手記11 警察警備の模様
配備された救急車がサイレン音を鳴らして走り回るだけでなく、警察が私の家周辺に厳重な警戒網を敷いているのは刑事に教えてもらわなくともわかった(教えてもらっていないが)。
というのは、私の家は農村集落の奥まったところにあり、日ごろ道を通るのは地元の人しかいなかった。
それなのにあの110番騒ぎがあって以来、スーツ姿の年配男性とかジャンパーを着こんだ若い男とか、見慣れない者たちが頻繁に家の前を通っていく。見ただけで警備中の刑事とわかる。自転車に乗った制服警官がうちの門前を通り過ぎる時、ちらと庭に目を走らせていく姿も見た。
だからといって警備していただけてありがたい、とは到底思えなかった。最も危険だったあの晩、警察は警官の派遣を故意に遅らせているのだ。そんな警察、信用出来るだろうか。
2月16日のことをもう一度振り返ってみよう。あの騒ぎは、結果的に見れば、ただ不審な男が玄関先でがたがたしただけということだ。だが、それはたまたま状況が私にとって運良くはこんだだけであって、一歩間違えば、私は命を失っていても不思議はなかった。危険な場面が、あの短い時間のなかにいくつもあった。その点を検証したいと思う。
第一に、最初の110番をした際、電話が玄関の近くにあったため、男は通報されていることに気がついてすぐに逃げた。だが、通報に気がつかなかったらどうだったろう。
男が、チャイムを鳴らすだけでは家の中に侵入出来ないと気がつき、代わりに勝手口とか縁側とかの戸のかぎの締め忘れでもないかと探したとしたら・・・。
私は110番通報に気をとられて、締め忘れた戸を開けて男が侵入したことに気づかない。そして逃げ遅れる。格闘になる。この場へ、T派出所員がすぐさま駆けつけてきたのなら、私は救われるかもしれない。だが、本来なら警官が3分で来れたところを、刑事が故意に15分も遅らせた。3分後なら救えた命も、15分後なら完全に死んでいるだろう。
第二に、最初の通報できたT派出所員が早々と私の家から立ち去ってしまったあと、私は警戒してすぐ家の中に入り、ふたたび厳重に鍵を掛けた。だが、私が警戒心の薄い女だったらどうか。警官が立ち去ったあと、たとえば庭先に取り込み忘れた洗濯物を取りに残っていたら?舞い戻ってきた男に、洗濯ロープで首を締められて、その場で殺されていただろう。
このとき捜査当局は、帰らせた派出所員の代わりに、刑事を張り込ませていた。だが、その刑事は私の家の周りを遠巻きにしていただけ。私の家は、納屋や高い塀に囲まれ、庭の中で何が起こっているかは、外部からはまったくうかがうことはできないのだ。
第三に、二度目の通報のあと、私は2階に避難した。出たばかりの派出所員がすぐに戻ってきてくれるから、2階に避難していれば男が侵入してきても、それまでは持ちこたえることができると判断したからだ。けれども警官は、戻ってきてはくれなかった。警察が、私が殺されて死ぬまで来てくれないのだとわかっていたら、私は2階になど逃げずに、裏窓を乗り越えて家の外へ逃げていた。警察を信頼してしまったばかりに、あえて逃げ場のない二階へ行ってしまった。
第四に、二度目に通報されて、男が逃げて行くとき。男が門をでたそのすぐあとで、姉夫婦が駆けつけてきてくれた。もしもう少し男の出るのが遅かったら、また、姉たちの来るのがもう少し早かったら、逃げる男の前に姉夫婦が立ちふさがる形になっていた。逃げ場を失った男は、仮にポケットにナイフでも忍ばせているような輩だったら、逆上して二人をひとつきに刺していたかも知れない。
何度も言うが、このとき捜査当局は、刑事を遠巻きに張り込ませて、別件逮捕できる機会を虎視眈々とうかがっていただけだ。本来の、市民の生命の安全を守るための行動は、一切取っていなかった。
警察なんか信用できるもんか。
あの晩のことだけではない。
ある夜、私が二階の窓からふと外を見ると、あのX刑事が前の道を歩いて行く。刑事は門前まで来ると、懐中電灯でさっと地面を照らし、何かを探す様子。
あれは何を探しているのだろうと首をひねったが、すぐにわかった。あれは私の血が門前にしたたっていないか確認していくのだ。
殺人犯より怖い刑事が、夜毎夜毎私の血のしたたりを求めてさまよっているのだと思うと、まさに身の毛がよだつというほかなかった。
殺させたあとで逮捕する。刑事のスタンスが目に見えるようだった。
殺されたあとで犯人を捕まえてもらったところで、私は全然嬉しくない。
市民の命を守りたいと本気で思っているなら(思っていないが)、血がしたたっていないかどうか確認していく前に、しばらくの間、夜だけでも近所の姉の家に避難するように指示するくらいしたらどうなのか。
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