第30話 文明の岐路とティータイム


「さて、一番重要なことを話そうか。デッキについてだ」


リオトはゆっくりと口を開く。場の空気が少し引き締まった。


「デッキについて、でございますか?」


ベルノスの鋭い眼差しがリオトに向けられる。

その問いに、リオトは真剣な表情で頷いた。


「そう。次の文明デッキがどうなるかが重要だ。今、俺たちは深淵文明を使って、君やセリフィアム、そして深淵の騎士たちを召喚しているが……次に引ける文明は、俺の選択に委ねられるはずなんだ」


ベルノスの眉がわずかに動く。驚きと期待がその表情に現れる。


「自由に選べる、ということですか?つまり、再び深淵の文明を選ぶことも可能だと」


「そうだ。ただ、セリフィアムやクロヴィスのような固有名を持つユニットに関しては、まだ確信が持てない。彼らがこの世界で生きている限り、二度と召喚できない可能性もあるんだ。だけど、名前のないユニットなら、再び召喚できるかもしれない」


リオトは、慎重に言葉を選んでいるようだった。

セリフィアムが口を開く。


「つまり、私がセリフィアム・エスカでなく、ただの『深淵の巫女』であれば、別の姿で召喚される可能性がある、ということですわね?」


彼女の目には淡い光が宿っていた。

リオトは深く頷く。


「そうだ。だからこそ、次の文明の選択が肝心なんだ。固有名のユニットが使えないとなれば、それだけで戦力に差が出てしまう」


セリフィアムは頷いたものの、少し不安げな表情を浮かべる。


「もし、私が……死んだら?再度カードを使ったとしても、同じ私が戻ってくるのか……それとも別の存在になるのか……」


その問いに、リオトは一瞬言葉を失ったが、すぐに笑みを浮かべて答えた。

リオトもその可能性を考えていたが、結局その時にならなくては分からない。


「正直、わからない。だけど、君を死なせるつもりはないさ。俺たちには、まだやるべきことがたくさんあるからな」


ベルノスとセリフィアムはそれぞれ深く頷き、ウィリアムも静かに目を伏せた。

リオトは、手にしていたティーカップをそっと置くと、再び話を続けた。


「だから、次の文明の選択は重要だ。EDDエデドの他の文明は……どれも強力だ。特に、今の俺たちの状況では、自然界に影響のあるの力は計り知れない。レジェンドユニットなどのユニットという目に見える戦力を持つことも大事だけど、スペルカードや、その文明の特徴を反映された建造物も非常に魅力的だ」


「そういえば、リオト様はスペルカードをあまり利用されていいないようですが」


「ああ、今のスペルカードは攻撃系や一時的なバフをかけたりするものだから、戦闘時用の物ばかりなんだ」


「そのスペルカードなるものは、配下であるユニットなどにお渡しすることはできないのですか?」


「試してみたけど、ダメだった。俺自身が使う以外の方法はないようだ。でも、ありがたい話さ。俺は、レジェンドユニットに匹敵する体力と防御力を持っているから、前線に立てば、スペルカードを使って敵を一掃できる。クロヴィスだって、俺なら倒せるかもしれない」


リオトは自分で言っておきながら笑う。

ゲームの中では、そこまで手札を温存する余裕がないほど、常に状況が動き続ける為だ。もちろん、戦術として、一定のコンボカードを貯める、ということはあったので、考え付かなかったわけではないが、相手がカードを切ってくる以上、こちらもカードを使わずに戦う、ということは難しい。


普通のストラテジーゲームをしてるところに空から邪神が降ってきたり、英雄が突っ込んできたり、津波が起きたり、軍隊が出てきたり、ストラテジーゲームの戦略を覆すジョーカーを相手が切り続けてくるのに、こちらがカードを切らないというわけにはいかなかった。


「まぁ、そういうことも踏まえて、次はどの文明を選ぶべきか、が重要なのさ」


「確かに、そうでございますね」


リオトは悩んでいた。いくつもの選択肢が頭を巡る。


「自然ユニットも考えている。なぜなら、俺は一枚、レジェンドユニットをこの世界で手に入れた。40日以内にそれを召喚できるはずだ」


「まさか……白狼公ですか?」


ベルノスの声には、明らかな驚きが含まれていた。


「そうだ。それも、ネームドの白狼公ガルディウスだ」


「それは……なんとも心強いですね」


リオトはうなずく。

白狼公ガルディウス――その存在は単なる強さだけでなく、知識や戦略を含めた全てにおいて彼らの助けとなる可能性が高い。


「それに……ガルディウスが、あの時戦った同じ存在なのかどうか、まだわからないけどね。そのテストもできるだろう。それを抜きにしても、自然文明は、自然の中においては圧倒的な力を持っている」


リオトがさらに考えを巡らせる中、ウィリアムが静かに手を挙げ、発言を促された。


「リオト様、よろしいでしょうか?」


「どうぞ」


ウィリアムは少し考え込んだ後、丁寧に言葉を選んだ。


「確かに自然の力は大いに役立つでしょう。しかし、国の成長を考えるなら『人』が不可欠です」


ウィリアムの言葉にリオトも頷き、続きを促す。


「知能や言語能力を持つ者が加わることで、文明はより早く発展します。人間やそれに近い種族を中心とした文明……そういった選択肢もあるのではないでしょうか?」


リオトはウィリアムの言葉に深く頷き、さらに思考を深める。


「その通りだ。文明としての発展を考えると、やはり人材の重要性は否めない……そうだな、人材という点を重要視する場合の候補は大きく二つだ。帝国文明・エンパイアと神聖文明・パラディンだ」


「エンパイアとパラディンですか……それは人間中心の文明ということですね?」


ベルノスが問いかけ、リオトは静かに答える。


「そうだ。帝国文明は、人間中心の勢力で、偉大な王や騎士たちや英雄が主なユニットだね。技術や外交、経済も発展していて、柔軟な戦術が強みだ」


ベルノスは深く頷き、その強さに納得した様子だ。


「一方、神聖文明は教会を中心とし、神の祝福を受けた聖騎士団がいる。彼らは少数精鋭で、天使や神の存在すら現れる強力な文明だ」


「ふむ……しかし、それでは深淵文明とは敵対関係になるのでは?」


とベルノスが疑問を投げかける。


リオトは少し苦笑いしながら頷いた。


「そう。深淵文明と神聖文明は、信仰上の天敵なんだ。この国で二つの信仰を抱えることは不可能だろう。信仰の取り合いが起きるかもしれないからね」


セリフィアムも同意するように小さく頷いた。


「確かに......その場合、リオト様と私が最初に狙われることになるでしょうね」


リオトはセリフィアムに笑みを返す。同じ考えに至ったからだ。


「そうだな……同じ深淵文明を選ぶのも一つの手だけど、柔軟性が欠けるんだ。自然文明のほうが、今の環境には適しているかもしれない」


「すぐには答えが出ませんね……」


リオトは皆の顔を見渡し、頷いた。


「そうだ、まだ時間がある。いろいろ考えて、最良の選択をしよう」


ウィリアムも深く頭を下げ、続けた。


「では、引き続き議論を続け、リオト様が選択肢を整理していただければと思います」


リオトは再びティーカップを手に取り、ゆっくりと息をついた。


「そうだね。今一度、自分の中で整理してみるよ。相談したのにごめんね」


「滅相もございません。」



**********



「そして、次の議題なんだけど。他の文明が存在するかどうか、接触するためにも、対策を練るためにも、一度外に出て調査を進めないといけない。探索範囲を広げるためにも、しっかりと探索隊を組織して、周囲の地理を把握しよう」


リオトが視線をベルノスに向けると、ベルノスはすぐに真剣な眼差しで頷いた。


「ダイヤウルフたちと深淵の影兵が偵察を行い、さらに深淵の監視者が広範囲の視界を確保しているため、周囲の警戒はできております。ですが、私自身も自由に動けるようになりましたので、指揮を執り、探索を進めたいと考えております」


「そうだね。前に川辺で水棲生物がいるって話をしていたけど、川の調査は絶対に必要だ。川がどこに流れているのか確認したいが……監視者の視覚を通しても水中の様子まではわからない。水棲生物がいる以上、何かしら生活できるスペースが水中に存在するはずだが、川がどれだけ深いのかはまだ謎だね。直接確認するのは、ちょっと危険かもしれない」


リオトの口調には慎重さがにじんでいたが、同時に冒険心が垣間見える。


「はい。開拓を進めるためにも、調査は進めなくてはなりません。これだけ広大な森です。私たちが見ている以上に、何かが潜んでいるかもしれません。今のところ小動物や、狩りやすい魔物しか確認しておりませんが、この規模で人の手が入っていない土地であれば、より強力な生き物がいてもおかしくありません」


ベルノスの表情には慎重さが宿り、未知の危険を感じ取っているようだった。


「俺も同じ意見だ。こんなに高い木々ばかりじゃ、どれほどの塔や櫓を建てても偵察にはならない。だから、しっかり探索範囲を広げておきたい。ベルノス、今日のほとんどの案件を君に任せることになるけど、大丈夫か?」


リオトはベルノスの肩に責任を乗せる形になったことに一瞬ためらいを見せる。しかし、ベルノスはまるでそれを待っていたかのように、深い呼吸をし、胸を張った。


「お任せください。司祭として、執務や修行で精神も肉体も鍛えています。私に任せていただければ、必ずや任務を果たしてみせましょう」


リオトは安心した表情で軽く微笑んだが、彼の目にはベルノスの責任感に対する敬意が込められていた。


「無理をしないでくれ。深淵の司祭やウィリアム、セリフィアムにも協力してもらって進めよう」


「はい!かしこまりました」


ベルノスの返事は力強く、その声には彼の決意が込められていた。


リオトは続けて、ウィリアムに向けて少し思い出したように声をかける。


「あ、あと。すまないけどウィリアムには明日ついてきてほしいところがある」


ウィリアムが顔を上げ、少し首を傾げた。


「は、なんでありましょうか、リオト様」


リオトは微笑みながら、ティーカップを手にした。


「専属商人に会いに行こうと思ってるんだ。ちょうど今日、市場のほうに到着したらしいからね」


ウィリアムは一瞬考え込み、すぐに納得したように頷いた。


「ほう……専属商人ですか、それは確かに重要ですね。しかし、今日でなくてもよろしいのですか?」


リオトは肩をすくめ、少し笑みを浮かべた。


「ああ、明日のほうがいいみたいだよ。どうやら今日の到着後は、準備で忙しかったようだからね。ゆっくり話せるのは明日らしい」


「かしこまりました」


ウィリアムの冷静な答えに、リオトは安心したように頷いた。

その時、セリフィアムがふと柔らかな笑みを浮かべてリオトに問いかける。


「リオト様、私もご一緒してよろしいですか?その商人……面白そうですもの」


リオトは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに笑いを浮かべた。


「もちろんいいさ。セリフィアムなら、きっと彼も驚くだろうね」


ベルノスも少し冗談めかした口調で付け加えた。


「もしその商人が怪しい取引を持ちかけてきたら、リオト様が手を打つ前にセリフィアム様が一喝することになりそうですね」


その場にいた全員が和やかに笑い声をあげる。


リオトはその声を聞きながら、今日の議題が一区切りついたことを感じ取った。


「じゃあ、今日はここまでだ。みんな、しっかり準備してくれ」


リオトは最後に一言加え、皆に目配せをすると、場の緊張がふっと和らいだ。

ティーカップを静かに持ち上げ、香りを楽しむように一息つく。

セリフィアム、ベルノス、ウィリアムもそれぞれのティーカップに手を伸ばし、しばしの間、穏やかな時が流れる。


窓の外では、森の木々が風に揺れ、リオトは少しの間、この静けさを楽しんだ。




◆会議の後のティータイム◆

リオトが一息ついた瞬間、セリフィアムがそっと自分の隣の空いたスペースを叩いた。


「リオト様、こちらにどうぞ。少しお茶でも楽しみましょう」


誘われたリオトは笑みを浮かべながら、セリフィアムの隣に腰を下ろした。長椅子に座ると、目の前にはすでにベルノスがティーカップを手にしていた。


「リオト様、今日はしっかりリラックスしてください」


ベルノスは穏やかな口調で語り、香り豊かな紅茶をリオトに差し出した。


リオトがそのティーカップを受け取ろうとしたとき、ふと壁に控えているウィリアムに目を向けた。


「ウィリアム、君もこちらに座ってくれよ。いつもそこに立っているのは、少し窮屈だろう?」


ウィリアムは一瞬ためらったが、リオトの勧めを受け、静かにリオトの向かいに腰を下ろした。


「恐縮です、リオト様。しかし、このようなひとときも、ありがたいものです」


リオトは満足げに頷き、ティーカップを軽く持ち上げる。温かい紅茶の香りが心地よく広がり、部屋の中は柔らかい空気に包まれた。


彼らの静かな時間は続いていった。



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