手記08 私が襲われた経緯の解説

 2月16日の110番沙汰の経緯をここで少しまとめてみよう。

 男が私の家を訪問した当初の男の目的は間違いなく集金だった。

 だが男が口ごもって十分な説明が出来ないため、私がセールスマンと早合点した。そしてお断りの理由に「いま一人で家にいるから」と言ってしまった。

 男がこのとき「しめた」というように嬉しそうに黙りこんだことを、私は今でもありありと憶えている。

 この瞬間に男は犯意を抱いたと判断できる。

 男の父親は私の父親と仲のいい幼なじみだったから、私の父がこの前日富田病院に入院したことをすでに噂で耳にしていた可能性もある。だから男が父親の話を聞いて、私が家で一人で留守番していることを知っていた可能性も私は考えたが、この可能性は極めて低い。

 男はそんな前知識も何も持たず集金に来ていたのだと思う。

 ただ若い女が一人で家にいると聞いただけで犯意を抱いた。魔が差すとでも言うのだろうか。

 もし頭の回転が早い男だったら、「いや、私はボランティア団体*****のものです。お宅から毎年掛け金千円払ってもらっています。決して怪しいものではありません。戸を開けてください」云々と言葉巧みに説得して、警戒心を解かせ、戸口を開けさせて犯罪を実行に移していたかもしれない。

 だが男はそんなずば抜けて狡猾でも何でもなく、頭脳に関してはごく普通のお兄ちゃんだった。

 だからしつこくチャイムを鳴らせば観念して戸を開けるだろうと思いチャイムを鳴らし続けた。

 チャイムを鳴らし続けたのは私の応対に怒ったからではないかと考える向きもあるかもしれないが(特にX刑事はそう決めつけたがっていた。そう決めつける方が刑事にとっては都合がいいのだ)、現場の状況を体験した私からすればそれはあり得ない。その現場の微妙なニュアンスを言葉でうまく説明できないのがもどかしいのだが。

 110番通報されていると悟って男は逃げて、私の家の左隣の神社に隠れた。

 警察がバイクの音を立ててやって来て、また去ったこともバイクの音で知った。

 その間およそ20分弱。

 神社の陰に潜みながら男はこう考えたと思う。「あの女は怪しいセールスマンが来ていると110番通報していた。自分をセールスマンと間違えただけなのだ。だから自分はそうじゃない、ボランティア団体の*****のものだと名乗れば今度こそ戸を開けるだろう。」

 それで警官が去ってしばらくした絶妙なタイミングに再び私の玄関先に現れ、ボランティア団体の集金のものだと宣言した。

 そして戸が開くのを待ちきれず、がんがんとガラス戸を叩いた。X刑事はその点を私から聞いて「男は怒ってガラス戸を叩いた」と決めつけたが、現場を体験した私からすれば「怒った」のでは到底ない。違う。男は期待に胸を弾ませて嬉しくて仕方がない様子をしていた。楽しい行為を早くさせろさせろと気が急く思いで戸を叩いていた。殺人行為が嬉しくてしょうがないというのもまさに変質者そうろうだ。

 

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