手記22 捜査責任者

 1991年に時間を戻そう。

 私がA家の父親に捜査事情を伝えたあと、「来る来る、絶対来る」と思っていたら、案の定うちへ来たのが刑事。それも平の刑事ではなく、妊婦事件捜査の責任者である貞池捜査主任と、野見山刑事一課長だった。

 貞池主任は40前後とおぼしい色白小太り、野見山課長は50前後の馬面、長身の男だった。

 主任とか課長とか、あのX刑事の上司だから、さらに凄い(悪い意味で)連中かと警戒したが、案外とどうってことない人たちだった。中学高校の教務主任と教頭とかの風情。

 なぜ彼らのフルネームや肩書きや階級までを知っているかというと、このとき名刺を受け取ったからだ。(余談だが貞池捜査主任は南山大学仏文科卒)


 彼らは私がA家の父親に捜査事情を伝えたことを知って、それは捜査妨害であること、手段に犯罪行為(ごく軽微)を含むことを、居丈高になじるのだった。


 自分たちが殺させようともくろんだ女の家へよくシャアシャアと顔を出せるものだと思ったが、それくらい厚顔無恥でないと警察幹部は勤まらないのか。


 捜査妨害とは、犯人が逮捕を恐れて二度と殺人を犯そうとしなくなり、別件逮捕が出来なくなるということだろうか。


 それはともかく、責任者がお出ましになったちょうど良い機会だからと、私は彼らに、【殺させ捜査】の事実について、せめてひとこと、オフレコでいいから謝罪することはできないのか、とこちらの方から詰問した。

 けれども彼らは、「派出所員は、別の事件に出ていたり、交通事情で遅れることもある」と釈明する一点ばり。頬かむりを決め込み、決して謝ろうなどしない。

 外部に対して知らぬ存ぜぬを押し通すだけでなく、内部的にも、【殺させ捜査】を実際に指揮したX刑事が、なんらかの処分を受けたという話は、いっさい聞かない。

 それもそのはずだろう。頭のいいX刑事が、わざわざ自分の職を賭してまで、【殺させ捜査】に踏み切るわけはない。警察内部に、少し警官の出動を遅らすくらいのことは、大目に見てもらえる土壌があるからこそ、X刑事はなんの恐れ気もなく、【殺させ捜査】に手を染めたのではないか。

 あるいはこうも考えることができる。犯人をいつまでも逮捕できなかったら、捜査と警備のために何億という莫大な費用がかかる。だが女がもう一人さっさと殺されてくれれば、大幅な経費節減になる。警察経済という面でも後者の場合の方が合理的だ。X刑事の行いは、警察上層部のそのような思惑を、無意識に汲んでなされたものであるかもしれない。

 貞池捜査主任は今生きていれば70代、野見山課長はすでに80代の爺さんだ。このときの対話のニュアンスによれば、警官の派遣を遅らせることを、彼らが直接もくろんでX刑事に指示を出した訳ではないようだ。だからもういい加減彼らの実名さらして虐めるのは止めてやれ、と読者は思うかもしれない。

 だが何度も繰り返すが、二度目の犠牲者は出ていたかもしれなかった。ひとが一人死んでいたかも知れなかったのである。それは私ならずとも、再び妊婦さんだったかも知れないし、中高生のうら若き少女であったかも知れない。それを思うといつまで経とうが、責任者の責任を問い続けることを、私は止めるわけにはいかない。

 また世の中には時おり、連続殺人というものが実際に発生する。その中には、この妊婦事件同様に、犯人がわかっていても泳がせておいたために、次なる犠牲者を出してしまったというケースもあるのでは、と私は憶測する。犠牲の阻止よりも犯人逮捕を優先する、愛知県警のみならず、警察全体のこのような体質が、氷山の一角として、この妊婦事件で暴露されるに至ったのではないか。そのような警察の体質に一打を加えるためにも、私は告発をやめるわけにはいかないのである。

 2000年代に告発HP を公開していたとき、アクセス解析を見ると「貞池清義」というキーワードで検索してHP を訪れているものが、かなりの数いた。警察関係者の中でも、貞池氏の実名がさらされていることを知っているものが数多くいたのだ。それでも貞池氏はされるがままにしておく他なかった。


 また最近ネットで調べたら、貞池氏は警察功労者(警視)として2003年8月叙勲までされていた(官報に掲載)。きっと彼は大得意で勲章を受け取ったのだろう。妊婦事件の初動捜査を担当し、犯行現場の目と鼻の先に暮らす犯人を逮捕出来なかったばかりか、いつ第二の犠牲者が出ても不思議はなかった状態に近隣住民をおき続けた貞池清義氏が、まさに妊婦事件の時効が成立したその年に「ご苦労様」と国家から勲章でねぎらわれているのである。

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