藍と涙
――ウル、リヒ。ごめん、テルネラを、どうか……頼んだよ。
オログ――角つきの貝の少年は、そう言い残して海に身を投げた。
その柔肌が裂け貝殻と同じものに置き換わっていく様は、純粋にウルリヒを恐怖させた。痛そうだった。苦しそうだった。どんなに敵だと思い込もうとしても、同情を禁じ得ない。
そして、彼が落ちていくのを止めることはできなかった。手を伸ばせなかった。僅かな時間だったけれど、オログがテルネラのことを大切に想っていて、テルネラもオログを大好きだと見ていてわかったから。
ここで引き留めても、近いうちに物言わぬ木に変わるだろう。そんな姿を見せてもいいのか?――そう、ためらってしまった。
罪悪感と自己嫌悪が駆け巡る。呆然としていたウルリヒを現実に引き戻したのは、テルネラの甲高い悲鳴だった。
テルネラが事態に気付いて、船から身を乗り出している。
気が付いたら、駆けだしていた。海に向かって小さな手を伸ばすテルネラの体を、腰を抱えて引きずり下ろした。テルネラは抗った。
「やだ! 離して! 置いてかないで! 置いてかないで……!」
引っ掻かれても叩かれてもウルリヒはテルネラを離さなかった。テルネラはぐしゃぐしゃに顔を汚して、泣いていた。大人達は呆然として二人を眺めている。なぜウルリヒがここまでしてテルネラを引き留めるのかわからないのだろう。ウルリヒにだってわからない。でも、オログが頼んだから。任されてしまったから。
尚もがむしゃらに抵抗するテルネラの腕をひねり上げ、馬乗りになってウルリヒはテルネラの腕を捻じ曲げ、動きを封じた。二人して息が上がっている。もう動けないとわかっても、テルネラは叫び続けた。
「いやだ! いや! 帰る! 帰るもの! オログがいなきゃ意味がない! 意味がないの! いやよ! オログを一人になんかしない! したくない! やだ!」
「うるせえ! 餓鬼みてえに駄々を捏ねんな! オログはおまえを置いて行ったんだ、その事実を受け止めろよ!」
ウルリヒも怒鳴り返した。
テルネラは沈黙した。その赤紫色の目から、ややあって真珠のように丸い大粒の涙が頬を伝った。
「うそだ……そんなの、うそだよ、だって、一緒に逃げようって、オログ、言った」
「うそじゃない。諦めろ。諦めてくれ。おれが、おまえを託された。だからおれは、これからはおれがおまえの面倒をみる。……人間だけどな」
テルネラの嗚咽は、もう声にならなかった。すう、すう、と苦しげな空気の音だけが、喉の隙間から漏れている。
「う、ウルリヒ……正気か?」
離れて見ていた大人達がおそるおそる近づいてくる。ウルリヒは息を吸って、吐いて、荒い呼吸を落ち着けた。
「こいつは、村で預かる」
「は? 本気かよ……?」
「あいつはこれからこの大地を支える樹になる。人間がこれから何百年と生きられるようにな。そんなあいつが、こいつを頼むと頭を下げてきたんだ。だったらそれくらい叶えてやるよ」
「で、でもさあ、こいつ、おれたちを食ったりしたら……」
「腹が減るなら他の食い物を食わせりゃいい話だ。おれらを食う気なんてなくなるくらいにさ。それにこいつには、おれらを食べる意味がない」
ウルリヒは、テルネラを見下ろして、その身体から退いた。テルネラは虚空を見つめてはらはらと涙を流し続けていた。
「こいつは、真珠も作れない、貝の一族としてはただの欠陥品なんだよ。おれらと何も変わらない。おれらをもしも食ったら、こいつは世界で一人きり。貝の末裔からはぐれ、おれらにも憎まれ爪弾きにされる……そんなこと、何の意味もないな。そうだろう? わざと死にてえなら別だけどな」
ウルリヒはテルネラの胸ぐらを掴んだ。テルネラは、ひくっ、と悲鳴にも似た音を喉から漏らした。
「いいか。おまえ、勝手に死ぬんじゃねえぞ。人の真似事してでも生き延びてみせろ。あいつにおまえを捨てさせた代償がそれだよ。できるだろ、それくらい。できねえとは言わせねえぞ」
テルネラは僅かに唇を震わせて、閉じた。瞼を静かに閉じて、最後の涙を一筋、頬に零した。ウルリヒも、手を放した。
それから数日は船の上で過ごした。船員達は魚を塩漬けにしたり捌いたりと忙しく働いた。ウルリヒも漁網の補修作業を手伝い、テルネラはウルリヒの隣で船員達の服を繕っていた。漁獲量は充分だ。そろそろ頃合いだと思い、村への帰還を指示した。
「おう」
「了解」
男達は銘々に頷いた。面舵いっぱい。船はゆっくりと旋回する。テルネラが針を動かす手を止める。
「村、って?」
「おれたち人間さまの住む村だよ。おまえらにも住処くらいあっただろ」
ウルリヒはテルネラに見向きもせず淡々と応えた。テルネラはしばらくして、もう一声かけて来た。
「あの、どんなところ?」
網を補修する他の男達が戸惑いがちに互いの顔を見合わせている。ウルリヒはそれをちらと視界の端で捉えつつ、再び縄に視線を戻した。
「誰か答えてやれよ」
「え、や、でもこういうの、いつもウルリヒがやってるじゃねえか……」
「おればかりそいつと仲良くなったとして、こいつはどうやってこれから村に馴染むんだよ。おまえらと馴染めないならほかとはもっと馴染めねえよ。いいかげんにしろ」
「う……ど、どんなところっつってもなあ……えー? す、砂浜があってだな……」
頭をがりがりと掻きながらどもる男達を一瞥し、修繕した引き縄を
視線を感じるような気がして振り返れば、テルネラと目が合った。
居心地が悪くて、ウルリヒはコートの襟を引き上げ口元を隠した。
あれから、テルネラはもう泣かなかった。儚げな見た目とは裏腹に芯の強い女だと感じる。船酔いして吐いたり、人間の食べ物の味に慣れずえずいたりしたが、目をきゅっと釣り上げて一生懸命食べた。とにかくひょろひょろのやせっぽっちであまり役に立ちやしないのになにかと仕事を手伝いたがる性分もあって、それをウルリヒは少し好ましく感じる。だから好きにさせてやった。テルネラは積極的に人間と関わろうとしていた。人の輪の中に入ろうとしていたのだ。
テルネラの、光沢のある白髪や赤紫色の目、青い唇――そういった人間離れした姿は何度見ても見慣れない。それでもウルリヒは、できるだけテルネラから目を逸らさないように努めた。この目に映るその姿を、当たり前の風景にしていかなければならないのだ。貝の末裔のことが、憎らしかった。だのに今ではテルネラを憎みきれない。
コエナシモドキ、という彼女の境遇に同情していたのかもしれない。
一つだけ彼女に共感したこともある。テルネラの左の頬には刺青があった。三つの小さな円を線で楔形に繋いだ黒い模様だ。
テルネラの作業を観察していた。テルネラは捌いた魚肉をきゅっと眉を吊り上げて塩揉みしている。その必死さがなんとなくおかしくて、ウルリヒは忍び笑いを漏らしつつ声をかけた。
「不細工な顔してんな」
「いきなり何なの? どうしてそうやってけなすの」
「見てくれは悪くねえんだけどな。その刺青が似合ってない」
「そんなこと言われても!」
テルネラは膨れ面をした。
「この模様は、真珠の耳飾りを表してるの。耳の形に沿ってつけられる三粒の真珠なの。いつかつがいができますようにっていう女の子のおまじない」
「ああ……だからオログにはなかったのか。女だけ?」
「そう。貝の末裔の女の子はみんな、生まれてすぐこの墨を入れるの」
「はあ、求愛行動の一環ってか。よくわかんねえけどくっだらねえな」
「………………嫌い」
テルネラはさらに眉根をぎゅっと寄せて、再びぎゅっぎゅっと腕に体重をかけて魚を押しつぶした。向かいにいた船員がその様子にふっと笑いながら汗をぬぐったのが見えた。
「嫌いでけっこう。……さてと、そろそろいいだろ」
魚の塩漬けはいい塩梅に仕上がっていた。ウルリヒがそれを掴んで土壺に投げ入れれば、作業が終わった順に男達もそれに倣っていった。テルネラの作業はまだ終わっておらず、男達はそれを気にしながらも声を掛けることを躊躇っている。縋るように向けられる彼らの視線を無視して、ウルリヒは船縁にもたれ海を眺めた。海の青は次第に赤紫色に染まっていった。
夜は、男達がほとんど寝静まる。彼らには昼間働いてもらう代わり、夜の船を操縦するのはウルリヒだ。他よりも多少夜目がきくのも、この碧眼のせいなのかもしれない。
一人だと物思いにふける。潮風の匂いと星明りで意識を保つ。あの夜を思い出して恐怖心が浮かび上がってくるけれど、それと一人で向き合い続ける。ある意味で、ウルリヒが唯一一人でいられるのは船の上で過ごす夜だけだった。……近頃はそうもいかないが。
今夜も小さな足音が背後から近づいて来る。もう慣れたから、ウルリヒは振り返らない。声をかけるだけだ。
「いいかげん、与えられた寝床で寝やがれ。それともなんだ、おまえら貝の一族は、固い床で寝るのが趣味なのか」
「そうじゃないけど、なんだか落ち着かなくて」
顔を見ていないのに、声で彼女がまたむっとしたのがわかる。ウルリヒは小さく笑った。テルネラは舵輪の傍に座り込み、夜空を見上げた。
「星、綺麗。すごいね」
「あ? おまえ、それ毎晩言ってんのな」
「だって本当に綺麗で……」
テルネラはほう、と息を吐いた。吐いた息は白く滲んで空に溶けていく。
「ずっと、夜は月が空に上がる前に寝ちゃってたから。こんな風に星空を見ることなんて滅多になかったなあ。真珠の欠片がたくさん散らばっているみたい。海のなかと、一緒だね」
「海のなか?」
「ここに来るまでは海の底を歩いてきたの。海の底にはね、沢山真珠が敷き詰められていて、まるで絨毯みたいだった。多分、私たちが――私の同胞が零した真珠が何百年もかけて積もったんだろうなあ」
「へえ……海の底に、ねえ。王さまが聞いたら喉から手が出るほど欲しがりそうだ」
「王さま?」
「たくさんの人間を率いて国を作っているおえらいさんだよ。真珠は宝石だからな。しかもなかなか採取できない。貝の末裔から譲ってもらうわけにもいかないしな」
「……海の底の真珠は、採ってもいいと思うよ。誰もほしがらない真珠だもの。女神さまもあんなにたくさんはいらないと思う」
「高く売れるだろうな。そしたら村も潤う」
「……どうやって採るの?」
「おれたちはそんな深いところまで潜れないからな。採れるわけがねえよ。これは全部もしも話だ。ま、王さまの耳に入れたら採りに行けって言われるだろうからこれは内緒」
「……私、採ってきた方がいい?」
ウルリヒはテルネラと目を合わせた。星明りの下だとテルネラの目は青く見える。そのことに少し安心する。
「……いい。おまえ怯えている様子だしな」
「なんでわかったの」
「そんなしかめ面していたら誰だってわかるよ」
「オログは、あんまり私のことわからなかったわ」
「そりゃ……距離が近すぎたとかじゃねえの。知らないけど」
「……そうなのかな」
テルネラは膝を抱えてしばらく考え込む。
「私ね、今やっと生きているって感じる」
「あん?」
「……オログがいないのに、生きている実感に溺れてる」
ウルリヒは首を傾げた。黙ったまま続きを促す。
「君は、……ウルリヒは、私のこと働かせてくれるでしょう。下手でも作業が遅くても、最後までやらせてくれる。下手なのは下手って言ってくれる」
「えこひいきなんかしねえぞ」
「うん、ひいきしない。それがどれだけ嬉しいか、わかるかな……」
テルネラは顔を膝に埋めた。
「……私、わがままだね。オログに見捨てられたのも、仕方ないね……」
「だから、捨てたんじゃなくて――」
「知ってる。わかってるよ。ただ、私は最後まで死んでもいいからついて来てって言われたら、喜んでついていったよ」
「……いまさらうじうじすんなら、自分から言えばよかったじゃねえかよ」
「オログの好きな私はそんなこと言わないの」
「なんだそれ」
「オログは私のために、なんでもしてくれた。いつも思い詰めていっぱいいっぱいになってた。私が足手まといで、できそこないだったから、オログを苦労させてきたの。だから、私はその恩返しを、あの子の理想の私でいることでしか補えなかったの」
「あー……めんどうくせえな。おれそういうのわかんないんだよ」
ウルリヒはため息をついた。舵を揺らすのをやめて、頬杖をつく。
「そんなふうにうだうだ考えてたのも、そういう仲だったからかねえ。おまえらつがいだったんだろ?」
「つがいじゃない。本当のつがいじゃないわ」
「なに、それ」
「………耳飾りには意味があって、耳たぶは体の中で一番冷たい場所。昔々私たちが貝であった名残なの。だからそこに、私たちは初めて零した真珠の耳飾りをつける。つがいになる人と初めてを交換して、耳たぶにつける。それが、私たちにとっての愛の証だった。かけがえのない誓いの証」
「ああ、だからおまえの耳飾りは黒い真珠なわけだな」
「……ちょっと、違う」
テルネラは、オログと耳飾りを交換した経緯を説明した。
ややこしいことをするなあとウルリヒは思った。それでも彼らにとって、その細やかなやり取りには深い意味があったのだろうとは理解できる。人が子どもの青い目に意味を見出し信じ続けてきたように。
「私は結局、オログに私の真珠をあげられなかったから、あの子のつがいじゃないよ」
「でもつがいになりたかったんだろ。お互いに思い合ってるならいいんじゃねえのかな」
「……それも、よくわからないよ」
テルネラは顔をあげて、また星空を見た。目が潤んでいて、綺麗だと思う。
「つがいってなんだろう。愛し合うってなんだろう。私はオログのことが世界で一番大事。あの子だって私のことをそう思ってたと思う。でもそれって、私がいつ死ぬかわからないできそこないだったから。もし私が普通の子だったら、何か変わってたかもしれない」
「そんなもしもの話、意味があるか?」
「わからない。でも、考えずにはいられない。私は愛を知りたい。……知りたかった」
「……早すぎたんだな」
何が、とは言わなかった。でもウルリヒにはわかっていた。引き離されるのも、つがいごっこも早すぎたんだろう。もっと時間が必要だった。
それでも、女神からの呪いは世界でちっぽけな二人の時間なんて待っててはくれないのだ。
「おまえ、本当はこんなところまで来たくなかったんだろ」
テルネラがウルリヒをじっと見つめ返してくる。
「本当は、こんなふうに人間と過ごすのも、嫌いだろ」
「……よくわかったね」
「そんな顔してるからな」
「……そうかな」
「いつもしかめつら」
眉間をつついてみせれば、テルネラは目を伏せた。
「そう。ほんとうは来たくて来たんじゃない。贄になってしまったオログが逃げたいって言ったから、初めて私に望みを言ってくれたから、ついてきた。それだけ……私、みんなに食べられたってよかったよ。これ以上足手まといになるのもいやだったから」
「多分、おまえって矜持が高いんだよな」
ウルリヒは薄く笑った。
「おれたちのことも本当は見下してる。でも、自分ができそこないで、おれたちと変わらないこともわかってる。だから恥を感じてるし、諦めてるってとこだろ」
「……そうかも、しれない」
「なら教えてやる。そんなおまえがおれは大嫌いだ。正直に言うと、おまえなんかこれっぽっちもいらない」
ウルリヒは息を吸う。ひゅう、という音が喉から漏れた。テルネラは唇を噛みながらも、ウルリヒから目を逸らさなかった。だからウルリヒもまっすぐに見つめ返してやった。
「おれは貝の末裔が嫌いだ。きっとみんなもそうだ。たとえおまえが真珠を吐けなかろうが、人を食わなかろうが、おれらにとって大差ないんだよ。きっとおまえは必要と言われれば人を食ったはずだ。たった一度人を食っただけで引きずって、おれの血を見て吐いたオログとは違う」
「……うん」
ややあって、テルネラは笑った。泣きだしそうな笑顔だった。
「……でも、だからこそな」
ウルリヒは、言い含めるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「だからこそ、おまえにその気があるのなら、おまえは人になれるとおれは思う。今なら選ばせてやる。海に行くか、舟で故郷に帰るか、このままおれについてくるか。そして、もしも人になるなら、あいつらを同胞だと呼ぶな。おまえにとっての同胞はオログじゃなくて、おれだ」
テルネラの顔は、血の気を感じないほどに白かった。きっと、人間の蒼白な顔と同じなんだろう。
「おまえは考えすぎて勘違いしてると思う。あいつの、オログの願いなんてもっと単純なもんだよ。好きな女に生きててほしかったんだ。あいつは人を食うのがいやだった。だからおまえにも人食いになってほしくなかったんだ。あいつはおまえが貝の末裔として生きるよりも、人間として生きることを望んだ。だからおれに託していった。ひでえ話だよな、出会ったばかりの人間のおれなんかにさ。おれの目の前で……おれの事情なんか何も知らないくせに……自殺みたいだった。おれ、あんなの傷ついたよ。おれだって少しは傷つくんだよ。まだ子どもだったからさ」
――ああ、そうか。
話しながら、ぼんやりと気づかされる。そうか、なんだ。おれ、傷ついてたんだ。オログがあんな逝き方をしたことが、苦しかったんだ。
だからきっとおれは、こいつを見捨てられないんだ。本当は今すぐにでも海に捨てちまえばいいのに。真珠が吐けないのが心苦しい? 海底には真珠の絨毯? じゃあ大好きな真珠に埋もれて勝手に死ねばいい。だのに、もう見捨てるわけにはいかないんだ。
「……さあ、どうする?」
テルネラはますます顔を白ませ、口を両手で覆った。何度もえずいて、堪えた。それほどに、テルネラにとっては苦渋の決断らしかった。そのことをウルリヒは悲しく思う。種族を壁を越えるのは簡単じゃない。
「『可哀想な自分』を捨てる覚悟はあるかい、真っ白なお嬢さん」
「……………嫌い、ウルリヒって、嫌い」
「嫌いでけっこうだよ」
テルネラは口を拭って、泣きだしそうな顔でウルリヒを見つめた。
「……海は嫌い。怖い。女神さまがいるから」
テルネラは、肩を抱いた。
「もう二度と……行きたくない。綺麗な場所だったけれど、塩からいし、息ができないし」
「ならさっきも採ってこようかなんて言うなよな」
笑いながらそう言ってやれば、テルネラは素直に頷く。
「私を捨てないで」
「はいはい、わかったよ」
テルネラはしばらく目を擦って、泣き止んでからはやっと笑った。初めて、ちゃんと彼女が笑うのを見た。この笑顔がオログは好きだったんだろうなと思う。少しだけ切ない。
ウルリヒは水平線へと視線を戻した。
紫、緑、黄色、橙、赤。
小さな色とりどりの光が、霧の向こう側に輝きはじめる。岸がようやく見えてきた。
「見ろよ、人間の大地だ。ようこそ? 歓迎は特にしないけど。ほら」
テルネラも立ち上がって、霧の向こうを見つめた。
あとは二人共、黙っていた。
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