第31話 竜の威厳、木こりの務め


 異世界にやってきてから25日目の朝。


 予想外にも、昨日話をしていた『深淵の古龍こりゅうネクロドレイク』のカードを引いたリオトは、すぐにその力を試すべく、召喚を決めた。


 前回、深淵の巫女セリフィアム・エスカを召喚したときと同様に、セリフィアムとウィリアムを加えた主要メンバーや知能のある配下をあらかじめ集めておいた。


 ただ、ネクロドレイクの体の大きさがわからなかったため、今回は開拓途中の壁外へきがいにて召喚を行うことにした。


「(古龍なのかドレイクなのか、それともどちらでもないのか?ファンタジーの中でドラゴンの大きさってどれぐらいが平均なんだろうか……)」


 リオトは心の中で自問する。

 そもそも、リオトの居た元の世界では空想だった生き物のサイズの平均などわかるはずもない。


 ゲーム上の画面で見た記憶では、古龍文明のドラゴンたちはとてつもないサイズを誇るものが多かったが、ネクロドレイクはそれほど目立ったユニットではなかったと記憶しているため、印象が薄いということは、そこまで巨大ではないだろうとリオトは推測していた。


 しかし、通常の兵士ユニットが群れを成して倒すタイプである以上、10メートル以上の体躯たいくはあるだろうと考えていた。いや、そうであってほしいという彼の願望もあるのかもしれない。


 この異世界に来てから、いや、前の世界でもそんな巨大な生き物を目にしたことはない。


 同時にドラゴンを生で見る機会は興奮をかきたて、緊張も同時に走った。


 ベルノスが確認の声をかけた。


「ネクロドレイクですが、本当に今すぐ召喚して良いのですか?」


 リオトはしばらく考え込んだあと答える。


「うーん……戦力を増やしたいし、古龍とつくぐらいだから、その巨体を生かして開拓が早く進むかもしれない。ステータスもベルノスと同クラスだし、心強い。それに、レジェンドユニットとしての力を確認したいんだ」

「かしこまりました。私も、外に偵察を出している間、街の防衛が少し不安でしたから、それならば問題ありません」

「じゃあ、早速行こう」


 リオトが指示を出すと、配下たちは無言で頷いた。


 彼はパネルを操作し、召喚を決定する。


 そして、レジェンドユニット召喚時特有の特殊な演出が起こる。



 ――空気が重く揺らめき始めた。



 周囲の空間がまるで沈むように歪み、闇が静かに広がっていく。


 その闇の中心に、巨大な輪郭が浮かび上がった。


 深い闇が形を取り、うねりながら姿を現す。


 まるで世界そのものが息を潜めるかのように、空気が張り詰めた。


 リオトは目を見開き、思わず一歩後ずさる。



「……こいつが、深淵しんえん古龍こりゅうネクロドレイクか」



 リオトの言葉と同時に、闇の中から巨大な爪がゆっくりと現れ、大地に打ち付けられた。


 その一撃の振動が地面を揺らし、リオトの足元にまで響く。


 次に現れたのは、漆黒しっこくうろこおおわれた巨大な体、そして蛇のようにうねる長い


 その姿はまるで、深淵からい出した異形の龍そのものだ。


 ネクロドレイクの頭が持ち上がり、無数の鋭い牙が光る。赤黒い瞳がリオトを見据え、冷たい息が吐き出されるたびに、周囲の温度が下がっていく。


 体長は20メートル近く、体高も6メートルを超えるかと思われる巨大な姿。

 封印されている虚無の邪神クロヴィスの神体しんたいのその一回り以上大きい。


 その漆黒の翼を広げれば、さらにその威圧感は増し、暗黒の鱗が光を吸い込むかのように鈍く輝く。


 その巨大な体躯たいくは、ただ存在しているだけで空間を支配しているように見える。


 深淵の力を感じさせる鋭利えいりな爪が、地面にしずむように打ち付けられ、脈動みゃくどうしているかのようだった。


 リオトはその光景に圧倒されながらも、目を背けず、前を見据みすえる。


 冷たい風が頬を撫でるたび、ネクロドレイクの存在感がしていく。


 その瞬間、ネクロドレイクが低く、雷鳴らいめいのような声で語りかけた。


「……我が名は、ネクロドレイク。深淵の古龍として、この地に再び降り立った……お前が、私を目覚めさせた者か……?」


 その声は威厳いげんに満ち、まるで時を超えた古の存在が語りかけるかのような重厚さ。


 リオトはその圧倒的な存在感に一瞬息を飲んだが、すぐに立ち直り、ネクロドレイクのひとみをまっすぐに見つめ返す。


「そうだ。俺の名はリオト。......俺が、お前を召喚した。深淵の古龍ネクロドレイク。お前の力を貸してほしい」


 ネクロドレイクの目が少し光り、その鋭い牙が不気味にかがやく。


 彼の冷たい息が周囲を一層冷やし、凍てつく空気がリオトの周りを包み込む。


チカラを......何のために?」


 その問いに、リオトは一瞬言葉を選んだが、すぐに覚悟を決めて答えた。


「俺と、俺の大切なものを守るために。そして、おびやかす敵を排除はいじょするためだ」



 一瞬の静寂せいじゃくが訪れた。



 死から蘇った偉大な龍はしばらくリオトをじっと見つめ、その瞳が不気味に輝く。


「守る……か。何かにすがる深淵の者が、そのような言葉を口にするとは……興味深い。だが、忘れるな、リオトよ。我は深淵の古龍、従う者にあらず」


 その声が再び響き渡り、空気がさらに冷たく張り詰めた。ベルノスやセリフィアム、ウィリアムを含む配下たちは、不穏な気配を感じ取り、一層警戒を強めた。


「我は、誇り高き龍。深淵のものにより、安らかな死より呼び起された存在。我を従えたいというならば、力を示せ。我にふさわしい者であることを、証明せよ」


 リオトは一瞬も怯むことなく、静かに頷き、その眼差まなざしには決意が宿っている。


「......どう試す?」


 ネクロドレイクは冷たい息を吐き出しながら、鋭い爪を地面に叩きつけた。その一撃に大地が震え、闇が周囲に広がる。


「そなたの行いを見定める……結果がすべてだ。そなたが守りたいと願うものがいかに強大であろうとも、試練を超えられぬならば……我はすべてを焼き尽くすだろう」


 リオトは一瞬も目を逸らさず、決意を込めて応じた。


「分かった。俺は試練を超えてみせる。俺の意志も、力も、お前にふさわしいと証明する」


 ネクロドレイクはしばらくリオトを見つめ、冷ややかな声で言い放つ。


「覚えておけ。我は深淵の業そのもの。そなたの歩む道が栄光に満ちるか、災いとなるかは、すべてそなた次第だ……リオトよ。道を誤るな……」


 リオトは深く息を吸い込み、ネクロドレイクの重々しい言葉を噛み締める。


 その場にいるすべての者が、この古龍の存在感に圧倒されていたが、リオトだけは決して目を逸らさなかった。


 試練が何であれ、それを乗り越えてみせるという強い決意が彼の心にともっている。


 だが、彼の心の中には一つの疑問が浮かび上がっていた。


 それは、この試練が具体的に何を意味するのか、そしてその試練の間にネクロドレイクが本当に自分に協力してくれるのかどうかということである。


 リオトは意を決し、ためらわずに問いかけた。


「……試練って具体的にはどういうものなんだ?......それに、その間、お前は俺に従ってくれるのか?信頼して...いいんだよな?」


 ネクロドレイクはその鋭い爪を再び地面に叩きつけ、翼を少し広げる。


 その動作は、まるで影が広がるように辺りを覆い尽くす。


 リオトの問いかけに対し、古龍はゆっくりと、冷たく響く声で応じた。


「そなたの力と意志が我が期待に応えられるならば、我もその力を貸すことを約束しよう......我が力を使うにふさわしいかどうか、そなたの行動一つ一つが試練しれんだ」


 その言葉に、リオトは少し考え込んだ。ネクロドレイクが完全に従うわけではないと理解しつつも、彼の言葉にはある程度の信頼が込められているように感じたのだ。他の配下達とも感じた、目に見えないパスのようなもの。


 リオトはその場で深く息を吸い込み、静かに頷く。


「つまり、お前は見守ってくれるってことだよな……?」


 深淵の古龍はその問いに、さらに低く重厚な声で続けた。


「見守る、という言葉は少し違うな……。そなたが正しい道を進むならば、我が力はその道を切り開くだろう。しかし、そなたが迷い、誤った道を選べば、我が炎がすべてを焼き尽くすかもしれぬ。その炎が何を焼き尽くすのかは、そなた次第だ」


 リオトはその言葉を真摯に受け止め、静かに頷く。ネクロドレイクとの対話を通じて理解したのは、試練とは単なる戦いではなく、自らの行動全てが評価されるものだということだった。


 つまり、力を借りるためには、それに見合う責任を果たさなければならない。


「分かった。俺は自分の選んだ道を信じて進む。お前の力を借りるにふさわしいと証明してみせるよ」


 ネクロドレイクは冷たい息を吐き出し、再び目を細める。その瞳には、リオトへの興味と期待が浮かび上がっているように見えた。


 そして、次の瞬間、古龍は一歩前に進み、その威圧的な体躯をさらにリオトに近づけた。


「それで、召喚者リオトよ。我に何を命じる?」


 リオトは少し考え、肩の力を抜きながら――



「じゃあ、とりあえず……をお願いしてもいいかな?」



 その瞬間、沈黙が流れる。


 ネクロドレイクはリオトをじっと見つめたあと、まるで信じられないというような表情を見せた。


 そして、低い声で不満げに呟く。



「……伐採ばっさいだと?」



 リオトは微笑みを浮かべながら、軽く謝るように返した。


「悪いな、ネクロドレイク。でも、今は街を作るためにその力が必要なんだ。俺たちはこの森を切り開いて、新しい国を築かなくちゃいけない」


 ネクロドレイクはまゆをひそめ、リオトの言葉を慎重に聞き取る。しばらくの沈黙の後、彼は低く笑い始めた。その笑いはまるで深淵の奥底から響き渡るかのように暗く、そして威厳に満ちていた。


「ふふ……お前は、実に面白いな、リオトよ。私のような存在に伐採を命じるとは、確かに異例だ。しかし、覚えておけ……私の力を軽んじれば、その代償は重いぞ」


 ネクロドレイクは一瞬その場を見回し、まるでこの世界全体を見渡すかのように大きな翼を広げた。


「もちろんだ。俺は試される覚悟もできているし、この国を作り上げる覚悟もできている。だから、頼むよ、ネクロドレイク。俺の国を造るために力を貸してくれ。俺が作る国が......きっとネクロドレイクが言う結果だ」


 ネクロドレイクはしばらくリオトを見つめ、その瞳には不気味な光を宿している。彼は再び冷たい風を吐き出し、その巨大な体を動かし始めた。


「ふむ……ならばよい。お前がどこまでやれるか、見せてもらおう」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「まさか、私のような存在が木を切り倒す日が来ようとは……これも全てさだめというのか……」


 その声には重厚な響きがあったが、リオトにはどこか皮肉めいたものを感じ取った。少し申し訳なく思いながらも、リオトは微笑みを浮かべて声をかける。


「悪いな、ネクロドレイク。でも、この地を切り開くためにはお前の力が必要なんだ。もう少し頼むよ」


 ネクロドレイクはそれを聞くと、再び深い息を吐き、わずかに目を細めてリオトを見た。


「ふむ……まぁ良い。だが、覚えておけ、リオトよ。私の力を軽んじるな……さもなくば、その代償は重いぞ……」


 ことあるごとに丁寧に忠告してくる深淵の古龍にリオトは苦笑を向ける。


「我、古龍なのに……木の伐採を命じられるとは……古龍が、木こりの真似事とは……」ネクロドレイクはぶつぶつと不満を漏らしながら、巨大な爪をゆっくりと動かし、木を倒し始めた。彼の動作は威厳に満ちていたが、どこか肩を落としているようにも見える。


 そんな様子を見つめていたリオトは、ベルノスに視線を移す。


「じゃあ、ベルノス。悪いけどネクロドレイクに開拓予定の木の伐採指示をお願いできるかな」


 突然の指示に、目の前の光景に呆気あっけに取られていたベルノスは、リオトの言葉に反応が遅れてしまう。


「えっ?あ、はい!かしこまりました……。ですが、本当にこれで良いのでしょうか?」


 ベルノスは若干の戸惑いを見せながらも、リオトに問いかける。


 若き王は軽く笑いながら答えた。


「ははは……まぁ、猫の手ならぬ、龍の手も借りたいところだからね。対価が結果なら、俺たちがいい国を作らないと!」


 ベルノスは少し苦笑いを浮かべつつ、敬意を込めてネクロドレイクに指示を出す。


「ネクロドレイク様、まずはあちらの木からお願いいたします。これが今後の国づくりのためにも必要な作業ですので……何卒ご協力を」


 ネクロドレイクはベルノスの言葉を聞き終わると、再び低く笑い始めた。その声は深淵の奥底から響いてくるかのように暗く、重厚な響きがあった。


「クックック。忘れるな!私の力を軽んじれば、その代償は決して軽くはない……」


 そう同じ文句をベルノスにも言いながら、ネクロドレイクは巨大な爪を動かし、再び木をり始めた。その姿には威厳があったが、どこか苦労人のような雰囲気も感じられた


「まさか……私が……古龍たる私が木こりの真似事をする日が来るとは……」


 その姿に主人である青年は何故か申し訳ない気持ちを抱きつつ、ベルノスもまた肩をすくめながらその場を見守った。


 リオトは本来の予定に戻り、次の行動を考え始める。今度は専属商人との初めての顔合わせが待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る