セミ・コンダクター

小狸

短編

 *


「若い頃に頑張ったおかげで、今の自分があります」


「あの時努力したからこそ、ここで頑張ることができています」


「無理と無茶の連続な日々だったけれど、今となっては良い思い出です」


「かつての自分に感謝ですね」


 そんなことを言っていた友人が急逝した。


 私と同い年だから、44歳で亡くなったことになる。


 葬式に参列した。


 家族と思われる人達、奥さんと小学生くらいの双子の女の子が棺に向かって泣いていた。


 そういえば子どもができたと、インスタで言っていたのを思い出した。


 死因は、過労死――ということになるのだろうか、この場合。


 いや、葬式の参列者にも、死因は伏せられていたのである。


 どうも噂に耳を立てると、普通に就寝して、朝起きずに、そのまま静かに息を引き取っていたらしいことが分かった。


 誰もそんなことを口にしなかったし、私も思っていても言わなかったけれど。


 彼は、頑張りすぎたのだろうな、と思う。


 昔からそうだった。


 努力家で真面目。


 そんな彼は、正当に評価されていたと思う。


 高校時代、彼は吹奏楽部の副指揮者を引き受け、音楽面で皆をまとめ上げていた。


 私が彼と出会ったのも、その時である。


 それから、幾度となく同期会を企画してくれたり、仕事の傍らOB代表も務めていた。


 だからこそ、葬式には多くの人が参列していた。


 頑張りすぎた。


 努力しすぎた。


 成程確かに死因は現実的な観点から見ると、過労死なのだろう。それは、彼と関わった大半の人間が、言外に理解していた。


 しかし、実際この場合はどうなのだろう。


 良くネットではこんな風に言われている。


 ――使えないで動く無能は邪魔。


 ――あいつは有能、あいつは無能。


 ――即戦力求む。


 要するに、人を、「有能」か「無能」かでしか判断できない可哀想な人間が、この世の中に存在するということである。ただ、実際仕事をしていると、そう判断せざるを得ない時というのがやって来る。


 ――人材。


 なんて言葉もある。


 人間を代替のきく材料か何かだと思わせるようなこの言い方、私は大嫌いであるが、敢えてここでは使わせてもらおう。


 実際。


 彼はどこでも有能で優秀な人材として働くことが出来ていた。


 そういう奴だったし、周囲からそう評価されていた。


 有能な人材が、有能なまま、死んでしまったのである。


 


 使い潰されたとは敢えて言うまい。


 しかし――そんな完璧超人に近い彼の瑕疵を一つ指摘するならば、その若い頃、新卒入社したての頃の努力とやらに、要因がありそうな気がする。


 彼のことだ。


 今まで通り、普通に頑張ったのだろう。


 彼は普通に、頑張ることのできる人だった。


 この際だからはっきりさせておこう。


 厳しい現実を語ることになるので、精神的に負荷を掛けたくない方は、ここで読むのを止めることを進める。


 良いだろうか。


 ―これは才能である。


 何かを継続することができる。


 それは勿論もちろん、周囲の協力や環境的要因も大いにあるのだろうが、一番は、「本人がそれを続けたいと思う強い意志を持ち続けられること」にあると思う。


 そういう意味では、彼は才能を持っていた。


 言葉を置換して言うのなら、己の肉体に対するある程度の無茶を、精神が許容できる人間だった。


 頑張って、無理をして、無茶をして――並行して家庭を維持し、父親として慕われ、夫として妻を支え、また趣味の楽器や演奏会の運営にも携わり、OBとして現役生を支え、非の打ちどころのない人間だった。


 そして、もう一つ。


 これも重箱の隅を楊枝ようじでほじくるような表現になってしまうが。


 そしてこれは、一般論とされていない、私独自の考えになるが。


 ――これもまた才能であると、私は思っている。


 肩の力を抜く、荷を下ろす、緊張をほぐす。


 それだけに留まらない。


 頑張らず、気を張らず、努力せず、精進せず、姿勢を正さず、無理せず、無茶せず――ある意味怠惰になるということ。


 改めて彼の人生を顧みて(私個人の視点ではあるが)みると、彼はいつも何かを頑張っていた。何かに一生懸命で、輝いていたと思う。そんな風に真っ直ぐに生きることのできる彼に嫉妬したこともあったし、憧れたこともあった。


 しかし――頑張っていない彼というものには、少なくとも私は遭遇したことがない。


 そこに気付くと、不思議と彼の死に、のである。


 無論、死は悼むべきものだ。


 そこは外せない。


 悲しいし、辛い。


 彼には生きていて欲しかったと思う。


 その一方で、こいつはいつか限界を迎え、電池が切れたように止まってしまうのではないかという想像もまた、出来てしまうのである。


 参列者で涙を流していた人が少なかったのも、そういう推察があったからなのかもしれないと思っている。


 出棺の前に、棺の近くに花を添える機会があった。


 有能で。


 真面目で。


 頑張り屋で。


 そう生きるしかなかった彼の表情は、安らかなものだった。


 誰にも聞こえないように、誰にも悟られぬように。


 心の奥底で、私は彼に、花を添えた。


 やっと、休めたね。




《Semiconductor》is the END.

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