手記07 二度目の通報で来たのは刑事
翌2月24日(金)。私はいてもたってもいられず朝早く、姉の家へ相談に出かけた。電話は盗聴されているので使えないから直接会いに行くしか仕方なかった。
姉の家へ行くと、庭に義兄の車があった。義兄はまだ出勤していない。勤めを持つ義兄にはこれ以上迷惑を掛けまいと、私はいったん少し戻って、雨の日だったので、近くの駅に雨宿りしようと近鉄戸田駅まで来た。
駅舎の壁にもたれて、屈強な若い男が何をするでもなく、通りを眺めていた。通勤時間帯というのに、厚手のセーターにこじきハットというラフな出で立ち、一見して張り込み中の刑事だと直感できた。なぜ刑事だと直感できたのか、あとで考えると私自身にも不思議なのだが。
こんなところにももう刑事が張り込んでいる。身の引き締まる思いがした。
私は少し離れた場所に立ち、その男をそれとなく眺めて観察していた。
彼は、やがて私の視線に気がついて、こちらに目をやる。そして、ちろちろと私のほうを見つづけるのだ。私の顔を、知っているものか、それともまったくの別人かと確かめるように・・・。
私の顔写真がもう刑事たちの手に渡っているのかと思った。
違う。
私はあっと声をあげそうになった。私のほうも、彼の顔を知っている!
この男は、なんとあの2月16日の110番騒ぎの晩、二度目の通報のとき、「私は下之一色派出所の警官である」と名乗って、制服姿であらわれた人物だった。
あの警官は実は、妊婦殺人事件担当の刑事のひとりだった・・・。
否、違う、彼は、本当に派出所警官で、この日戸田駅に私服姿で所在なさげに立っていたのは、非番の日でどこかに遊びに出かけるところだった、と考えることもできるだろう。
だが、この男が刑事であるという私の直感の正しさは、のちのち証明される。私は、彼が私服姿で私の家近辺を張り込みしているのを、このあと6ー7回にわたって目撃することになる。
2度目の110番通報で来た警官が実は刑事であったとわかったこのとき、私は、あの晩の警察の不審な動きのすべてが呑み込めると思った。
あの晩からこの日まで一週間、警察の動きがおかしいおかしいとずっと考えこんでいた。
だが、①警察は前々からあの男を容疑者として内偵していたこと②二度目の通報で来たのが刑事だったこと、その二つの鍵さえ与えられれば、この一週間続いた疑惑はあっけなく氷解してしまう。
第一に、最初の通報で110番係官に私の住所を「◼️◼️」と告げたとき、彼女がハッと何か思い当たる様子をしたことを私は憶えている。それは、容疑者の住所も「◼️◼️」で、男は再び近隣で再犯に及ぶと推測されていた。捜査当局は、何かそれとおぼしい通報があれば、派出所員に直接の出動指令を出すのではなく、妊婦事件捜査当局に情報を迂回させよと110番係官に通達を出していた。そう仮定できる。のちほど語るがこの仮定が正しかったことは私自身が確認した。
私からの緊急救助を求める通報があったと110番センターから妊婦事件捜査刑事が情報を受け取った時、刑事は色めき立った。通報された不審人物は二年間洗い続けながらも逮捕に踏み切れなかった容疑者である可能性がある。別件逮捕のまたとないチャンス!だが男は玄関先でチャイムをピンポン鳴らしているだけでまだ犯行には着手していないようだ。もしすぐに踏み込んだら、犯行を未然に防ぐ結果になってしまう。
そこで刑事は10分以上時間を待った。10分待てば、きっと何か事を起こしてくれるに違いない。
そのあとおもむろにT派出所員に出動命令を出した。派出所員は容疑者が特定されていることを知らない。そこで職務に忠実に、人命救助のため急いで現場に駆けつけた。所要時間は3分程度だったろう。
これで私が派出所員に接したとき覚えた違和感を説明できる。通報から15分も経っているのに、派出所員は3分で駆けつけてきたムード。なぜだろう、とずっと考えていたのだが。
派出所員はこのとき無線機を取り出してどこかと通信した。相手が妊婦事件の刑事だったと推測すれば、警察の動きが解ける。
刑事は、私がまだ生きていたと確認すると、派出所員にすぐ帰るようにと指示を出した。男がどこかに潜んでいて、もう一度襲いに来る可能性を考慮したからだ。何も知らない派出所員が男が犯行に及ぶ前に引っ捕らえてしまえば別件逮捕が難しくなる。
代わりに妊婦事件の部下刑事を張り込みさせた。なぜそう言えるのかは(この章で)のちほど説明しよう。
男の二度目の来襲。そして逃走。
刑事は男が三度目に来るかもしれないと待ったが、来なかったので、張り込みさせていた部下刑事を派出所員に装わせて、私宅へ送り込んだ。
二度目に来た警官すなわち刑事が、開口一番「寒いがー」と私たちにしきりに文句を垂れたのは、何十分の間、厳冬の戸外で張り込みさせられていたせいなのだ。男はもう逃げてしまったのに。そう考えれば納得できてしまう。
まことにお気の毒だったと言う他ない(吹き出しながら)。
刑事は「先に来たのは伏屋派出所のお巡りさん。私は下之一色の派出所員」と言った。
私の家の近隣の派出所は近い順に①T派出所②T2派出所③戸春橋派出所④伏屋派出所⑤下之一色派出所となっている。
本当に伏屋派出所から来たのなら、通報から15分かかったというのもあり得る話。
でも下之一色の派出所員というのが嘘なら、伏屋派出所も真っ赤な嘘。
最初の通報で来たのはやはりT派出所員に違いない。
「前に来たのは伏屋派出所のお巡りさん。私は下之一色の派出所員」という台詞が、現場指揮の刑事に通報者にそう説明するように命令されたものであることは、そのときの下之一色刑事(この刑事のことを今後は下之一色刑事と呼ぼう)の上目使いの薄笑いを思い出すと確信できる。そう言えと命じられて言っていますそうろうの薄笑いを浮かべていた。
それに一派出所員が自分の遅れた訳だけを言うならともかく、先の警官の遅れの理由まで知っているというのはあまりに不自然。現場指揮の刑事が警官の派遣を故意に遅らせたことを悟られまいとつかせた嘘だと思うが、その不自然さでかえって嘘だとばれてしまう。
刑事は怯える私を落ち着かせるために「男、逃げちゃったからもう大丈夫だよ」となだめた。あのときは私は「何であなたが知ってるの?」と変に思ったが、戸外で張り込みをさせられていて逃げる男を目撃していたのならそれも不思議ではない。
ちなみに私は2001年の告発文の中で、T派出所員の顔を前々から見知っていたとでも言うような書き方をしている(知っていたとは断言はしていない)。それは人に読んでもらうために努めて簡潔に書く告発文では上述のような推理を一々長く書いてはいられないのでそのように書いてみただけだ。一度目の通報できた警官がT派出所員だったと断言するのはあくまで推理に基づくもの。T派出所員の顔を私は見知っていたわけではなかった。
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