アソルヴド王国 未解決事件ファイル

酒月うゐすきぃ

File01:火葬師デリー

●概要

火葬師デリーは、王歴1886年から1888年にかけて、王都ペディングで犯行を繰り返したとされる連続殺人犯である。

現在に至るまで犯人は特定されておらず、「デリー」も「名前のない男」という意味で使われている。

※なお、犯人が男であると確定しているわけではなく、便宜上そう呼ばれているに過ぎない


火葬師デリーは、3年の間に少なくとも6人、同一犯疑惑を含めると18人の女性を殺害したという説が有力。

犯行は深夜から未明にかけてに行われ、未亡人を生きたまま焼死させるという特徴があげられる。

また、遺体には魔力残差反応があり、炎魔法による犯行であると考えられている。

さらに、被害者の多くは炭化するほどの高い火力で焼かれており、犯行が短時間であることなどから、非常に高度な技術が用いられた。

このため、高位の炎系術師である王立火葬師など、いわゆる貴族にまで捜査の手が及んだことで、王国内での関心も高い事件である。


●被害者(年月日は犯行日)

・エギナ・ロンド(24) 1886年2月4日

昼過ぎ、自宅の庭で死亡しているところを、被害者の弟が発見。

遺体は全焼・炭化していたが、燃え残った指輪にて身元を特定。

被害者はひと月前に流行病で夫を亡くしており、弟が定期的に様子を見に訪れていた。


・マリー・ヴァン(18) 1886年8月30日

早朝、被害者が間借りしている酒場の地下室で、店の主人が発見。

被害者は1年前、事故によって夫を亡くしてから、酒場の手伝いをしつつ客を取るという生活を続けていた。

ただし、相手をするのは酒場の営業時間だけと決めており、客と夜を明かしたことは1度もない。


当日も2人の客を相手取ったが、どちらも夜のうちに帰宅している上、その後に生前の被害者と酒場の主人が顔を合わせている。

なお、遺体は全焼・炭化しており、身元の確認は困難であった。

このため、「被害者が使っていた部屋だから」という理由のみでマリーの遺体と断定されている。


・メイフォード・ヨウ(30) 1887年2月23日

深夜、スラム街で悲鳴を上げながら炎上中のところを複数の浮浪者に目撃されている。

被害者は数時間後に命を落としたものの、遺体は炭化する前に鎮火した。

デリーの犯行と思われる被害者の内、「(炎上中に)生きている段階で目撃された」「遺体が炭化しなかった」という点で、珍しいケース。


当初は遺体から魔力残差が検出されず、本件とは無関係の可能性も議論されたが、のちの再鑑定でやはり炎系魔法の残差が確認された。


なお、被害者は夫が行方不明となってから精神を病み、スラムで浮浪者として生活していた。

遺体は身元引受人がいないこと、損傷が激しいものの炭化せずに残っていたことなどから、捜査の上で重要な資料であるとして、現在に至るまで王立教会墓地の最重要遺体安置場に火葬せず保管されている。

ただし、防腐処理が十分でなかったこと、1943年に発生した大雨による浸水などが影響し、現在ではほぼ原形をとどめないほど腐敗している。


・メイヤ・ラック(25) 1887年8月19日

メイン通りにある集合住宅の自室(二階)にて、焼死しているのを隣人が発見。

この隣人は聴覚に優れており、被害者宅から何かが燃えるような音が聞こえたため、様子をうかがいに部屋を訪れたという。


なお、隣人は燃える音が聞こえる直前、被害者の部屋に客が訪れたことを証言している。

※会話などは聞こえなかったとのこと

また、隣室の状況を確認するために自分の部屋を出た際、被害者宅にいたと思われる人物が、階段からこちらを見ていた様子だったという。

ただし、隣人は盲目であったため、不審者の人相や性別、身体的な特徴は把握していない。


・アルモニカ・フェルエード(41) 1888年2月12日

早朝、自宅のベッドで焼死しているところを、被害者の父親が発見。

被害者は夫を殺人事件で亡くしてから、実家にて母の介護をしつつ暮らしていた。

事件前日、母親の容態が芳しくなかったことから父親が病院に付き添っており、朝まで家には被害者ひとりだった。


なお、被害者夫の殺人犯は、既に獄中で病死している。


・ユイス・フォーブ(19) 1888年8月8日

早朝、王都の住人複数がナスラ川に浮かぶ遺体を発見。

遺体は炭化していたものの、両手で結婚指輪を握りしめていたため、身元の特定に至った。

被害者は前日に事故によって夫を失っており、周囲に自殺をほのめかす発言をし、行方不明となっていた。


●容疑者

・オッド・ランズ

火葬師デリーの犯人として、もっとも有力であると思われていた人物。

王国軍治安維持部隊は、被害者の遺体に鑑定魔法を施している。

その結果、上記6名の被害者全員から、同一人物の魔力紋が残っていた。

その人物こそ、オッド・ランズである。

(※メイフォード・ヨウのみ、遺体発見当時はオッドの魔力紋を検出できていない)


また焼死のほか、上記以外の不審死を遂げた複数の遺体からもオッドの魔力紋が検出されたことなどを受け、逮捕されている。

当時、鑑定魔法は開発されたばかりだったものの、様々な事件を解決する革新的な方法として積極的に導入されていた。

これに際し、鑑定結果を根拠なく信じる捜査が目立っていたことは否定できない。

本事件についても、魔力紋以外に有力な証拠はなかったが、鑑定結果からオッドが犯人であると決めつけて捜査が進められた。


王国軍治安維持部隊は早い段階でオッドをマークしており、最後の被害者(とされる)ユイスの鑑定結果が出た1888年8月13日に逮捕。

本人は否定するも、裁判によって死刑が確定した。

1889年1月10日、断首による刑が執行。


なお、残虐極まりない連続殺人事件だったことを受け、裁判でオッドは弁護人を付けることが許されず、発言も一切認められなかった。

※そもそも、発言できないようオッドには猿ぐつわがはめられていた

オッドの遺体は息子への引き渡しが拒否され、処刑場にある重罪人用の共同墓地に、死者への祈りを捧げずに遺棄された。


王国軍はオッドの処刑によって事件は解決し、王都に平和が戻ったことを宣言。

ただし王国側は認めなかったものの、これ以降も同様の焼死事件は続いたとされる。


1943年9月、事態が大きく動いた。

大雨による被害状況を確認中、炭化せずに残っていたメイフォード・ヨウの遺体が浸水の影響で大きく腐敗していることが判明した。

王立魔法研究院は、「遺体の損壊や時間経過などによって鑑定魔法の検出精度にどれだけ影響が出るか」を検証するため、再度メイフォードの遺体に鑑定魔法を使用。


その結果、遺体からは2種類の魔力紋が検出された。

また、鑑定魔法は50年で進歩しており、より詳しい情報、すなわち「身体のどの部位に濃厚な魔力紋が残されているか」がはっきりと判別可能となっていた。


これによりメイフォードの遺体からは、

・全身に未知の人物の魔力紋

・左腕の一部にのみオッドの魔力紋

が残っていたことが明らかとなる。


これを受け、王国軍治安維持部隊は捜査資料の再調査を余儀なくされた。

その結果、上記6名の被害者全員について当時「左腕の皮膚細胞の一部のみ」を採取し、鑑定していたことが明らかとなった。


この事実が公表されると、被害者の遺族や関係者からの証言により、6名の被害者が全員、「左腕に入れ墨を入れていた」ことが判明。

※当時は女性の間で、「左腕の入れ墨」が流行病を防ぐと信じられていた

そして、その入れ墨を入れたのがオッド本人であることも分かった。

オッドは炎魔法を用いた入れ墨師であり、施術によって残った魔力紋が鑑定魔法によって検出されてしまったのだ。


1944年、王国軍治安維持部隊は捜査の非を認め、オッド・ランズの再審を開始。

裁判は被告人不在、弁護人3人によって行われ、満場一致で無罪判決が下された。

さらにオッドの遺体は共同墓地からあらためられ、息子に引き渡されるとともに、王国費で十分な葬儀が行われた。


・フェリデール・フォン・ギャシュリー

最初期に容疑者として捜査された人物。

被害者は短時間で炭化するほど、高位の炎魔法を受けていた。

このため、王立火葬師であるフェリデールが真っ先に疑われた。


ただし、遺体に残った魔力紋はフェリデールのものと一致しなかったため、早い段階で捜査線からは外れている。

もちろん、1943年に明らかとなった未知の魔力紋も、フェリデールとは一致していない。


なお、フェリデール本人はこの事件の犯人が「火葬師」と呼ばれていることに不快感を表しており、神聖な職業を愚弄する行為だと主張している。


・ダイエル・ヤン

メイヤ・ラック焼死事件の際、盲目の隣人は犯人と思われる人物と接触している。

それについて、隣人は「廊下に花の残り香がした」と証言した。


このため、火葬師デリーを題材にした後年の創作物や真実を突き止めようとする好事家によって、当時花屋を営んでいたダイエルが犯人だとする説が好まれる。

ただし当時を知る人によると、ダイエルは魔法を苦手としており、人を炭化させるほどの魔法が使えたとは思えないと言われている。


●事件の影響

・この事件は、盛大な誤認逮捕ならびに冤罪事件という側面もある

・これを受け、王国は「いかな残虐事件であろうと、裁判は公平に行う」ことを誓った

・また、鑑定魔法の精度や調査方法にも大きな疑問の声が上がり、「決定的な証拠」ではなく「根拠のひとつ」とするよう考えを改めた

・犯行に用いられたのは、「高位の炎系魔法」であると考えられている

・しかし、遺体が寝ていたベッドを始め、被害者の周囲には一切の延焼が見られなかった

・これは、従来の「目標物を発火、延焼させる」という純粋な炎魔法とは異なる可能性があると、王立魔法研究院は語っている

・事件で使用されたと思われる「対象のみを燃やし続ける」という魔法を再現する動きもあるが、今なお実現に至っていない。

・現在では、腐敗の激しいメイフォードの遺体しか証拠が残っておらず、犯人の特定は極めて困難である

・このため、火葬師デリー本人、あるいはその子孫が、今も平然と王都で暮らしている可能性は否定できない

・こうした背景から今日では、いう事を聞かない子供への教育、不可解な事件の犯人像、読み物などの創作物など、頻繁に「火葬師デリー」の名前が上がる。

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