手記25 ネット告発開始

 告発HPをアップロードした直後に、URL を愛知県警に通知し、「もし内容に事実誤認があれば訂正するので申し出てください」と言い添えた。一週間経っても何の反応もないので、HPの宣伝作業を開始した。


 (ここで付言しておくが、私は告発文とか手記に書いたことを、これすべて真実であると主張するつもりはない。人間のすることだから、思い過ごしや記憶違いはあっても不思議ではないのだ。だから告発文を公開するに当たって、間違いはないかと捜査当局に確認を入れている。だが彼らは一切訂正などしようとはしない。だから少なくとも大筋では私の告発は正しいと彼ら自身が認めているのだ。)


 ネットから採集した全国何十というマスメディアのメールアドレスにURL を送った。また反権力系のHP を運営する多数の人たちにもメールした。

 紙に文書をプリントして郵送するなら、多額の経費が必要となる。メールを使えば費用ゼロだった。パソコンってスゴいと、普及して間もないテクノロジーに大感激だった。

 初日のアクセスカウンターは突如1000に跳ね上がり、それが連日続いた。当時のHP はアクセスが日に1000を超えれば、有名サイトの仲間入りだとされていた。

 HP には掲示板を付けていた。その書き込みも毎日10件を超えた。

 反響は予想外に大きかった。。

 愛知県警は、この先どうなるかと、さぞ肝を冷やしたことだろう。

 「東芝クレーマー事件」の再来となるかもしれない。

 だが掲示板の書き込みの7割方は、告発を妄想と疑うもの。理解し応援してくれる人は3割程度だった。

 そのことにずいぶん気落ちさせられた。

 のちのちインターネットの発展が進むと、私のようなネット告発者も増えていく。最初はささやかなネット発で、やがてマスコミが取り上げて大騒ぎになる事件も少なくない。そして最初のネット告発が、妄想呼ばわりされ叩かれてしまう事態は、しばしばみられる。ネットの反応とは、その程度のものなんだ。

 今はそういうものだと理解できているが、2001年のこのときには、ネット民からの妄想呼ばわりに心が傷ついた。

 病的な妄想なら、主張に明らかな矛盾があるはずだ。私の告発文に何らかの論理的破綻があるなら、それを指摘してみよと言いたかった。指摘できるものは見事に一人もいなかったのだが。

 また、不祥事を告発するものなのに、警察はHP を静観している。HP を削除せよとの勧告すらしない。その点をネット民はいぶかしく思わないのだろうか。

 もっとも理解者、応援者は、割合としてはともかく、数としては少なくなかった。その中には、ご自身の運営するメルマガでURL を拡散してくれる人もいた。また、日本のHP サービスを使うと削除されてしまう恐れがあると、海外のサービスを具体的に紹介してくれる人もいた。ある大学生はメールで「この告発をマスコミが取り上げないのが不審だ。自分の父親は新聞記者だが、帰省した折り、父親に疑問をぶつけてみる」と言ってくれた。

 いま思い返しても、そのような人たちに感謝の念を覚えずにはいられない。

 マスコミに送ったメールに、反応は返って来なかった。

 たった一件を除いて。

 地元のテレビ局B社(仮名)の愛知県警記者クラブキャップと名乗る人物が「あなたのHP はたいへん興味深い。取材させてほしい」と返事をくれた。

 私は、救いの神にやっと手を差しのべられたようにホッとして、取材に都合のよい日を伝えた。

 だがB社からの次の返答は、いつまで経ってもなかった。

 応援者の一人が「誰かのいたずらじゃなかったの?」というが、マスコミ宛のメールは、フリーメールではなくプロバイダ配布の本命メールアドレスを使った。そのアドレスに来たメールだから、いたずらではない。

 取材を打診しておきながら、あっけなく反故にする。マスコミがこんないい加減だとは知らなかった。

 もっともその真因は、のちのち推測できるようになるのだが。

 やがて掲示板に誰かが「2ちゃんねる」のスレッドのURL を貼り付けた。私はこのとき生まれて初めて2ちゃんねるなるものを知った。

 URL をたどっていくと、2ちゃんねるの「ネットウォッチ板」に私の告発HP の単独スレッドが立っていた。どうやらHP のアクセスの過半は、このスレッドから流れて来ていたらしい。

 このスレッドでは、私の告発を妄想呼ばわりするものが9割を超えていて、そんなコメントが何百と続いていた。

 そのコメントの一つが、なんと私の実名をさらしていたのだ。

 どうして実名なんかわかったのだろう、と頭をひねって思い当たった。

 パソコンにHP 作成ソフトをインストールしたとき、作成者の名前を入れる欄があって、うっかりそこに実名を入れてしまった。

 それでアップロードされたHP のHTMLを開いてみると、私の実名がわかってしまうという訳だった。

 2001年当時、インターネットはたいへん怖い裏社会、というイメージがあった。だからネットに実名をさらすなんて、ご法度とされていた。

 私は、これはまずいと考えて、ネット上からHP を削除してしまった。

 公開開始より、ちょうど二週間が経っていた。

 祭りの終わり。

 その後すぐに、作成者名を「べろべろばー」に書き換えて、同じジオシティーズの別URL にアップした。

 2ちゃんねるから人が来なくなったせいで、アクセスが激減した。それでもほそぼそとHP を続けた。掲示板はわずらわしいので外してしまった。

 やがて今度は、「月刊現場発」という地元名古屋の弱小事件誌の記者からメールが届いた。取材の依頼だ。

 今度こそほんとに、取材のため記者が来宅した。いかにもネアカな30代の記者は、開口一番嬉しそうにこう言った。

 「あなたのHP が出てきたとき、われわれスタッフみな『これは本当かー!スゴーい!』って叫んだんですよー」

 とにかくこの記者は明るかった。特ダネを得たことが余程嬉しかったらしい。2ちゃんねらーから妄想扱いされてひどく凹んでいた私は、記者の告発文の理解の的確さに触れて、活き返るような気がした。

 取材は一時間に及んだ。

 だが結局この事件誌からも、その後の連絡が途絶えてしまった。記事化されたかどうかは結局不明。

 どうなってるんだろう。

 その後、メールだけでHP の内容紹介の許可を求めてきた雑誌があったり、直接の連絡はないが、知人からかくかくの雑誌にあなたのHP が紹介されてたよと教えてもらったりした。

 私はマスコミを大きく動かし、彼らがメディアスクラムを組んで迫ることで、犯人を自首に追い込めないか、と一縷の望みを抱いていた。だが、その望みははかなく消えた。

 公開から一年半後、私はHP をネット上から抹消した。当時はまだインターネット黎明期で、マスコミを動かせないなら、ネットにHP を置き続けるの虚しいと思われたからだ。アクセス総計は7万を超えていた。

 2003年3月、時効を迎えた。

 時効成立時の記者会見で愛知県警は、「犯人の手掛かりはまったく得られなかった。ただ夫が犯人でなかったことは、アリバイがあるので間違いがない」云々と説明したと、ニュースにあった。

 だが「犯人の手掛かりがなかった」という命題と「アリバイがあるから夫が犯人ではない」という命題は、相互に矛盾があるので両立しえない。

 中学生でも突っ込みできそうな論理矛盾だ。

 夫にはアリバイがあったというが、捜査当局のまったく想定外の方法、たとえば第三者に殺害を依頼するなどして犯罪を実行した可能性もある。犯人の手掛かりが一切なかったというなら、その可能性は絶対残る。夫犯人説を完全に否定できるのは、他に真犯人が特定できていた場合だけだ。

 私は記者会見の実況中継など見ていない。だから県警が具体的にどんな説明の仕方をしたのか知らない。会見の場にいた記者たちが県警の論理矛盾に突っ込みを入れたのかどうかも知らない。ニュース記事を読んだだけだ。

 だから私の指摘は的はずれの点が、もしかしたらあるかもしれない。

 ただ言えることは、県警の夫擁護にも関わらず、ネット民の間ではその後も夫犯人説が途絶えなかったことだ。

 被害女性のお腹から犯人の手によって取り上げられた悲劇の赤ちゃん(男の子)は、無事成長したのなら、いま36歳の立派なおとなだ。1999年父親とともにハワイに移住したというが、小学校高学年になるまでは日本で育ったから、日本語にも不自由はないだろう。

 仮にその息子が自身の出生の秘密を知るところとなり、真相を知りたいとネットを検索したらどうだろう。父親が犯人視されていたことを知り、もし一厘でも父親の犯行を疑うことがあったとしたら、あまりにも切ない。

 県警の夫犯人説否定には論理矛盾がある。矛盾のない説明をするためには、県警はきちっと真犯人は特定できていたことを公に認めるべきではないか。悲劇の赤ちゃんのためにも、是非。



 

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