サイドストーリー 深淵の司祭ベルノスの欠片とエピローグ


森から襲来した巨大な獣「タイラントベア」が率いる群れとの戦いを終えて......


私の名前はベルノス。

元はただの深淵の司祭だったが、リオト様より名前を頂戴し、存在としてのくらいを上げていただき、「ベルノス」を名乗らせていただいている。


先日、森から襲来した巨大な獣「タイラントベア」が率いる群れとの戦いを終え、今日の主な業務はその後始末だ。


戦いを終えた後、昨晩は専属商人ガレノス殿の計らいとリオト様の許可もと、ささやかながら勝利を祝う宴が開かれた。


とはいえ、今回の戦いが犠牲者ゼロで終わったわけではなかった。


タイラントベアの一撃により、セリフィアム様が第二防壁に張られた防御の呪文が破られた。その次の防御術を張るわずか数秒の隙間に、雷を纏った巨大な鳥―リオト様曰く「サンダービーク」ーが現れた。偶然か狙ってか、防御術を張り直そうとしていたセリフィアム様にめがけて雷撃を放った。


私は、残念ながら即座に対応することができず、距離も遠かった。


だが、周りに居た兵士達は迷わずセリフィアム様の盾になろうと彼女とサンダービークの間に立ちはだかったのだ。


――ああ、彼らこそ、まさに美しい信徒である。


人のために己の命をこころみないその姿。彼らを見ていると胸が熱くなり、涙がにじんだ。


出会って一か月、あるいは一週間ほどの付き合いに過ぎない者たちがいるのに、あの迷いのない結束はなんととうといことだろう。


これはひとえに、神と神子みこであられるリオト様の御威光があってこそだろう。


そして、巫女であるセリフィアム様も同じく。


しかし、雷撃は兵士達にも、そしてセリフィアム様にもあたることはなかった。


――深淵の従僕の一人が、彼らを守るため身をていして雷撃を受け止めたのだ。


私は思わず涙を流したが、急ぎ従僕の元に駆け寄り、彼または彼女の身体が小刻みに痙攣けいれんし、焦げたような匂いを放つ。


私は治癒の呪文「ヒール」を施し、痙攣は収まったが......その後しばらくして従僕は静かに消えた――散り一つ残さずに。


それは、ちょうどタイラントベアがネクロドレイク殿の攻撃によってその巨体を地に倒したのと同じ瞬間であった。まるで従僕は、その勝利を見届ける為だけに最後の力を振り絞っていたかのようだった。


この戦いで深淵の従僕の一人が命を落とした――唯一の犠牲者であった。他の者たちはみな、軽傷にとどまった。



深淵の従僕。歪な人の形をした影。

彼らは、深淵の教会に身を捧げ、神に仕えることを誓った信徒たちが、己の存在を神へと捧げて得た姿である。かつて、私もまた深淵の従僕であったはずだが、その記憶はない。


神に祈りを捧げ、教会に貢献し、神に認められた者たち位階を上げ、さらなる序列と階級を授かる。そのまま教会の神官の道に進む者もいれば、より深い陰に身を捧げ、影兵かげへいや騎士として教会と神の為に戦い続ける者もいる。


従僕と影兵、監視者、騎士......彼らは名を捧げ、を捧げ、ただ教会の敵を排除する為に戦う存在へと生まれ変わった者たち。ゆえに、彼らが死を迎える時、その身体は地上には残らず、神の元へとかえるのだ。


私は静かにアークノクティアのシンボルー三角を胸の前で刻み、神の元へされる従僕の冥福を祈る。どうか、彼が無事に神の元へ行けますように。


それは、セリフィアム様も同じであった。ふと気づけと、周りの兵士達も見よう見まねで消えていく従僕に祈りを捧げていた。


彼、あるいは彼女は、幸せであっただろうか......


――そうであってほしい。



**********



戦いを終えた夜、リオト様は一人、王の館と呼ばれる石造りの砦の塔に立ち、アークノクティアの景色を眺めていた。


夜風に揺れる砦の塔の上で、ベルノスはリオト様の背中を見つめ、内なる感慨にふけっていた。


夜空の下に広がる、まだ小さくとも確かに根付き始めた大樹の森の拠点。この地をアークノクティア国と名づけ、リオト様はその王として立たれたのだ。


リオト様の外見は二十歳前後の若き青年に見えるが、その視線は遠くを見据え、どこか年齢以上の重みを帯びている。それは、かつてリオト様がいたという異世界、地球――私たちが「えでど」という名のゲームのキャラクターとして存在していた世界を思い浮かべているのかもしれない。


リオト様には、地球の記憶はほとんど残っていない。家族がいたかも定かではなく、友人もいたようだがその顔や声を思い出せないとおっしゃる。ただ、懐かしさと温かさを伴った断片的な記憶だけが残っているようだ。


地球のことも、私には想像もつかない。ただ、見知らぬ森の中に放り出され、記憶もなく孤独だったリオト様が、どれほど不安で、どれほど恐ろしかったことだろう。彼が傷つく前に召喚され、私がそばにいられたことを、神に深く感謝している。


神がリオト様にそのような過酷な試練を課した意図は理解しがたい。神にとって寵愛する神子を、なぜそんな危険な状況に置かれたのか。その問いは、私の中で未だ答えを見つけられずにいる。


私が召喚された瞬間のことを、今でもはっきりと覚えている。


それは暗黒の海――ただひたすらに光のない漆黒の中を漂っているような感覚だった。


私だけではなかった。無数の魂がそこにあった。何十、何百、いや、おそらく何億もの存在が、私と同じように漂っていたのだ。


その時、どこからともなく神の手が差し伸べられ、私の魂を拾い上げてくださった。


「彼の力になってあげて」


そんな声が聞こえた気がする。優しく、温かい声だったように思う。しかし、それは声というより、直接頭に響くような、不思議な感覚だった。まるで耳の外からも、そして内からも同時に受け取っているような――自分の体からあふれるような温もりが、私の心を満たしていった。


その時、私は涙を流していた。これが神なのだと。闇の奥から私を救い、導く慈愛深い神、深淵の神がここにおられるのだと。


そして、目が覚めた時には、私はリオト様の前に立っていた。


その瞬間、自分が何者であるかを思い出した。


私は「深淵の司祭」。神に仕える者として、リオト様を支える役目を与えられたのだ。それだけで十分だった。司祭としての知識、教養、経験が体に備わっているのを感じ、それが私の務めであることに納得できた。そして、今目の前に立つ青年――リオト様の従順なる従者として仕えるべく、私がここにいるのだと悟った。


召喚されたその直後、私たちは早速ナイトシャドウ・ウルフとの戦闘に突入した。


司祭としての本能に従い、私は無事にその狼を打倒することができた。初めての戦闘でリオト様に役立つことができ、己の価値を示すことができたことに安堵を覚えた。


しばらくして、リオト様から名を与えられた。


「ベルノス」


その名は驚くほど自然に受け入れられ、名を頂戴する瞬間、私の存在が高められたかのような感覚が全身を満たした。次に気がついた時には、私の姿は人間のものに変わり、以前の蛇のような肌からリオト様と同じ人の姿を持つようになっていた。


最初に思ったのは、「これでよりリオト様の役に立てる」という喜びだった。


その後まもなくして、我々は「試練」として、伝説上の存在である白狼公ガルディウスに遭遇する。


圧倒的な力で我々を翻弄するガルディウスとの戦いは、激闘と呼ぶにふさわしいものであった。しかし、その戦いの最中、私は彼が手を抜いていることを感じ取っていた。いつでも私を打倒できるほどの力を持ちながら、まるで試すかのように戦っているかのようだった。そして、リオト様が駆け付け、共にガルディウスに立ち向かった。


まだ剣を握って間もないリオト様の姿が、なぜかあの日は一際大きく見えた。この方こそが我が主、神子、そして王となるお方なのだと胸に誓った瞬間でもあった。


しかし、ガルディウスの力はなおも圧倒的で、ついにリオト様は「虚無の邪神クロヴィス」という切り札を切ることを決意した。


クロヴィス様の存在は、ただならぬ衝撃と崇高さを感じさせた。これこそ神だと。だが、私が黒い海の中で感じた深淵の神とは異なる印象であった。深淵の神からはただ、温もりだけが伝わってきたのに対し、クロヴィス様からは力と威厳が放たれていた。


クロヴィス様がもたらした一瞬の隙を、私たちは逃さず最後の攻撃に打って出た。リオト様と私の剣が、ついに白狼公ガルディウスの命を奪ったのだ。


この試練を乗り越えた後、リオト様はアークノクティアを興し、そこに暮らす民たちとともに新たな国を築かれた。国の初期は木造の小さな砦から始まり、共に開拓し、食料や資源を備蓄する日々が続いた。


初めての民が木の小屋から現れた瞬間、私はその者に「エルデリク」と名を与えた。その時、彼が涙を流しながらリオト様を仰いだ姿を見て、彼もまた神によって救い上げられた魂なのではないかと思った。


召喚された民たちの多くは何も記憶していないが、彼らは共通して人としての知恵や知識を備えていた。まるで、神は彼らに新たな人生を与え、この地でのやり直しをうながしているかのようだった。


リオト様が朝と夜に欠かさず訓練を重ねる姿を見ていると、その強い意志に心打たれながらも、一抹の不安が過ぎる。彼の焦燥感が、彼を過剰に追い詰めてはいないかと感じるからだ。しかし、同時にそれは、彼がこの地で果たすべき使命を自覚し、覚悟を持って歩んでいる証でもあるのだろう。


我らの国、アークノクティアは日ごとに成長している。リオト様の覚悟とともに、我々もまたこの地を守り抜く覚悟を新たにしている。


私は知っている――


剣を握り、震えていたあの日から、この地で王として成長を遂げたリオト様の姿を。そして、その姿を一番近くで見守る者として、私がここにいる理由を。



***********



リオトはひと息、夜空を仰いだ。アークノクティアの新たな国土を照らす星々の輝きに、その目を細める。今日の戦いを乗り越え、仲間たちとともに守り抜いた大地が、どこか温もりを宿しているように感じられた。


リオトの胸には、使命感とともに微かな不安が渦巻いていた。自分がこの異世界に放り出されてから、どれだけの出来事があったか、ひとつひとつの記憶が蘇ってくる。――最初の試練であった、白狼公ガルディウスとの死闘。彼はそれ以来、戦士としても、リーダーとしても確実に成長してきた。


「……この国を、もっと強くしていかないと」


リオトは低く呟く。自分に与えられた力――仲間を召喚し、カードを使って戦う力。そして国を作り上げていく生み出す力。それがただの「遊び」や「自己満足」で済むものではないことを、彼は痛感していた。背負うべきは、アークノクティアの未来だ。


その姿を静かに見守っていたベルノスが、ふと前に進み出る。


「リオト様……」


リオトはベルノスに目を向け、わずかに微笑んだ。


「どうした、ベルノス」

「今日の勝利、誇りに思っております。リオト様がいなければ、我らはとうに敗北していたでしょう。しかし、それと同時に、どうかご無理をなさらないでいただきたいのです。私やセリフィアム様、皆がリオト様を支えるために存在しておりますから」


ベルノスの言葉には、彼が心の奥底に抱く不安が滲んでいた。リオトがこの異世界で築き上げた信頼と絆――それは確かに彼の成長を支えてきた。しかし、それを背負いすぎることで、彼自身が自らを追い詰めてしまうのではないかという懸念もあった。


「ありがとう、ベルノス。でも、俺は……もっと強くなりたいんだ」


リオトは夜空を見上げ、星の瞬きに目を凝らす。


――思い出す。タイラントベアの襲撃の決戦は突如として、運命付けられた避けようのない戦いだった。だから、私はリオト様の執務室に迎えに行った際に......彼が叫んでいたのを知っている。


――「どうして僕が王なんだ!」「どうして、僕は戦わないといけないんだ!」「なんで強いステータスを手に入れてしまったんだ!」


叫びというにはあまりにも小さい声で、私たちの王は、一人戦っていた。


その前に、私たちが、セリフィアム様、ウィリアム殿もリオト様が前線で戦われることは大反対した。けど、リオト様は譲らなかった。「俺が戦う。俺が、一番強いから」。


――それはあまりにも、悲しい微笑みを浮かべた言葉だった。


「今の力じゃ、まだ足りない気がするんだ。何か……もっと大きな何かが、この先に待ち受けているような気がしてならない。俺が守るべきものが増えれば増えるほど、それに見合う力が必要だろう?」


その言葉に、ベルノスは少しだけ驚きを隠せなかった。彼が感じていたリオトの「焦り」が、ただの恐怖や迷いではなく、真の決意から来るものだと理解したからだ。


――同じく、私も焦ってしまう。ああ、王。リオト様。私はあなたのお力になれていない。



だから、私たちはあなたのために戦い、生きる。



「……わかりました、リオト様。その覚悟、私も見届けさせていただきます」


リオトはベルノスに深く頷き、強く握りしめた拳を胸の前に掲げる。


「これからも俺の隣で支えてくれ、ベルノス。お前たちと一緒なら、どんな試練でも越えていける」


ベルノスもまた、静かに頷き返し、リオトの決意に忠誠を誓った。


――リオトとベルノスが見つめる星空の下、アークノクティアは新たな夜を迎えようとしていた。





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一旦、第一章が終わったということで、完結済みとしたいと思います。他に書きたい作品があり、女性主人公の中華ファンタジー、昔描いていた作品、SFアクション作品、カクヨムコンに向けてホラーなどを書いておりますため、しばらくこちらでの活動は止まる感じです。ブックマークで応援していただきありがとうございます!大まかなプロットは出来上がっているので、こちらに戻り次第続きを書いていきたいなと思います。ここまで読んでくださった皆様。短い間でしたがありがとうございました!

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異世界カードストラテジー ー深淵より立つ 国創記ー 小鳥遊ちよび @Sakiri

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