第28話 王の館と新たな仲間


 人口が100名に達した。


 そして――


「うわああああああああああああああああ!」


 新生国家アークノクティア。その国の民たち100人余りが「王のやかた」と呼ぶ石造りの大きな拠点、その建物からリオトの絶叫が響き渡った。


 この石造りの拠点は、かつての初期拠点から進化レベルアップしたものだ。


 外観は堅牢な石造りで、シンプルながらも威厳を放ち、領地の中心として堂々とした存在感を示している。


 周囲には低い石の壁が巡らされ、小さな庭や馬小屋も整えられていた。


 屋根は赤茶色のかわらで覆われ、適度な傾斜けいしゃがある。

 城ほどの大規模なものではないが、小規模な砦としての防衛力は十分に備えている。


 正面玄関に続く石畳の道の両脇には、燃え上がる松明が灯り、威厳をただよわせている。


 木製の大きな扉には鉄の取っ手と装飾的な金具が施され、アークノクティアの国の紋章が刻まれていた。


 右側には見張り塔がそびえ、そこからは領地全体を見渡せる。防御の役割を果たしつつ、国の威厳を象徴する建物として機能している。


 大きな扉を開けると、広々としたエントランスホールが広がり、床には国の紋章が描かれた豪華な絨毯じゅうたんかれていた。


 壁には大きなタペストリーが飾られ、中世風の風景や戦場の場面、怪物と戦う騎士達が描かれている。天井は高く、中央には立派なシャンデリアが吊るされ、エントランス全体を照らしていた。


 エントランスホールから続く部屋、領主が来客を迎える場所である大広間には長い木製のテーブルが並び、会議や宴会が行われる場所となっている。


 壁には名のある人物の肖像画らしきものや、剣や盾などの装飾品が掛けられ、暖炉の火が部屋を温かく包んでいた。


 これらの部屋に加え、書斎、寝室、食堂、台所、地下の貯蔵庫、武器庫、使用人用の部屋も備わっており、レベルアップしたことにより館の設備は非常に充実していた。


 EDDのシステムにより、上記の説明通り必要なものは全て最初から備わっていた。地価の貯蔵庫には、当分の食事と、腐りにくい保存食が大量にあるうえに、武器庫にも鉄製の立派な武具が十数人分はある。すべての部屋には装飾品と家具も備わっている。まさに至れり尽くせりである。


 リオトは、自分の書斎と豪華な寝具を見て、思わずにっこりと笑みを浮かべた。


 特に「自分の書斎」が持てたことには大満足だった。


 しかし、寝具に関してはナイトシャドウ・ウルフの抱き心地には敵わないため、今後も彼を抱いて寝ることを決意した。


 ――そして、冒頭の絶叫に戻る。


 今、彼はベルノスとセリフィアム、そして引き締まった体に完璧な執事服を着こなした灰色の髪を持つ一人の男性と共に、石造りの拠点に新設された書斎で頭を抱えていた。


 パネルに広がる無数の要求事項を前に、彼は呆然としていた。


「建物に役職の人間が出てくるから家が必要だなんて……。人口100人達成おめでとうだって!?ふざけるな!役職の人間だけでさらに100人近く必要じゃないか!くっ......でも……すごい……。ゲームだけど!ゲームの要素なんか飛び越えて、現実的すぎてやりがいが……あるのか?」


 リオトはもう、阿鼻叫喚あびきょうかんの取り乱し様だった。


 そう。ミッションの達成により新たに解放された項目は、ただのゲーム好きの学生程度の知識しかないリオトには、到底処理しきれるものではなかった。


 残念ながら、いくらベルノスが優秀であっても、すべての専門的な問題に対応することはできない。


 せいぜい、リオトと共に悩み、一つずつ解決していくしか方法はない。


 もちろん、セリフィアムも同様だ。


 彼女には教会の巫女としての政治的な視点があるものの、それは表舞台での話だ。


 裏方の土台作りとなると、彼女の知識でも限界があった。


 せいぜいできるのは、彼女が知っている完成形を伝え、その道のりを模索する手助けをすることだけであり、リオトの疲れを軽減するためにバフをかける程度だった。


 そんな中、執事服を着た男性が静かにリオトの前に立ち、深々と一礼した。


「領地の管理、運営についてはどうかお任せください。これから、家令バトラーとして、リオト様が立派な支配者になられるお手伝いをいたします。どうぞよろしくお願いいたします」


 彼はリオト専属のバトラーであり、その冷静沈着な態度と完璧な仕事ぶりが、リオトのこれからの負担を少しでも軽減してくれるだろう。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ひとまずリオトは、解放された建物のログを確認した後、すぐに建造を始めた。


 それが何であれ、この石造りの拠点がまず第一だった。


 この拠点は、最初に建てた建物であり、約一か月近く配下たちと過ごしてきた大切な寝床。思い出深い初期拠点をそのままアップグレードしたものだ。


 建物は一瞬、光に包まれると、大きな石造りの砦へと変貌した。


 そして、新しい拠点に足を踏み入れたリオトたちを出迎えたのは、黒い執事服を完璧に着こなした男性だった。


「リオト陛下。お待ちしておりました。この度、リオト陛下の家臣として、この館、また政治、領地、財政など、様々な執務の補佐役を務めさせていただきます。家令バトラーでございます。全身全霊をもってリオト陛下にお仕えいたします。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 バトラーと名乗ったこの男性は、その名の通り、執事長として館の管理や領地の運営、そして執務の補佐を行う存在であった。


 リオトは驚きを隠せなかった。


 なぜなら、ゲームの中にはこのような詳細な内政要素は存在しておらず、プレイヤーが管理するのは主に戦争関連の要素だったからだ。


 現実に近い要素が増えたのは、ゲームでは想像もしなかった展開だった。


 そう、新たにゲームにはなかった、現実に近い要素が増えたのだ。


 バトラーと名乗る彼の年齢は45歳。独身。身長は175cmで引き締まった体つき。


 剣術にも通じているらしく、その風貌は灰色の髪と深い灰色の瞳が印象的だった。


 彼の冷静沈着な態度からは、年齢を重ねた経験と知識、そして内に秘めた強さが滲み出ていた。


 そう。彼も生きている。


 バトラーは館の内部を案内し、最後にリオトの書斎へと導いた。


 書斎には、大きな木製の机と豪華な椅子が置かれ、机の上には巻物や本、インクと羽ペンが整然と並べられていた。


 壁一面に並ぶ本棚には、領地の歴史書や魔法に関する書物が収められている。


 リオトは豪華な椅子に座りながら、満足そうに周囲を見渡した。


 だがその後、バトラーがこれからの執務に関して説明を始めると、リオトの顔色は次第に青ざめていった。


 ――そして、頭がパンクしたリオトは冒頭の絶叫へとつながるわけである


 リオトが机にうなだれると、バトラーは静かにティーカップをそっと置いた。


「誠に申し訳ございません。リオト陛下。私としたことが、年甲斐もなくはしゃいでしまい、つい難しい話をしてしまいました。こちらは館に備えてあるハーブティーでございます。品質、香り、味ともに問題ございませんので、どうぞお飲みになり一休みくださいませ」


 バトラーの冷静で優雅な態度に、リオトは少し安堵し、カップを手に取る。


「うん、ありがとう……バトラー。ってこれから一緒に過ごす人の名前が『家令バトラー』ってのはちょっと……ベルノス、お願いできるかな?」


 リオトのいつもながらの指示にベルノスは頷くと一歩前に進み、バトラーに向き直る。


「バトラー、リオト陛下はあなたに役職名ではなく、個人の名前があることを望まれています。何かご希望の名前はありますか?」


「も、もったいなきお言葉……ですが、私ごときが……」


 バトラーが遠慮するのを見て、ベルノスは首を振った。

 彼にとっては、すでに慣れたやり取りだった。


 なぜなら、ベルノスはこの国の民の数十名に名前をつけてきたからだ。


 現在は他の深淵の司祭に任せている部分もあるが、彼にとっては恒例行事だった。


「決まったことです。さあ、名前をお答えください。でなければ、私が思いつきで決めますよ?」


 ベルノスの冗談に、バトラーは一瞬困惑したが、リオトがティーを楽しみながら微笑んでいるのを見て、深く息をつき、決心を固めた。


 セリフィアムも、いつの間にかティーカップを手にしながら、そのやり取りを楽しんでいた。


 ついに折れたバトラー。名前をいただくことに納得はしたものの、自分で名前を考えるとなると、なかなか思い浮かばない。


「うーむ。名前、と言われましても、なかなか思付かないものですね......」


 バトラーが悩み始めると、ベルノスもまた、「思いつきで」と言いながらも適当には決められない、と悩み始めた。


 リオトに仕える執事長の名前が、軽く決められるものでないことは明白だった。


 その様子を見かねたセリフィアムは、カップをテーブルに戻すと、口を開いた。


「私の記憶によれば、実直な人物や支える役割を持つ者の名前には、木の名前や守護者としての意味を持つものが多いわ。例えば……ウィリアム、なんてどうかしら?」


 ウィリアム。そうつぶやいたセリフィアムは、再びカップを手に取り、香りを楽しみながらゆっくりと口に運んだ。


「ウィリアム……良い名だと思います。他に名は浮かびませんし、ではウィリアムと名乗らせていただきます」


 バトラーあらためウィリアムがそう言うと、ベルノスが前に進み出た。


「深淵の教会、そしてアークノクティア国の司祭として、あなたの名『ウィリアム』に深淵の神々の加護と祝福があらんことを」


 ベルノスはウィリアムの額に右手をそっと置き、深い敬意を込めて祝福の言葉を口にした。


 その後、両手を胸の前で三角形に組み、神聖な動作を行いながら、さらに言葉を続けた。


 右手を額に置くのは、闇の中で進む未知の道を示し、両手で作った三角形は「神の眼」と「導き」を象徴するものだという。


 これは、ベルノスが深淵の教会の司祭として新たに考案した儀式であり、古いしきたりにとらわれすぎないように工夫を加えたものであった。


 もちろん、この新しい儀式は事前にリオトが確認し、あまり複雑ではないため、すぐに承認された。


 リオトもまた、前の世界も記憶にある宗教的な動作を思い出していた。


 両手を合わせたり、シンボルを作る動作はよく見かけるものであり、こうしたわかりやすい象徴があれば信仰が広まることもあるだろうと考え、ベルノスに許可を与えていた。


 こうして、ウィリアムは正式にリオトの執事として仕えることになり、新たな仲間が増えたのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 リオトの次なる課題は、新たな開拓、つまりは第三層の整備だった。


 これまで以上に広大な土地を切り開き、100世帯から150世帯、さらには新しい建築物や移転する予定の施設を建設できるだけの土地を整備しなければならない。


 目標は、最終的に500人ほどの人口に対応できる都市計画を見据えていた


 ウィリアムに確認したところ、人の手だけで行うとなると、開拓には数年から、場合によっては十年以上かかる大規模な都市開発になると告げられた。


「うぎゃあああああああああ!」


 またしても、リオトの叫びがこだました。


 巨大な木々が立ち並ぶ森を再び開墾かいこんしなければ、新たな建物は建てられない。


 しかも、今回解放された建物はどれも大きく、手間がかかるものばかりだ。


 しかし、人口を1000人に増やすためには、新しい建物を建てるだけでなく、やらなければならないことが山積みだった。


 ゲーム内では簡単だったことが、現実のような世界ではあまりにも複雑で、リオトは再びうなだれた。


 そんなリオトの姿を見て、傍らにいたベルノス、セリフィアム、そしてウィリアムは、微笑みを浮かべる。


「リオト様。これも、貴方様の国づくりです。皆、喜んで貴方様の手足となり、働いてくれるでしょう」


 セリフィアムはリオトのうなだれた顔を覗き込みながら、優しく微笑んでそう語りかけた。


 だが、リオトには彼女や深淵の騎士といった、驚異的な能力を持つ者たちがいる。


 つまり、開拓を進めるには、EDDのユニットやスペルカードなどの力を駆使すれば、大いに助けになるということだ。


「時間をかけて、まずは壁を築き、その後で農地や家を増築していくしかないか……?」


 リオトが悩みながらつぶやくと、隣にいたウィリアムが提案をした。


「ご提案失礼いたします。壁を先に建設して、安全な土地を確保してから建物を建てるのは良い考えかと存じます。ただし、すべての木を伐採するには時間がかかりますし、無駄にもなります。第二層の城壁を拝見した際に、既に取り入れられていたのですが、木々をそのまま見張り塔や城壁の一部として活かすことで、伐採の労力やコストを削減できます。ぜひ、そういった方法もお考えいただければと」


「確かに……」


 リオトが外を見やると、館から見える第二層の城壁の一部には、立派な大木が一本残されていた。それは伐採せずに城壁の一部として利用されていたものである。


 樹齢、数千年になるだろうといわれ、暗黒の騎士や、リオト、ベルノスが振るう斧ですら傷しかつかなかった。


 だから、そのまま残してもいいんじゃないだろうか、とリオトは考えたのだ。

 城壁にするという考えは殆どなく、完成してみれば、天然の防壁にもなり、また国のシンボルにもなるだろうと考えた。


 あまり大きいものを残しすぎると、建造物の建築が難しくなるが、自然との調和、いずれ様々な種族、文明を取り入れていくのであれば、自然を残すこと自体に反対はなかった。


「なるほど、いい案だ」


 ウィリアムはさらに続けた。


「外敵についての心配があるなら、今のところ特定の勢力ではなく、主に自然――動物や未知の生物に対する対策が重要です。基本的に、これらの生物は水場や洞窟など、集まりやすい場所に引き寄せられます。そういったエリアを囲う形で壁を作れば、安全な土地を確保しつつ、整地にかかる時間と手間を大幅に削減できます。また、城壁ではなく、まずは木の柵を作る、巡回する兵士を配置するなど、段階的に対策を進めるのも一案です」


「なるほど……それなら、俺の能力で……」


「さすがでございます、リオト様。では、こうしてはどうでしょう」


 リオトは、ウィリアムの知識の深さに感心しきりだった。傍で聞いていたベルノスも「なるほど」と頷き、セリフィアムもほほえましい表情で見守っていた。こうして彼らは、領地の新たな開拓計画を具体的に固めていったのだった。

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