第6話 名を与えし司祭①


ナイトシャドウ・ウルフを撃退した後、リオトは深淵の司祭の助言を受け、ナイトシャドウ・ウルフの死体については放置し、一先ず周囲が開けた場所を探すことにした。


「準備してから、安全な場所を探そうか......まずは...」


リオトは深淵の司祭に、召喚時の能力を使い「深淵しんえん従僕じゅうぼく攻撃力:1/体力:1」を3体召喚するように、指示をした。


「従僕を召喚して、周囲の警戒をさせよう」


リオトの命を受けた深淵の司祭は、片足の膝をつき、地面に手を付けると、手元から不気味な黒い霧が地面に広がり、空気が重くよどんでいく。


「我が主に仕えよ、深淵の従僕じゅうぼくよ――」


司祭の低い声がひびき渡ると、地面からゆっくりと黒い影が姿を現す。


やせ細った骨ばった身体に、異様に長い手足。無機質むきしつな仮面のような顔をしている。口や目は見当たらない。その動きは人間らしさを欠き、カタカタとどこか機械的だ。


「やっぱり......従僕の動きはゲーム同様に不気味だな......」


深淵の司祭が従僕たちの召喚を終えると、従僕たちは無言でリオトに対してひざまずいた。


EDDエデドのゲームでは、深淵の司祭を召喚した際に、自動的に深淵の従僕も召喚される仕様だったが、この世界では深淵の司祭による任意のタイミングで召喚が可能なようだ。


リオトは戸惑いながらも、慎重に覚えておくことにした。


「……カードから召喚されたものは、基本的には俺に服従している……と考えていいのか?」


リオトは新たに召喚された深淵の従僕たちを眺めながら、つぶやいた。

その言葉を聞いた深淵の司祭は、胸に手を置いてこうべれた。


神子みこ様に仕えるのは当然のことでございます」

「えっと.....すみません...独り言です」

「私に敬語は不要でございます」


リオトは少し驚きつつも、彼の言葉に頷いた。

だが、自然に敬語が口に出てしまう。


「いや......それは、癖みたいなものだから」


深淵の司祭は微笑ほほえんだ。

彼の顔はほとんど蛇のようなで、肌にはうろこが浮かんでいる。


普通であれば不気味に感じるはずだが、リオトは不思議と嫌悪感や不快感を抱かなかった。それどころか、彼に敬愛けいあいに近い感情を抱いている自分に驚いた。


「失言をいたしました。ですが、我は神子様と神の忠実なしもべであることを覚えておいてください。すべてはあなた様のために神によってつかわされ、この地にてつかえさせていただいております」


その言葉に、リオトは少し疲れたように苦笑した。


「うん……わかった。ありがとう。......よし、ひとまず何が起こるかわからないし、手札のカードをすべて使おう」


リオトはパネルに映し出される手元のカードを見つめ、残る2枚のユニットカードを召喚することに決めた。


まず「邪悪なしもべ」だ。


邪悪なしもべ

種類: ユニット(レア)

攻撃力:3

体力:2

説明: 邪神の力で召喚される低級な使い魔。


黒い霧から現れたのは、背丈が180センチメートルほどのやや猫背の異形の生物。鋭い爪と獣の脚を持ち、その姿は人間と獣が融合したような姿だった。


「邪悪なしもべ、か......攻撃力は高いけど、体力が低い……今は、あまり前に出したくはないな」


リオトは邪悪なしもべを基本的には前線に出さず、後方に控えさせて、戦闘時における深淵の司祭や、自分の補助役とすることにした。


次に、先ほど戦った「ナイトシャドウ・ウルフ」を召喚する。


ナイトシャドウ・ウルフ

種類:ユニット(ノーマル)

攻撃力:2

体力:3


黒い霧の中から姿を現したナイトシャドウ・ウルフは、その漆黒しっこくの毛並みは、相変わらず光を反射せず、まるで影そのものだ。見た目からわかっていたが、名前のナイトは騎士ではなく、夜からとられているものなのだろう。


体長は2メートル、体高1.2メートルと、堂々とした姿で立ち、赤い瞳がリオトを見据えている。

その目には、狂気は感じられず、今はただ従順さと冷静な忠誠心ちゅうせいしんが宿っている。


リオトはその嗅覚きゅうかくを活かしてもうらうつもりである。


「……これで少しは戦力が整ったか。深淵の従僕も含めて、陣形をどうするか……」


リオトはナイトシャドウ・ウルフを前線で斥候せっこう、および遊撃として使う。

深淵の従僕たちは盾役として配置することを決めた。


もしも敵が現れたときには、従僕たちが攻撃を引き受け、ナイトシャドウ・ウルフが反撃または撤退するという作戦だ。


「さて、現状を整理しながら……とりあえず、開けた場所を探そうか」


リオトは深淵の司祭に向き直り、話しかけた。


「かしこまりました、神子みこ様。私どもがいる限り、先ほどのけもの程度であれば、わたくしとしもべたちで対処可能です。しかし、探索や察知能力に関しては力不足でございます」


深淵の司祭は頭を垂れながら話を続ける。


「恐れながら進言いたしますが、できれば神官の戦士か、視覚や聴覚に優れた者を召喚していただけると良いのですが……おそらく、今はそれが難しい状況かと」


深淵の司祭の進言を聞き、リオトは頷いた。


「そうだね……今のところは邪神のしもべやナイトシャドウ・ウルフで探るしかないか……」


そのとき、リオトはふと思い出したように深淵の司祭に問いかけた。


「ところで、君は、今の状況をどこまで把握しているのかな? 俺が召喚したこととか、この世界について何か他に知っていることは?」


リオトは彼の話ている内容から、こちらの状況についての理解している節を感じたからだ。


深淵の司祭は少し考えた後、ゆっくりと答えた。


「これは、失礼いたしました。神子様を不安にさせてしまい申し訳ございません。では、私が神より与えられた使命についてお話させていただきます」


深淵の司祭は自分の立場や、リオトに召喚された経緯、そしてこの世界での使命について語った。



**********



「............神、か」


リオトはその言葉を反芻はんすうする。

たった一文字にして、大きな意味を持ちながら、朧気おぼろげで、どこか捉え所のない存在。


だが、リオトにとっては、それは自分の目の前に表示されたパネルの文字と同じくらい現実味のないものだった。


神という存在も、目の前のパネルも、どちらも虚像きょぞうのように感じられる。


リオトは、深淵の司祭にパネルの存在について確認してみた。

だが、司祭はそれを見ることも、触れることもできないようだった。


リオトがパネルを操作している時、司祭からはリオトが空中をじっと見つめ、何もない空間に手を動かしているようにしか見えないのだ。


「見えない……そうですか」リオトは独り言のように呟いた。


深淵の司祭もまた、自分と同じように記憶が曖昧あいまいだということに、リオトはある種の共感を覚えた。


ただ、偉大なるなるものからの啓示けいじによって、召喚主に仕える使命を持っているということだけは確かなようだ。


リオトは深淵の司祭の話を聞きながら、自分だけがこの異世界で特別な存在ではないことを改めて理解していた。


この世界に召喚されたユニットたちもまた、リオトと同じように未知の状況に直面しているのだ。彼だけが迷っているわけではない。


リオトは自分の中で思考を整理し、深淵の司祭に目を向けた。


「ありがとう。ひとまず君の言う通り、開けた安全な場所を探そう。戦略を立てるにも、今のままでは難しいから」


「かしこまりました、神子様。すぐに移動いたしましょう。」


深淵の司祭は周囲を警戒しながら、従僕たちに命令を下す。リオトたちは森の奥へと進み、まだ見ぬ脅威に備えることにした。

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