんじつだよ……それより、僕にとっては、本当に結婚してしまったかどうかのほうが夢のように思えるんだけど。夢じゃないよね?」


逆にファイセルがそう聞き返した。


「何を言ってるんだ? 首のチョーカーがあるじゃないか」


首元に手を当てて確認すると、確かに夫婦めおとあかしである漆黒しっこくのチョーカーがはまっている。


リーリンカの首元にもだ。


「ま、まさか相手が私じゃ不満ふまんなのか……?」


急に花嫁はなよめがおどおどしはじめた。


「別に不満ふまんじゃないよ。たださ、ついこの間まで友達だったと思ってたのに、恋人こいびと期間きかんずに結婚しちゃって、僕としては気持ちの整理せいりがまだつかないんだ」


リーリンカはホッとしたようにファイセルを見つめた。


「私も内心ないしんでは急な展開てんかい戸惑とまどっている。でもな、私はチョーカーを交換こうかんしたことは全く後悔こうかいしていない。しょ、正直を言うと……じゅ、純粋じゅんすいにお前が好きだ。これは確かなこと。だからこれからはもっと一緒いっしょにいてくれ……」


まさかの相手あいてからのプロポーズである。


ファイセルはこんな美少女にここまで言わせてしまって、なさけないやらもうわけない気持ちで一杯いっぱいになった。


ここはすじを通さねばと彼女にちゃんと返事を返した。


「……不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします」


花嫁はニコっと笑った。


「こちらこそ」


2人はギュッとハグしてからベッドから出た。


枕元まくらもとに置いてあったメガネを、リーリンカがかけようとしたのを見てファイセルは指摘してきした。


「君はメガネかけてないほうが可愛いと思うんだけど。正直、メガネをかけている時とは別人に思えるくらいだよ」


可愛かわいいという単語に反応して少女はれた。


「そ……そうか? メガネは小さい頃からずっとしてて慣れてたからな。そこまでいうならマギ・コンタクトをつけるか」


ファイセルは笑いながら手招てまねきした。


「まぁまぁ。それは後でいいから。とりあえず、君のご両親りょうしんめてもらったおれいをしないと」


2人は居間に向かった。リーリンカの両親りょうしんはもう起きていて、朝食をとっている。


「おお、もう調子はいいのかね!?」


リーリンカの父親が席を立ってあゆって来た。


「いや、頭は痛いし気分もあまり優れないです」


少年がそう伝えるとリーリンカの母親が青い丸薬がんやく手渡てわたしてくれた。


「はい。二日酔ふつかよよう気付きつぐすりよ。飲んで飲んで」


すすめられるままにそれを飲み込んでからファイセルは座敷ざしきに座った。


「あー、改めてお礼を言わせてくれ。カルバッジア……ではなく、ファイセル君だったかな? まさかむすめをラーレンズから解放かいほうしてくれる者がいるとは思っても見なかった。このふくろにはラーレンズから事前に受け取ったままの結納金ゆいのうきんが入っている。ひとまずそれでゆるしてしい。」


ファイセルはてのひらを左右にって遠慮えんりょした。


「僕はすでに娘さんをもらってますので十分です。お金のために彼女を助けたわけでもありませんしね。それはおじさんおばさん……いや、お父さんお母さんが使ってください。それだけあれば生活費せいかつひに困ることはないはずです」


ファイセルはこの家庭があまり裕福ゆうふくでない事を知っていたので、気をかせた。


父親も母親も感銘かんめいのあまり深く頭を下げた。


「そんなおおげさな。頭を上げてください。僕はたまたま大金たいきんをもてあましていたくらいですし、消えるべくして消えたお金なんですよ」


さすがに安い金額きんがくではないが、心配をかけまいとファイセルは余裕よゆうがあるようにった。


父親が頭を上げて感心した表情を浮かべた。


「なるほど。やはりアッジル氏の言うとおりの少年だったな。そういえば彼がよろしくと伝えておいてくれと言っていたな。落ち着いたら2人で会いに行くといい」


堅苦かたくるしい空気は徐々じょじょけていき、少年も家族として馴染なじみ始めていた。


「ところでファイセル君、休暇中きゅうかちゅうはしばらくこちらに居てくれるのだろう?」


父の問いに少年は少し考えこんで答えを出した。


「今回の休暇きゅうかでは実家じっかに帰ってないので、家族や知り合いが心配していると思います。特に僕の師匠せんせいは今回の婚潰こんつぶしを提案してくれた人ですし、おれい報告ほうこくをしたいなと思っています。ただ、今月中くらいはお邪魔じゃまさせてもらうかもしれません」


それを聞いて少年の両親は少しさびしそうな様子だった。


「そうかね。もっと君にはでゆっくりしていってもらって話をしたいと思っていたが、それならば仕方しかたないな」


頭痛ずつうがひどい。ファイセルはその日は休むことにした。


「休むなら客間きゃくまか、あるいはリーリンカの部屋でもかまわんよ」


父の発言を娘がすぐに取り消した。


「わ、わ、やめやめ!! 私の部屋には入るんじゃない!!」


入るなと聞いてしまうとファイセルは余計よけいに気になった。


「う〜ん。リーリンがの部屋か〜。かなり興味があるよ」


娘は仕方ないなとばかりに、渋々しぶしぶうなづいた。


「‥‥お前にそう言われると、ことわるにことわれんじゃないか‥‥」


きっとリーリンカのことだ。


机と参考書籍さんこうしょせきとベッドだけの簡素かんそ地味じみな部屋だろうと思っていた。


だが、部屋にはいると綺麗きれいな壁紙に、カーペットが目にとまった。


ぬいぐるみにもの、アクセサリーなどがならび、とてもファンシーな部屋だった。


「へ~、意外いがい。リーリンカって女の子らしいとこあるんだね」


「意外はとは何だ意外はとは。失礼しつれいやつだな!! お前の実家じっかに行ったら当然とうぜん、お前の部屋も見せてもらうからな!!」


リーリンカはかくしに語気ごきを強めながら言った。


「僕の部屋? それこそ面白おもしろくもなんともないと思うんだけどなぁ……」


じゃれるようにいを続けながら、客間きゃくまへと移動してファイセルはよこになった。


「にしてもさ、この首のチョーカー、学院でもつけてないとダメなのかい? こんな目立つペアのチョーカー、すぐさまクラス中のうわさになりそうなんだけど」


リーリンカはあきれたように言った。


「お前なぁ、それ永遠とわ夫婦めおとあかしなんだぞ? そんなホイホイはずすもんじゃない。それとも何か? 私とウワサなるのがイヤなのか?」


少女はにやにやと笑っている。


ファイセルは黒光くろびかりするチョーカーをいじりながら、これからの学院生活がくいんせいかつを思い浮かべた。




「いや、君がおよめさんだって事に全く不満はないんだ。でもこれって学生結婚だしさ。これって学生結婚ってやつだし。みんなビックリするんじゃないかな」


それを聞いたリーリンカは何くわぬ顔でさらりと言った。


「なんだ? チームの連中れんちゅうの事か? ラーシェとアイネなら私がお前を好きなこと、かなり前から知ってるぞ? まぁ流石にこうなるとは予想してないと思うが」


ファイセルはおどろいて思わず半身を起こした。


「え~~~~!? どういうことさ。知らなかったのは僕とザティスだけだったの?」


少年は力がけて再び横になった。


「まぁそういう事になるな。にしても呑気のんきなヤツだ。お前、何気に女子から結構けっこうモテてるんだぞ。知らなかったのか?


「んん!?」


おもわずファイセルは想定外の情報に目を白黒しろくろとさせた。


可愛かわいいラーシェと美人なアイネが同じチームにいるからのぞうすだと思われて誰もアタックしないだけだぞ?」


思わずリーリンカはひたいに手をやった。


「私はいつか誰かに先をされてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしてたというのに……」


リーリンカは大きなため息をつくとファイセルを指さした。


「お前が鈍感過ぎるんだよ!! バーカ!!」


彼女は笑みを浮かべながら、ファイセルにあっかんべーをお見舞みまいした。


「う~ん……女の子ってよくわかんないなぁ」


ファイセルは天井を見つめて、あれこれ物思いにふけるのだった。


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