閑話
吟遊詩人の詩
「昔々、ひとりぼっちの女神さまは、七色の湖底に揺蕩う泥のヴェールを指で編み、友だちを作りました。
けれど、友だちは女神さまの隣で息をすることができず、死んでしまったのです。
嘆き悲しんだ女神さまは、次に友だちの暮らす家をつくり、大地を作りました。
友だちは息を吹き返し、ふたりはたくさんおしゃべりをしながら、たくさんの生き物を作りました。
大地に根付くもの。空を舞うもの。海に浮かぶもの。泥に隠れるもの。
さて、その中に、ひとりの貝がいました。
貝は、女神さまの親友、美しい少女に恋をしたのです。
貝は身を削り、少女によく似合う美しい真珠を吐き出しました。けれど、少女は顔を歪めて言いました。
『なんて汚いんでしょう。そしてお前はなんと醜いんでしょう。』
深く傷ついた貝は、泣きながら女神さまのもとへゆきました。
貝は、女神さまにお願いしたのです。美しい姿をください。あの人と同じ姿をわたしにください、と。
女神さまは、貝の着ている殻の衣をとても美しいと思いました。そして、貝が衣の糸くずを呑み込み吐き出す真珠もまた、貝の衣同様、とても美しいと思ったのです。
女神さまは、真珠がとても欲しくなりました。女神さまは嗤います。
『おまえがわたしにその真珠をくれるなら、
わたしに永遠の輝きをくれるのなら、おまえの願いを叶えてやろう。』と。
貝は悩みました。
けれど貝は、少女に焦がれていたので、女神さまの願いを聞き入れました。
【ですが女神さま。】
貝は言います。
【わたしはこの殻を用いて一粒の真珠を作っているのです。
もしもわたしが人になれば、わたしは真珠が作れないのです。】
女神さまは、嗤ってこたえました。
『ならば、殻の木を大地に生やせばよいこと』
女神さまは、貝に少女と同じ人の姿を与え、薬指と親指で泥を捏ねると、貝殻の樹林を生やしたのです。
貝殻の木は貝であった少年を、大地に閉じ込めてしまいました。
木に捕われた少年の喉からは、少年が美しい言葉を紡ぐ度に一粒の真珠が零れ落ちます。
少年は見動きが取れぬままに、泣きながら真珠を吐き出すのでした。
作られた真珠は湖に零れ落ち、女神さまの周りに敷き詰められました。
女神さまは、真珠の絨毯に埋もれて、満足そうに眠りにつきます。
やがて貝の少年は、貝殻の木に侵されて、木となってしまいました。
もう、自由に謳うことも、泣き声を上げることすら、叶わないのです。
『ああ、身に余るものを求めた報いか。女神の宝物を欲しがった罰なのか。
それでもわたしは、あの人に想いを伝えたいのです。
あの人に笑って欲しいのです。
どうかこの夢が、
叶ってくれたら。』
貝は眠りにつきました。
いつか、愛するただひとりに想いを告げることを夢見て。」
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